↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
英雄ハーレム、崩壊記〜その娘が父の裏の顔を暴き、超えるまで〜  作者: 水戸直樹


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

41/71

第39話 上等な妻

 同じ夜、英雄アロフィス・ソルゾラス邸。


「あら、またここにいたの? 本当に、若い妻がお気に入りなのね」


 第二夫人レナリルが、部屋に入ってきた。


 夜着の上に、深い青の薄衣を一枚。結いを解いた髪が背に流れ、灯りを受けるたび紫がにじむ。

 濃い唇だけが、昼と変わらない。

 通り過ぎたあとに、甘く重い香が残った。


 第四夫人の部屋には、彼女の好む可愛らしいドレスと、大小のぬいぐるみが並んでいる。


 そこに、不釣り合いな鉄と血の匂い。


「ああ。僕の出した命令が、なに一つ達成されていなくてね。彼女の顔を見ていると、少しばかり心が落ち着くんだ」


 夫アロフィスは、鞭を布で丁寧に拭い終えると、優雅に立ち上がった。


 豪奢な寝台の隅では、第四夫人が、うさぎのぬいぐるみを抱え、声を殺して息を整えようとしている。

 髪に結んだ桃色のリボンが、片方だけほどけて垂れていた。沿道で屈託なく笑っていた、まだ丸みの残る頬。そこが今は、赤く腫れ上がっている。

 悲鳴を上げれば、さらに打たれる。この一月で、そう学びきっていた。


 レナリルは寝台に一瞥をくれただけで、化粧台の椅子に腰を下ろし、ゆるりと脚を組んだ。


「そんな傷をつけては、次の式典に連れていけないわよ」


「式典に出すような『上等な妻』なら、こんな扱いをすると思うかい?」


「ま、それもそうね」


 化粧台の小瓶をひとつ取り上げ、灯りに透かす。第四夫人が、嫁入りのときに持ってきた香水だった。


「……可哀想に。実家のグレンス商会さえ落ちぶれなければ、今頃は大事に愛でられていたでしょうに」


 小瓶が、元の場所へ戻される。少しだけ、ずれた位置に。


「今や、ただ甘やかされて育った世間知らず。若いだけの女さ。捨てずにいる僕に感謝してもらわないとね。……そうだろう?」


 鞭の柄が、第四夫人の濡れたあごを持ち上げる。

 歯が、がちがちと鳴った。


 レナリルが、袖から折りたたんだ紙片を抜き出す。


「暗殺党から連絡よ。偵察組が、銅等級冒険者ナナを見つけたわ」


 鞭の柄が、あごから離れた。アロフィスはもう、若い妻を見てもいない。


「おお、やっとか。それで?」


 寝台の隅で、ぬいぐるみを抱く腕が、ふっとゆるんだ。

 腫れた瞼の奥で、瞳が揺れた。


『銅等級冒険者の、ナナです。あなたの二番目のお兄さん……テオさんのことを、知っています』


 関門で、泣き崩れた自分の前に膝を折ってくれた少女の名。


(あのとき、あの子についていけば……)


 紙片に目を落としたまま、レナリルの視線だけが、一瞬、寝台へ流れる。


「井戸の張り込みに加わっていたらしいの。もう、追跡に入っているそうよ」


 アロフィスは、窓辺へ歩み寄った。

 坂の下で、沿岸区の灯りがまばらに瞬いている。


「ふむ、あちらの守りは硬いようだ。やれるかな?」


「今の沿岸区は、本当に硬い。一兵卒でも、並の冒険者とは比べものにならないもの」


「……それほどなのか」


「でも、党の虎の子を出させたわ」


「虎の子?」


「臆病なくらい、慎重な男よ」


「臆病者が虎の子とはね」


 アロフィスが、鼻で笑う。

 レナリルは、笑わなかった。


「臆病だから、生き残ってきたの。少なくとも、手がかりは持ち帰るはず」


「ずいぶん自信があるね。……ま、君の勘は外れたことないけど」


 レナリルは紙片を畳み直し、指先でその縁をなぞった。


「勘でいうなら……あなたが出ないと、ナナには届かない気がする」


「へぇ……」


 窓硝子に映ったアロフィスの瞳が、怪しく光った。


 ◇


 大尖塔を出た暗殺党の五人が、市街区の暗がりを駆けていく。


 坂を下るにつれ、潮の匂いが濃くなってきた。


「……関門を破るのが、最短距離だ」


 最後尾の痩せた男が、首を振った。


「勝手にしろ。俺は関門を避けて、壁を越える」


 五人は、三人と二人に分かれた。


 大通りの関門。鉄門の脇に、人ひとり分の通用口がある。


「通用口を爆破する」


 三人が、背中の袋から爆弾を取り出した。


 ひゅっ、と風が鳴る。

 先頭の男が、前のめりに倒れた。

 残る二人も、声を上げる間もなく矢に貫かれ、石畳に転がる。


 遅れて通用口が開き、兵士たちが出てくる。


「周囲を警戒しつつ、遺体と所持品を回収せよ」

「はっ!」


「市街区から来る、か。ナナ殿の見立てどおりだな」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。