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英雄ハーレム、崩壊記〜その娘が父の裏の顔を暴き、超えるまで〜  作者: 水戸直樹


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第3話 海の上の家

 心細さを抱えたまま、リリアはもう二軒回った。


 一軒は、扉すら開けてもらえなかった。


 もう一軒は、女主人がやけに愛想よく腕を掴んできた。


「ちょーっとウチの手伝いしてくれたら、無料で泊まらせてあげるよ」


 奥の階段が軋み、男たちが顔を出す。


(ここ、だめだ)


 掴まれた腕を振り払うと、女主人はのけぞってよろめいた。


「な、なんて力だい……!」


「帰ります!」


 くるりと背を向け、宿を出た。


 焦りが胸を締めつけた、そのときだった。


 人混みですれ違いざま、声をかけられた。


「失礼するわ」


 旅装にフードとケープを纏った女だった。手には、小さな羊皮紙。


「え?」

「どうぞ」


 有無を言わさず握らされると、次の瞬間には、人混みに紛れて消えていた。

 フードの隙間から、ココアベージュの髪が一房だけ、覗いていた。


「……これ、地図?」


 沿岸区の案内図だった。


「あ……水の上にも、いくつか宿がある……!」


 地図を片手に、どこを目指すか迷いながら、リリアは沿岸通りを歩き出した。


「外れたぞー!」


 港の方から野太い叫びが上がった。続いて、


「流れる! 流れる!」


 声が重なる。

 何事かと人々が一斉に岸壁へ走り出した。リリアもつられて足を向ける。

 港には大勢の人垣ができていた。


「え……」


 人垣の隙間から海を見たリリアは、思わず声を漏らした。


 海の上に、小さな家が浮かんでいた。


 木造の二階家で、煙突までついている。洗濯物の花柄の下着が風にはためき、煙突からは呑気に夕飯の煙が上り、窓辺には鉢植えまで並んでいる。

 その家が、ゆっくりと港の中央へ流されていた。


「係留索が切れた!」

「誰か舟を出せ!」

「またかよ、今月に入って何度目だ」


 岸では男たちが口々に叫んでいる。けれど漁船は荷下ろしの最中で、動けない。


「おーい!」


 二階の窓がガラリと開き、白髪の老婆が身を乗り出した。


「誰か引っ張っとくれー!」


 その手には、穴の開いたスプーンが握られていた。


「魚を揚げてるんだ! 手が離せないんだよー!」


 一瞬、港が静まり返る。そして、


「フィッシュフライの心配かよ!」

「家ごと流れてんだぞ!」


 港中からいっせいに怒号のようなツッコミが飛んだ。

 どっと爆笑が起きる。リリアも思わず吹き出しそうになった。


(……って、笑ってる場合じゃないじゃない!)


 見れば、浮き家は笑っている間にも確実に岸から離れていく。

 岸壁を見回す。係留柱。巻かれた太いロープ。


「リリア! そのロープを投げなさい!」


 人混みの奥から、はっきりとした声が届いた。

 リリアは、はっと振り返る。だが、そこには見知らぬ大人たちの背中が並んでいるだけだった。


「窓二つ分上を狙って! あなたなら届くわ!」


(今、名前を……?)


 考えている暇はなかった。


「おいお嬢ちゃん、それ重――」


 声をかけてきた港の男を無視したリリアは、結び目を二、三度ほどき、ひょいと肩に担ぎ上げた。

 そのまま桟橋を猛ダッシュし、浮き家が流れる向きに先回りする。


「おばあさん! 窓から離れて!」

「嫌だよ、揚げものしてるんだ!」

「投げますっ!」


 ぶん、と風を切る音。


 リリアが全身のバネを使って投げたロープは、きれいな弧を描き――窓に飛び込み、老婆の頬をかすめた。


 ゴッ。


 床に叩きつけられる音。


「あいたっ!?」


「ああっ、ごごごめんなさい! 狙ったわけじゃないんです!」

「いい肩だ!」

「どこ狙ってんだ!」


 港の男たちが大爆笑した。


「柱に巻いてください!」

「はいよっ!」


 老婆が手早く柱へ巻き付ける。


「よし、引けぇぇーっ!」


 岸の男たちが一斉にロープを掴んだ。

 ずる、ずる、と浮き家が岸へ戻ってくる。大きな歓声が上がった。


「助かった!」


 穴あきスプーンをぶんぶんと振り回して笑う。


「今日は家ごと隣国まで旅に出るところだったよ」


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