第33話 外は危ないよ
(……お父様は、きっと気づかない)
戦闘術ケラガ・ルヴによる換骨奪胎。わずか一ヶ月で、背も声も変わった。父の知る子供の面影は、もうない。
ナナは、詰所の陰から出た。
槍の列の端で、兵のひとりと目が合う。
「ん、ナナ殿か」
「あの、お困りですよね?」
「うむ、正直な。素直に帰ってくれればよいのだが」
兵は、泣き声のほうへ目をやった。
「わたしに考えがあります。少し、あちらの女性と話をしてもよいですか?」
「ああ。我々も、女子に剣を向けたいわけではない。頼む」
兵の手が上がる。
十本の穂先が、揃って起きた。
市街区側でも、傭兵たちの手が柄から離れていく。
ナナは、門の外へ出た。
突然の若い娘の登場に、傭兵たちの視線が集まり、どよめきが起こる。
アロフィスが顎をなでた。
「ほう……。これは、なかなか……」
ナナは、石畳に座り込んだ第四夫人の前で、膝を折る。
「はじめまして」
しゃくり上げる声が、途切れた。
濡れた目が、ナナを見上げる。
「ひっく……だ、誰?」
「銅等級冒険者の、ナナです。あなたの二番目のお兄さん……テオさんのことを、知っています」
「テオお兄ちゃん! テオお兄ちゃんを知ってるの?」
「はい。……大怪我をして、寝たきりですが」
「……え」
第四夫人の頬から、色が引いた。
「き、貴族に、やられたの?」
「いいえ。もうひとりのお兄さん、イーゴさんにです」
「う、うそ!」
「……なぜ、嘘だと? イーゴさんは、テオさんや部下の方を、よく殴る人では?」
「で、でも! よく殴るけど、大怪我させるなんて、そんなこと……」
「いいえ。もう少しで、殺してしまうところでした」
第四夫人の唇が、開いたまま止まる。
涙だけが、遅れて頬を落ちていった。
その肩に、手が置かれた。
「ちょっと君。義兄のことを、悪く言ってもらっては困るな」
ナナの目の高さに、白金の徽章があった。
穏やかな笑みが、その上から見下ろしている。
(……お父様。……やはり、気づかない)
元より、女を増やすことしか頭にない人だ。娘のことなど、気にかけたこともない。
「……わたしは、本当のことしか話していません」
ナナは、第四夫人から目を離さなかった。
「疑うのでしたら、ご夫人おひとりなら、テオさんに会わせることができますが」
「いいの?」
第四夫人が、顔を上げる。
「いけないよ」
アロフィスの声は、柔らかかった。
肩の上の手に、少しだけ力がこもる。
「外は危ないよ。知らない者に、君ひとりでついていくなんて」
「で、でも、旦那様……テオお兄ちゃんが……」
「テオ? ああ、弟さんのほうか」
アロフィスは、少し考えるように首を傾げた。
「大丈夫。お兄さんたちのことは、僕から教会に掛け合ってみるよ。司教様は話のわかる方だからね」
「……ほんとう?」
「僕が嘘をついたことがあるかい?」
第四夫人は、首を横に振った。
手の甲で、目元をこする。
「旦那様が、そうおっしゃるなら……」
しゃくり上げる声は、もう聞こえなかった。
「さあ、帰ろう。ここは埃っぽくていけない」
アロフィスは妻の肩を抱いて、馬車のほうへ向き直った。
槍の列の端で、兵がちらりとナナを見た。
兜の下で、ほっと息をつく者もいる。
ナナは、膝の埃を払って立ち上がった。
一礼して、門のほうへ踵を返す。
「あ、そうだ」
背中に、声がかかった。
「えーっと、君。ナナって言ったね」
ナナの足が、止まる。
「……もしかして、僕が前に指名依頼した」
「お受けしていません」
振り返らずに、答えた。
「ああ、なら、仕方ない」
アロフィスは、気にした様子もなかった。
「よかったら、ウチで話を聞かせてほしい」
「……なぜ、です?」
ナナは、ようやく振り向いた。
父は、笑っていた。
屋敷の広間で、新しい女を迎えるときと同じ顔で。
「いや、実はね。君は、僕の妻の若い頃にそっくりで……ちょっと、話してみたいなと」




