第36話 釣り
地図の上に、メイド長の指が置かれた。
「まず、沿岸区のすべての関門。警備を増やします」
指が、港から高台へ、細い線をなぞっていく。
「それから、井戸などの水源。放火にも注意してください。泥沼の市街戦では定番です」
「違いない」
兵士長が、低く笑った。
「だが、正直に言うと、手が足りん。関門と井戸を押さえれば、屋敷が薄くなる」
「承知しています。増員の当てはありますが、それまで、侵入と暗殺には気を配るように」
メイド長の目が、ナナで止まる。
「特に、あなた。今日、アロフィス卿に顔を見られていますね。決して一人で行動してはいけませんよ」
「……はい」
ナナは、胸元の徽章に指を触れた。
トゥーリの顔が浮かぶ。浮き家の宿に逃げこんだ、他の娘たちも。
「あの、逃がした女の子たちは、無事でしょうか?」
「心配いりません。メイ様の遠征隊で、料理や洗濯など頑張ってくれているようですよ」
メイド長は、地図に目を戻した。
「では、配置の話に移ります」
◇
自由都市を旅立ってから、早、十日。
昼の休憩で、馬車列は街道脇の丘陵に停まっていた。
トゥーリが鍋をかき回していると、隣で干し肉をかじっていたメイが、林のほうへ目をやる。
「三つ前の村から、ずっとついてくるのね」
「左様。林の縁に、見張りが二人。女連れの馬車に、護衛は若造ばかりとなれば……本隊は、この先で待ち伏せでしょうな」
初老の御者が、湯をすすりながら答えた。
トゥーリは、思わずそちらを振り返る。
木々が、風に揺れているだけだった。
火のそばでは、新兵たちが夢中で椀をかきこんでいる。
「実戦をさせても、いい頃よね?」
「はい。村ではひもじい思いをしていたようですからな。十分な食事と訓練で、気力がみなぎっております」
メイは干し肉の残りを口に放りこみ、立ち上がる。
「じゃあ、釣ってくるわ! 新兵のみんな、訓練通りにやれば大丈夫。女の子たちを守るのよ」
メイが、馬車列の最後尾につないでいた乗用馬を引いてきた。
手綱を握ったまま、トゥーリたち娘を振り返る。
「戦いになるけど、心配しないで。念のため、馬車の奥で身を低くしていてね」
「あ、あの……途中の村で加わったばかりの、男の子たち。戦えるんでしょうか?」
「ふふ。六人とも農家の次男三男だけど、人柄は申し分ないわ。慣れれば、きっといい兵士になる。応援してあげてね」
メイは手を振り、ひらりと鞍に跨がった。
馬が、街道の先へ駆けていく。
蹄の音が遠ざかると、娘たちは、幌を上げて車内に乗り込んだ。
髪を後ろで束ねた娘が、膝を抱える。
「ねえ……本当に、大丈夫だと思う?」
「え? メイさんがいるんだもの。怖くないよ」
「違うわよ。男の子たち、初陣でしょう。怪我したりしないかな」
「うーん……休憩のたびに、メイさんや御者さんたちに稽古をつけてもらってるし。なんとか、なるんじゃない?」
トゥーリは、幌の隙間にそっと目を寄せた。
馬車の外では、新兵の六人が背中合わせに円陣を組んでいる。
それぞれが外を向き、全方位を見張る形。
初老の御者が何か声をかけると、若者たちは姿勢を正して頷いた。
鳥が鳴く。
街道脇の草が、風に倒れていく。
そのとき、若者の一人が声を張り上げた。
「来たぞ! メイ様だ! 野盗どもを引っ張ってこられた! 数は、二十……いや、三十以上!」
御者が、小さく言った。
「兵種と武装を」
若者が、目を凝らし直す。
「あ……はい! 騎馬は無し、すべて歩兵です! 弓は……四人、持っています!」
車内の娘たちが、息を詰めた。
新兵たちが、剣を抜く。
円陣がほどけ、馬車の前へ一列に並んだ。
街道の向こうに、土煙が上がっている。
ココアベージュの髪をなびかせて、先頭を来るのは、騎乗のメイ。
追っ手を振り切らない速さで、つかず離れず、馬を走らせている。
その後ろに、刃物を振りかざした男たちの群れ。
「若い女と馬だ! おめえら、お宝を逃がすな!」
「見ろ、馬車じゃねえか! 護衛は……男が、ひい、ふう、みい……十人もいない! もらった!」
初老の御者は、新兵たちの一歩後ろへ下がった。
「君たちの真銀の鎖帷子は、賊の武器を通しません。恐れず、やりなさい」
「はいっ!」
若者たちが、丘陵の縁で腰を落とした。




