第31話 正々堂々
銀等級の用心棒が、剣を肩に担いだ。
へたり込んだイーゴをかばうように、一歩出る。
「殺しても構わない、ねえ」
用心棒の口元が、また笑いの形に戻った。
「銅等級のお前じゃ、どうやっても銀等級の俺には勝てねえぜ。俺の名は――」
ピーッ
ナナが、笛を吹いた。
用心棒が顔をしかめる。
「う、うるせえ! 人が名乗ってるときに……!」
鼻を押さえたままのイーゴが、跳ねた。
「こ、この笛……! 矢が飛んでくるぞ!」
「義兄殿。窓は全部、閉めてある。そんな心配はねえ」
イーゴの肩から、力が抜ける。
「そ、そうだ。そうだな」
折れた歯の隙間から、息が漏れた。
「おい、こっちも援軍を連れてこい! 英雄様の屋敷へ走れ! 貴族の横暴だと伝えろ!」
戸口から、男衆が駆け出していく。
足音が、階段を下っていった。
ナナは、笛を懐へ戻した。
(作戦では、味方が揃ってから突入するはずだった。……先走ったからには、わたしが決める)
床で、テオが肘をついた。
持ち上がりかけた体が、そのまま崩れる。
ゴホッ。
板張りに、赤いものが散った。
(テオさん、手当てを急がないと……)
ナナの爪先が、内側へ向く。
「おっと。どこ見てんだ」
刃が、横から入った。
ナナは半歩引いて、短剣の腹で受け流す。
火花が、帳のほうへ飛んだ。
(……この人、室内でロングソードなんて。準備が甘い)
ナナは、用心棒を見なかった。
床を蹴る。
向かった先は、壁際で立ち上がりかけていた手下。胸元には鉄徽章の鈍い光。
「おい――」
膝が、手下の胸に入る。
体が浮いて、壁際の棚へ突っ込んだ。
砕けた板の下から、足だけが見えている。
「こいつっ! 格下ばかり狙いやがって! 正々堂々、俺と勝負しろ!」
用心棒が追ってくる。
ナナは答えない。
倒れた卓を蹴り上げた。
用心棒が、それを断ち割る。
割った木片が、宙で止まって見えるほどの一瞬。
その間に、ナナは男衆の一人を掴んでいた。
「ひっ」
襟首ごと、扉のほうへ放る。
男衆は廊下の壁にぶつかって、そのまま這って逃げた。
残った男衆が、顔を見合わせる。
一人が、剣を床に置いた。
「……悪ぃな、坊ちゃん」
「な、なにを!」
「専売権、消えたんだろ。もう、あんた終わりだよ」
男は、上着を掴んで出ていった。
「給金は倍出す! 倍だ! 戻ってこい!」
誰も、振り返らない。
二人目が続き、三人目は迷った末に、階下へ帳面を取りに下りていった。
部屋が、静かになる。
残っているのは、用心棒が一人。
手下が一人。
そして、立てない兄弟が二人。
「……減っちまったな」
用心棒が、剣を持ち直した。
「まあいい。この娘を殺して、義兄殿を運び出す。それで俺の仕事は終わりだ」
「ば、馬鹿を言うな! 運び出す?」
イーゴが、床を叩いた。
「ここは俺の街だぞ! せっかくトップに立ったんだ! 俺は出ていかない!」
用心棒は答えなかった。
その目は、ナナから外れない。
ナナは、テオの前へ下がった。
湿った咳。
一瞬だけ振り返る。
唇の端で、赤い泡が膨らんで、割れた。
(もう、待てない)
ナナは、息を吸うと、短剣を左手へ持ち替えた。
(そろそろ、終わらせる)
右の拳が、白く光る。
短剣にも光の膜がかかっていく。
うっすらとした光がナナの輪郭をなぞって、消えない。
「……なんだ、そりゃ」
男の声が、変わっていた。
(オーラ? まさか、銅等級が?)
ナナが、床を蹴る。
手下が、構える間もなかった。
拳が、胴を捉える。
バキッ。
手下の体が、壁へ突き刺さった。
落ちてこない。
「……おい」
用心棒の喉が、鳴った。
(銀……どころじゃねえ。金等級以上だ、こいつ)
その視界の端で、イーゴが動いた。
四つん這いのまま、扉のほうへ。
血で滑って、肘が落ちる。
それでも、指が敷居にかかった。
「兄貴……逃げるな……」
テオの声は、届かない。
ナナが、逃げるイーゴに向かって踏み出す。
「させるかよ!」
用心棒が、割り込んだ。
剣が、真上から落ちてくる。
ナナは避けない。
左の短剣で刃を横へ弾き、そのまま男の内側へ入った。
剣先が、床に突き刺さる。
「なっ――」
男の腕が、伸びきっていた。
その脇を、ナナがすり抜ける。
イーゴの前に、しゃがみこんだ。
「うわわあっ! やめ――」
イーゴが腕を前に出し、目を瞑る。
ナナは、腕を見ていない。
短剣が、二度、走った。
ぎゃあああッ!
イーゴの両膝から、下が消えた。
床の上で、二本の脚が他人のもののように転がる。
敷居にかかっていた指が、滑り落ちた。
「ひっ……ひぃ……あ、あし……足ぃ……!」
「卑怯だぞ!」
用心棒が、剣を引き抜きながら怒鳴る。
ナナは、振り返った。
「……オーラで灼き斬ったから。止血もできてる」
小さな声だった。
「くそ! 弱いやつばかり狙いやがって!」
用心棒が部屋を、素早く見回す。
伸びた手下。逃げた男衆。立てない依頼人。
(……数的有利も消えた。とっておきを出すしかねえ)
男の左手が、下がった。
(これはよけらんねえぞ。跡形もなく、ぐちゃぐちゃにしてやる)
指が、懐へ向かう。
その瞬間。
ぐぼっ。
男の胸から、切先が生えていた。
細身の刃。
肋の間を、まっすぐに。
男の目が、自分の胸を見下ろした。
懐に入りかけた手が、そのまま落ちる。
膝が折れ、体が前へ倒れた。
剣が、音もなく引き抜かれる。
開いた扉の陰。
いつからそこにいたのか、長身の人影が、そこに立っている。
白い前掛けに、血の一滴も飛んでいない。
その剣は淡く白い光を帯びている。
屋敷のメイド長だった。
「……少し先走ったようですが、単騎で、よくやってくれました」




