↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
英雄ハーレム、崩壊記〜その娘が父の裏の顔を暴き、超えるまで〜  作者: 水戸直樹


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

63/71

第60話 自分でやりますから

「フィデリア様、司祭様をお待たせしているわ。お早く」

「レナリル、急かすなよ。まだフィデリアが書いているだろ」


 夜の英雄邸、第一夫人の部屋の前。

 引き締まった小麦色の腕を組んで、第三夫人ゼフィーラが入口を塞いでいる。

 その前に立つ第二夫人レナリルの黒髪が、灯りを受けて、うっすらと紫ににじんだ。

 わずかに開いた扉の隙間から、第一夫人フィデリアの声が聞こえてくる。


「レナリル様、お待ちになって。大切なものですから、封蝋をしますので」


 レナリルは、誰にも聞こえないほど小さく舌打ちした。


「封蝋はこちらでいたします。書き終えたら、そのまま、お渡しくださいな」

「私の責任で書くんですもの。自分でやりますから」


 レナリルは、微笑みを崩さないまま、声だけを低くする。


「書くべきことは、もうおわかりですわね。冒険者ナナは、娘の名を騙る偽物。……旦那様が捕まれば、フィデリア様のお立場もなくなりましょう?」


 横から、ゼフィーラが鼻を鳴らす。


「あんな男、終わったっていいさ」

「あら。妻の言葉とは思えませんこと」

「あんたこそ、アロフィスを愛しちゃいない。そもそも、他人を信頼しないだろ?」


 レナリルは、ほんの一拍だけ黙る。

 それから、すっと目を細めた。


「愛とか信頼とか……ゼフィーラ様は、可愛らしいことをおっしゃる。それとも、ご自分には、まだおありなのかしら?」

「好きだったさ。……最初はな」

「もうお好きでないなら、出ていかれればよろしいのに」

「あたしが引き取った五十人を、置いていけるかよ」


 扉が開き、封書を手にしたフィデリアが姿を見せる。

 色白の頬に、黒茶の髪がひと筋かかっている。大きな瞳は、少しも揺れていなかった。


「ほらほら、二人とも喧嘩しない。ちゃんと、本当のことを書いたわ。司祭様に渡してきましょう」

「では、私がお届けします。お預けください」


 レナリルが封書に手を伸ばすと、ゼフィーラが割り込み、遮った。


「一番信用できないやつに託せるか。フィデリア、一緒に行こう」

「ええ、みんなで行きましょう」


 二人の背を見送りながら、レナリルは唇をかむ。


(差し替えるどころか、確認すらできなかった。あの、筋肉女のせいで!)


 ◇


 教会の奥、窓のない一室。

 燭台の灯りの下で、アロフィスは何度目かの溜め息をついた。

 広場から教会に引き取られて、すでに日が暮れた。門の外には警吏が張りつき、一歩でも出れば捕らえられる。

 向かいの椅子では、司教マルドゥクが、ゆったりと茶をすすっている。


「あの娘は、果たしてナナなのか、リリアーヌなのか。いずれにせよ、アロフィス殿より、英雄に向いておるかもしれませんな」


「……どういう意味です?」


「若き日のあなたは、素晴らしかった。若くて見栄えのよい少年が、竜を狩り、声高らかに民衆を盛り上げ、この都市に富をもたらした」


 マルドゥクは、茶器を置いた。


「あ、いや、竜狩りは、フィデリア様の功績でしたかな。失礼」


 アロフィスの頬が、ひくりと引きつる。


「あの者、あなたの娘を名乗っておりますし、あとを引き継がせてはいかがです? 罪人を匿うのも、いつまでも、とはいきませんからな」


「僕は罪人ではない!」


 アロフィスは、椅子を蹴って立ちあがった。

 椅子が、大きな音を立てて床に倒れる。


「あの娘のどこが、リリアーヌなんだ。リリアーヌは、もっと子供だ! あんなに戦えるわけないだろう!」


 マルドゥクは、倒れた椅子をちらりと見ただけで、すぐにアロフィスへ目を戻した。


「ほう? アロフィス殿の娘ではなく、戦いを教えたわけでもないと?」


「ああ、どの道、女はいずれ嫁に出すだけだ。下手に知恵をつけさせたら、そのうち妻たちと争いかねないからね」


「ゆえに、あの娘は違うと」


「断言するよ。リリアーヌは、ただ大人しいだけの、平凡な子供だ。あれは妻に顔が似ているだけの、ドゥルセが用意した偽物だ」


「ふむ、そうですかな。女遊びばかりして、家を見ていないから、わからないのだと聞きましたぞ」


「……僕を見下すような発言は、いただけませんね。僕あっての自由都市で、僕あっての司教様です。後悔しますよ?」


「僕あっての? どの口が……。すでに後悔しておるわ」


 マルドゥクの声から、丁寧さが消える。


「計画が丸潰れだ。お前は、品行方正に生きておればよかったのだ。なにが、みんなを幸せにする、だ。公爵家とドゥルセが動かぬうちに、この都市を手中に収める計画が、お前の異常性のせいで、全部、露見したわ」


 吐き捨てるように、続ける。


「しかも、娼婦なんぞを壇に上げおって。教会の前を、客引きの場にするつもりか。あの女は、屋敷へ送り返しておいたぞ」


「なっ……オルメーヌは、僕が買い上げた女だ! 勝手な真似を――」


「黙れ」


 マルドゥクは、扉の方へ顎をしゃくった。


「門を開けてやろうか? 警吏が、首を長くして待っておる」


 アロフィスの拳が、震える。

 しばらくして、倒れた椅子を自分で起こし、腰を下ろした。


「……では、どうしろと言うのです」


「本当に偽物なら、偽物だと証明することだ。さすれば、あちらが偽りとなる」


 マルドゥクは、椅子の背にもたれた。


「奥方のもとへ、司祭を遣わしてある。冒険者ナナは娘ではないと、奥方の証言が得られれば、教会が証人となろう」


 アロフィスの口元に、ようやく笑みが戻る。


「フィデリアなら、大丈夫です。彼女は、僕の妻ですから」


 扉が叩かれたのは、それからまもなくだった。

 入ってきた司祭が、封書を差しだす。


「奥方がたが、三人おそろいでお渡しくださいました。封蝋も、奥方ご自身で」


 マルドゥクは封蝋を割り、紙片に目を落とす。

 しばらく黙ってから、それをアロフィスの前に置いた。


『銅等級冒険者ナナと、娘リリアーヌ・ソルゾラスは同一人物です。 フィデリア・ソルゾラス』


 アロフィスは、紙片を見つめたまま、動かない。


「な……なぜだ? フィデリアまで……? レナリルはなにをしていた!?」


「奥方も、証言しておりますな。……これはもう、罪人として突き出すほかあるまい」


(く……罪人の烙印がついたら、お終いだ)


「お待ちください! マルドゥク司教様、僕が捕まると、競りの収益をお渡しできなくなります」


 マルドゥクが、片眉を上げた。


「……ほう」


「競りは、もうすぐです。若い女ばかり揃えてあります。収益の、半分を教会に」


「ふむう……半分、と。それでは謝意が不足しているのではないですかな」


「……いえ、八割を」


「八割、間違いないですな?」


「……はい」


「よろしい。それならば、この件に関しては、決闘で真偽を決める手がございますぞ」


「あの監察官や、警吏が従うとは思えませんが……?」


「今回は、別です。父親と母親の言い分が真っ向から分かれており、五分五分。ならば、教会が裁定に入れる」


「しかし、あの娘は、傭兵たちをあっという間に……」


「心配召されるな」


 マルドゥクは、薄く笑った。


「神判で勝つ者は、はじめから決まっておりますゆえ」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。