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英雄ハーレム、崩壊記〜その娘が父の裏の顔を暴き、超えるまで〜  作者: 水戸直樹


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第37話 掘り出し物

「見たこともないほどの上玉だぞ!」

「馬から引きずり下ろせ!」


 息を切らして走る数十人の野盗。


 あの美女は、世間知らずの貴族の家出娘あたりだろう。

 乗っている馬だって、売り払えば当分は遊んで暮らせる駿馬だ。


「馬が、速い……!」

「くそ、追いつかねえ」


 巧みに手綱を操るメイは目を上げた。

 新兵たちの構える丘陵が、じきに弓矢の射程範囲に入る。


「よし! このあたりでやりましょうか!」


 手を挙げて、味方に合図するメイ。

 同時に、馬首を返した。


 野盗たちは慌てて足を止める。


「止まったぞ! 囲め!」

「女と馬は傷つけるな! 弓矢は男どもを狙え!」


 散開する野盗たち。


 手綱を片手で握るメイが、剣を抜いた。


「殺す気で来ないと、ノーチャンスよ」


 飛び上がった馬は、あっという間に野盗の背後に回る。


 野太い悲鳴が上がった。

 同時に三人が、血を吹いて倒れる。


「!?」

「何だッ!」


 振り向く間に、さらに二人の首が飛んだ。


 メイが剣を振るいながら、新兵に声を張り上げる。


「弓持ちは倒したわ! みんな、突撃!」


 赤い噴水が撒き散らされ、野盗が恐慌状態に陥る。


「う、うおおおっ!」


 新兵たちが、丘陵を駆け下りていく。


 トゥーリは、幌の隙間から、その背中を追った。

 六つの背中。つい何日か前まで、畑にいた青年たち。

 娘のひとりが目を瞑り、髪を後ろで束ねた娘は、両手を組んで祈りを捧げている。


(お願い……)

(どうか……)


 野盗の一人が、鉈を振りかぶって迎え撃つ。

 若者の剣と、打ち合った。


 きん、と澄んだ音。


 鉈が、半ばから消えていた。

 断ち切られた刃先が、くるくると宙を舞う。


「……あ?」


 呆けた男の胴を、返す剣が薙いだ。


 周りの野盗たちが、一瞬、凍りつく。


「怯むな! 囲んで叩け!」


 左右から、斧と槍が同時に襲いかかる。


 振り下ろされた斧が、柄ごと断ち割られた。持ち主の男も、そのまま斬り伏せられる。

 横から突き出された槍の穂先は、若者の脇腹で滑った。鎖帷子の上を、なでただけ。


「斬れねえ!」

「向こうの武器、やばいぞ!」


 野盗たちが、次々と数を減らし、後ずさっていく。

 攻めているのは、六人のほうだった。


「訓練と同じです。そのまま押し切りなさい」


 初老の御者の声は、丘の上から少しも急がずに届いた。


「はいっ!」


 二人一組で、一人ずつ。確実に、崩していく。


 そのとき、ひときわ体の大きな若者が、足を止めた。


「あ! あいつ……!」


 視線の先。

 野盗の群れの奥に、右目を黒い布で覆った男がいる。


「おい! 無理に突出するな!」


 組んでいた仲間が、声をかける。

 けれど、大きな若者は、もう前に出ていた。


 その様子に、メイが気づく。


「道を開くわ! 討てる仇は討っておきなさい!」


 馬が、野盗の間に割って入る。


 白い剣閃が二つ走り、仇までの道が、ひらけた。


 隻眼の男が、後ずさる。

 逃げ場を探すように左右を見て、若者の顔で目を止めた。


「その図体……あの村の、でけえ兄弟の……!」


 男の顔が、どす黒く染まっていく。

 潰れた右目を覆う布を、指が掻きむしった。


「てめえらのせいで……俺はこんな目にっ!」


 短剣を逆手に握り、男が突っこんでくる。


「兄貴みてえに、腹ぁ掻っ捌いてやるッ!」


 刃が、鎖帷子の上で滑る。

 腹には、届かない。


「……兄ちゃんの、仇だ」


 振り下ろされた剣が、男を肩から斬り下ろした。


 隻眼の男は、声もなく崩れ落ちる。


 大きな若者は、剣を下げたまま、動かなかった。

 その肩が、一度だけ大きく震えた。


「……すごい」


 馬車から身を乗り出した娘が、ぽつりと言った。


 トゥーリは、ただ、うなずく。


「だめだ、逃げろ!」


 野盗たちが、散り散りに背を向ける。

 けれど、その先には、いつの間にか他の馬車の御者たちが回りこんでいる。

 後ろには、剣を提げたメイ。


 逃げ場は、どこにもない。

 新兵たちは、躊躇わず剣を振り下ろしていく。


「頭目だけ、すぐには殺さないで。吐かせることがあるから」


 メイの指示が飛ぶ。


 最後に残った大男が、刃こぼれした剣をめちゃくちゃに振り回す。

 その手首を、柄頭が打ち据えた。剣が、土に落ちる。

 膝裏を蹴られ、大男は街道に這いつくばった。


 背を踏みつけられ、顔を殴られる。

 村々から奪い、殺してきた男の上に、拳と踵が何度も落ちる。

 誰も、手を緩めない。


「はい、そこまで。口がきけなくなったら困るわ」


 メイの一声で、若者たちが、ぴたりと離れた。


 泥の中で、大男が呻く。

 その意識が、薄れていく。


(……釣られたのは、俺たちだったか……)


 ◇


 幌が開き、娘たちがおそるおそる降りてくる。

 街道には、もう、立っている野盗はいない。


「あの! メイ様のお陰で、兄ちゃんの仇を取れました! 村に残してきた親兄弟も、喜んでくれると思います」


 大きな若者が、ひざまずく。


 メイは、柔らかく微笑んだ。


「よかった。飛び出したのは減点だけど、最後の一太刀は落ち着いてた。いい戦いぶりだったわ」


「は、はいっ! このご恩は忘れません! 生涯!」


「ふふ、嬉しいけど、後ろの女の子にもお礼を言うのよ。あなたが戦ってる間、ずっとお祈りしてくれてたんだから」


「え……?」


 振り向くと、馬車の脇で、髪を後ろで束ねた娘が、ふっと目を逸らす。


「ほらほら、早く行ってあげなさい。わたくしは巣に残った連中を潰してくるから、ここのみんなを守るのよ」


「は、はいっ!」


 若者が、ぎくしゃくと駆けていく。


 それを見送ってから、メイは街道の端へ目をやった。


 顔を腫らし、泥と血にまみれた頭目が、縄をかけられ、御者たちの足もとに座らされている。

 さっきまでの威勢は、どこにもない。問われるまま、巣の場所をぼそぼそと吐いている。


 初老の御者が、馬車から乗用馬を一頭ほどき、手早く鞍を置く。

 手綱を引いてくると、頭目の縄の端を、自分の鞍に結わえつけた。


「道案内は、これで足りましょう」

「ええ。行きましょうか」


 二頭の馬が、並足で街道を進みだす。

 縄に引かれて、頭目がよろよろと歩く。


 傾きかけた日が、丘陵の草を金色に染めていく。


 御者が、ちらりと後ろを振り返る。

 馬車の脇で、大きな若者が、束ねた髪の娘に何度も頭を下げていた。


「なかなか、いい掘り出し物ですな」

「ええ、ほんとうに。自由都市に戻る頃には、一人前の戦士になりそうね」


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