↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
英雄ハーレム、崩壊記〜その娘が父の裏の顔を暴き、超えるまで〜  作者: 水戸直樹


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

43/71

第41話 チーズケーキ

「メイド長さまが、ここのお店がおすすめだって。お店の中なら、護衛もいらないくらい安全だとか」


 ロッタが、通りの角の看板を指さした。

 白い漆喰の壁に、金の文字。窓硝子の向こうで、菓子を並べた棚がきらきらしている。


「ドゥルセ菓子店」


 声に出して読むと、リリアの喉が小さく鳴った。


「大陸一の大商会、ドゥルセ直営の菓子店よ。自由都市には初出店なんだって」


 ロッタが、自慢げに胸を張る。


 後ろで、咳払いがひとつ。

 ここまで付いてきた三人の護衛のうち、年配の兵士が口をひらいた。


「ではな、ナナ殿。帰る頃に迎えに来る」


「はい。付き添いありがとうございました」


「くれぐれも、男に声かけられてもついていかないよう。まだ治安は完全とは……」


 若い兵士が口を挟む。


「小隊長、小言は無しで。若い子には煙たがられますよ」


「う、うむ。そうだな。では」


 兵士たちは敬礼し、リリアとロッタはぺこりと頭を下げて見送った。


 扉を押すと、甘い匂いがあふれてきた。

 焼けたバター。煮つめた砂糖。それから、ひやりとした、知らない匂い。


 客の多くは女で、男はわずか。

 窓際で笑い合う若い娘たち。赤子をあやす母親。ひとりで本をひらいている老婦人。


「前はね、女だけで来られるお洒落な店なんて、なかったんだよ」


 席につきながら、ロッタが声をひそめる。


「そうなの?」


「沿岸区っていえば、貧乏人の住むガラの悪いところ、って言われてたからね。でも今は、こっちのほうが贅沢かも」


 ロッタが、にかっと笑った。


「しかもここ、前はグレンス商会のお店だったんだから。庶民を食い物にして、バチが当たったのよ」


 グレンス商会。

 父の、四人目の妻の実家。


 二月前、その娘は嫁入り行列から幸せそうな顔を見せていた。

 一月前は関門前で泣き崩れていた。


(今は……無事なのかな)


 リリアは小さく息をついて、店の中に目を戻した。


 いつの間にか、目が勝手に数えはじめている。


 入口がひとつ。厨房の奥にも、扉がひとつ。

 盆を運ぶ給仕の足運びに、ぶれがない。


(……店員さんたち、ただの店員じゃないよね。足音がしない。それに……)


 店の隅の窓際で、男がひとり、書き物をしている。

 黒装束。頭には、ねじれた二本の角。額には、ぎょろりと目玉がひとつ。


(なに、あの人。……魔族みたい)


「……リリア、また周り警戒してるでしょ」


 ロッタが、唇をとがらせた。


「え」


「あの黒い人?」


「うん。……魔族、かな?」


「違うって。あの人いつもいるけど、角と目玉、あれ兜だよ。前に外してたもん」


「え……?」


「ただの変な人だよ。あんまり見たら失礼」


「……うん。周りを見るの、癖になっちゃって」


 ロッタが、あきれ顔で頬杖をつく。


「せっかくの休みに気を張ってたら、もったいないよ」


 それから、さっと手を挙げた。


「すみませーん! チーズケーキと紅茶、ふたつください」


 やがて盆を運んできたのは、金の髪を低い位置でまとめた女性だった。

 仕立てのいい装い。皿を置く指先まで、所作に無駄がない。


「うわ、すっごい美人……メイ様といい勝負」


「ロッタ……! 聞こえるよ」


 二人のひそひそ声に、女性がくすりと笑った。


「うふふ。褒めてくれて、ありがとう」


「あっ……す、すみません」


 白い皿に、白い菓子。つやのある表面から、うっすらと冷気が立ちのぼっている。

 皿に指を添えると、陶器まで冷えていた。


「え、これ、冷たいんですか?」


「ええ。私が少しだけ、魔法で冷やしたの。私がいないときは、氷室で冷やしたものをお出ししているけれど」


「……お姉さん、魔術師なんですか?」


 自由都市にも数えるほどしかいない、魔術師。それほどの存在が、ケーキを冷やしている。


「うふふ、魔術師じゃないわ。この店の主で、菓子職人よ」


「すごい……お若いのに、お店の主人なんて」


「あらあら、若いだなんて。メイド長さんからお二人のことを聞いていたから、厨房から出てきたのよ」


「そうだったんですね! あたし、ロッタです。こっちが――」


 メイド長さまの紹介なら、隠すことはない。


「リリアです。冒険者としては、ナナという名前で活動しています」


「よろしくね、リリアちゃん、ロッタちゃん。私はセシリア。セシリア・ドゥルセよ」


「ドゥルセって……あ、お店の名前!」


「ええ。うちの名前」


 セシリアは、二人に同じ笑みを向けた。


「さ、冷たいうちに召し上がれ」


 促されるまま、フォークを入れる。

 思ったより、柔らかい。


 口に運んだ瞬間、冷たさが舌の上に広がった。

 遅れて、甘さと、かすかな酸味。冷たさがほどけるのと一緒に、喉の奥へ溶けていく。


 何も、聞こえなかった。


 はっとして、顔を上げる。


 給仕たちは、変わらぬ足運びで卓の間を行き来している。窓際の男は、まだペンを走らせている。


 目の前で、セシリアが小さくうなずいた。


 リリアは、もう一口、ケーキを運んだ。


「おいしい……」


「でしょ!」


 なぜかロッタが得意げに胸を張り、セシリアがまた、くすりと笑う。


「あの、メイド長さま、あたしたちのこと、なんて言ってたんですか?」


「そうねえ」


 セシリアが、頬に指を添える。


「『休むのが下手な子がいるので、甘いものを食べさせて長居させてあげてください』って」


 リリアの頬が、熱くなった。


「ほらぁ、やっぱり」


 ロッタが、フォークの先でリリアを指す。


「へ、下手じゃないから。ちゃんとお休みできるよ」


「え、外出禁止の間は、何してたんだっけ?」


「五感遮断の訓練と、お昼寝いっぱいしたよ」


「……それじゃ、だめだね。ちゃんと教えてあげるよ」


 三人は、しばし話に花を咲かせた。


 笑い声。茶器の触れ合う音。窓際で、ペン先が紙をひっかく音。

 ひとつずつ、耳に届いてくる。


 窓の外で、日が傾きはじめていた。

 通りの向こうに、三人の兵士が立っている。いつから待っていたのか、わからなかった。


「あ、お迎え! うそ、もうこんな時間?」


 ロッタが、慌てて残りの紅茶を飲みほす。

 席を立ったリリアの目が、帳場の脇の棚にとまった。小さな紙包みが、行儀よく並んでいる。


「あの、これ……」


「限定のキャラメルよ。お店で召し上がってくださった方にだけ、お分けしているの」


 棚に残っているのは、三つ。


「三つとも、ください」


「え、リリア、そんなに食べるの?」


「ううん。三人、いるから」


 ロッタが窓の外に目をやって、ああ、とうなずいた。


 セシリアが、戸口まで見送りに出てくる。


「またいらっしゃい」


「はい。また、来ます」


 扉の外は、潮の匂いがした。


「お待たせしました。これ、みなさんに」


 紙包みを差し出すと、若い兵士の顔がぱっと明るくなった。


「うわ、ドゥルセの限定じゃないですか! 朝から並んでも買えないやつ……母ちゃんが一度食べてみたいって言ってたんですよ」


「妹が泣いて喜びます」


 もう一人の兵士も、大事そうに包みを受け取る。

 小隊長が、ひとつ咳払いをした。


「……家内に、持って帰らせていただこう」


 紙包みが、大きな手の中へ、そっとしまわれた。


 リリアは一度だけ振り返って、金の文字の看板を見上げた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。