第46話 お待ちしてましたぜ
街道を外れて、しばらく。
林の奥に、丸太の柵が巡らされていた。
かつては牧場だったのだろう。柵の内側には、屋根の傾いた家畜小屋がいくつも並んでいる。
そのどれからも、人の気配が漏れてくる。すすり泣き。咳。子供のぐずる声。
奴隷の収容所だった。
柵の前には、荷車が三台。今朝、沿岸区の門を出ていったもの。
毛皮を肩にかけた男が、荷台の縁に腰かけて、指輪をひとつずつ磨いている。
「親分、来ましたぜ」
見張りの男が、林道の先を指さした。
木々の向こうに、騎馬の列が見えてくる。先頭に、茶色の髪の男。
「お、英雄様ご一行が到着だ。見張りを残して、出迎えに出るぞ」
スラムの王が、荷台から腰を上げる。幹部たちを引き連れ、揉み手をしながら柵の外へ出ていく。
騎馬の列からも、その姿は見えていた。
傭兵がひとり、アロフィスの側に馬を寄せる。
「……どうします?」
「先手必勝だよ。ぎりぎりまで悟らせず、射程に入ったら射殺す」
ゼフィーラが、怪訝な顔を向ける。
「……あいつら、あまりにも無警戒だけど。にやにやしてるし、様子が変だよ」
「あれが、あいつらの手口だよ。油断させて襲いかかってくる。だから、あいつらが何か言う前に仕留めないと」
「うん、わかった」
アロフィスが、片手を軽く上げる。
傭兵たちが、鞍に掛けた短弓を、目立たないように手に取った。
距離が、詰まっていく。
スラムの王が、両手を広げて声を張る。
「いやあ、お待ちしてましたぜ、英雄さ——」
アロフィスの手が、振り下ろされた。
馬上から、一斉に矢が放たれる。
弦の音が重なり、男たちの胸に、喉に、矢が突き立つ。驚愕に目を見開いたまま、スラムの王が仰向けに倒れた。
出迎えの男たちは、あっという間に地面に転がっていく。
柵の内側で、悲鳴が上がる。
残っていた見張りの男が、小屋から若い女を二人引きずり出してきた。首に腕を回し、刃物を突きつける。
「や、やめろ! 撃つな! こいつらも巻き添えになるぞ!」
ゼフィーラが、夫を振り向く。
「どうする? あいつ、自暴自棄だ。やりそうだよ?」
「……婦女子の命は惜しいが、それより、君を危険にさらすことはできない。なんとか、隙間を狙って射る」
「……難しいけど、やるしかないね」
アロフィスが、矢をつがえる。
男は、人質の女二人に密着した。
弦が、きりきりと引き絞られていく。
次の瞬間、男の頭が、びくりと揺れた。
刃物が手からこぼれ、男はそのまま、前のめりに崩れていく。
女二人が、もつれあうようにして逃げ出す。
アロフィスは、引き絞った弦をゆるめた。
その横で、ゼフィーラが一瞬だけ、林のほうへ目をやる。
「よし! 人質が離れた! 攻め込むぞ! 一人も逃がすな!」
アロフィスの号令で、騎馬傭兵たちが柵へなだれこんでいく。
小屋から飛び出してきた男たちは、剣を抜く間もなく射倒され、馬に踏みつけられた。逃げようとした者の背にも、矢が追いついていく。
制圧は、あっけなく終わった。
アロフィスは馬を降り、家畜小屋の戸を引き開ける。
薄暗がりに、目が並んでいた。
女たちが、藁の上で身を寄せあっている。子供を抱いている者もいる。足首には、杭につながれた縄。
隣の小屋も。その隣も。
(予想していたより、奴隷が多いな)
アロフィスは、ひとつずつ小屋をのぞいて回る。
(いや、これほどの数を確保できるのは、グレンス商会の崩壊以来、初めてだろう)
かなりの収益になる。いくらかを差し出せば、教会だって動かせる。
それに、見目の美しい女がいれば、手元に置ける。
口もとが、ゆるむ。
「アロフィス、こんなにたくさん、攫われた人たちが……」
隣に並んだゼフィーラが、言葉を切る。
「……どうしたの? なんで笑ってるのさ」
アロフィスは、自分の頬を軽く叩いた。
「いや、間に合ってよかった。これほどの人数を助けられるのは、正直、うれしいよ。……不謹慎だったかな」
「ううん。でも、油断しないで」
ゼフィーラの目が、柵の外の林へ向く。
「……さっきの見張り、誰が仕留めた?」
アロフィスが、傭兵たちを見回す。名乗り出る者はいない。
「矢は、刺さってなかった。あのとき、林のほうに妙な気配があったんだ」
ゼフィーラが、つないでいた馬に飛び乗る。
「アロフィス! あたしはそっちに行く!」
「追跡で君にかなう者はいない。言い訳させずに倒してきてくれ。我々は、こちらを片付けておく」
ゼフィーラの馬が、林へ駆けこんでいった。
◇
(また、やっちゃった……!)
ナナは、木々のあいだを駆け抜けていく。
林の高い枝の上から、すべて見ていた。
両手を広げて出迎えた男たちが、ひと言も言い終えないうちに、矢を浴びて倒れていくのを。
(……騙し討ちだったみたい。これが、お父様のやり方……)
偵察だけの、はずだったのに。
女の人の喉もとに、刃物。その向こうで、弦を引き絞る父の姿。
気づけば、指が動いていた。
きっと父は、女の人もろとも、賊を始末するつもりだった。
後ろから、蹄の音が近づいてくる。
振り返ると、木々のあいだに、引き締まった小麦色の腕が見えた。
「ゼフィーラさん……」
金等級冒険者にして、父の第三夫人。
第四夫人の嫁入りを告げられたとき、大暴れして家を出て行った女傑。
(気づかれたかもしれない。早く、離れないと)
背後の蹄の音は、離れずについてきていた。




