↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
英雄ハーレム、崩壊記〜その娘が父の裏の顔を暴き、超えるまで〜  作者: 水戸直樹


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

30/71

第28話 第二夫人

 日の出前の港に、荷馬車が三台、並んでいた。


 空はまだ藍色で、水面だけが先に白んでいる。


 馬の鼻息が、白く散った。


 桟橋のたもとに、旅装の娘が五人。めいめいが、身内に囲まれている。


「元気でなぁ……。わしが不甲斐ないばかりに……」


「お父さん、泣かないでよ。売られずに済んだし、ちゃんと帰ってくるんだから」


 娘の手が、父親の袖から離れない。


 離れたところに、メイとリリアが立っていた。


「ご家族にも、来てもらえてよかったですね」


「親御さんたち、深夜だったけれど、眠れなかったみたいね。娘さんが心配で」


 リリアは、桟橋の先へ目をやった。


 テオが、荷台の縁に手をかけて話している。


 その正面に、蝋燭工房の娘トゥーリ。


「ねえ、テオ。家族も連れてきてくれて、ありがとう」


「いや……俺にできることは、これくらいだから」


 テオの目の下が黒い。一睡もしていない顔だった。


「……じゃあな、元気で」


「ううん。あなたも無事でいてね」


 一台目が、動き出した。


 車輪が石畳を噛む音。娘たちの顔が、幌の陰へ隠れていく。


 メイの爪先が、馬車へ向いた。


「わたくしも、そろそろ行くわね」


「あっ、あの……。気をつけて」


 リリアの声が、少し掠れる。


 朝の風が、ふたりの髪を持ち上げていった。


「あなたなら大丈夫よ。もし、困ったことがあれば、メイド長やおばあちゃんを頼りなさい」


「は……はい」


 メイが身を屈めて、耳元に口を寄せた。


「メイド長は、この街でわたくしの次くらいに強いわ。おばあちゃんも、ああ見えて司教よりも、よほど」


 見送りに出ていた老婆が、振り向いた。


「メイ、『ああ見えて』は余計だよ! ほら、三台目の馬車が出るよ」


「ふふ、ごめんなさい」


 メイは、軽く手を上げた。


「リリア、またね!」


「は、はい! いってらっしゃい!」


 馬車列が、坂に取りついた。


 朝日が、その背に差しはじめる。


 荷台の上を、光がひとつずつ滑っていった。


 やがて、車輪の音も消えた。


 娘を送り出した親たちは、誰も、喋らない。


(……わたしで、この人たちを守れるのかな)


 潮の匂いが、坂の下から吹き上がってきた。


 ◇


 朝の自由都市、教会。


 石段の下に、人が集まっていた。


「あ、英雄アロフィス様だ……!」


「今日は、ずいぶん人数が少ないな。第二夫人と、わずかな従者だけとは」


「ああ、手下の傭兵たちがメイにボコられたらしいぜ」


「それだけじゃねえ。女奴隷たちが行方不明になってるって噂が立ってる。ギルドの掲示板に、正式な依頼まであった」


 声は、石段の途中で途切れた。


 アロフィスが、そちらへ手を振ったからだ。


 人垣は、ぎこちなく手を振り返す。


 第二夫人レナリルが夫に続いていく。


 深い青の外套。飾りは、耳に一対だけ。


 結い上げた髪が、朝の光を返す。

 黒に見えて、角度によって紫がにじむ。


 化粧は薄く、唇だけが濃い。


 四人の夫人で、最年長。


 歩幅は小さく、歩みは速い。


 ◇


 奥の間には、香の煙が沈んでいた。


「こたびも献金、受け取りましたぞ」


 司教マルドゥクが、卓の上の箱に布をかけた。


「いやあ、うちの怪我人たちの受け入れ、感謝いたします」


 アロフィスは、椅子に浅く腰かけている。


「彼らの復帰は、いつ頃になりますか?」


「復帰……とは?」


 司教の目が、上がった。


「どれくらいの回復を、お望みで?」


「せめて、話せるくらいには。被害の証言が欲しいのでね」


「それは難しいですぞ」


「……なぜです?」


 アロフィスが、身を乗り出した。


「金に糸目はつけません」


 司教は、しばらく答えなかった。


 指を組み、それをほどく。


「……彼らの怪我は、オーラ攻撃によるものです」


「オーラ」


「治すも何も、『完全なる破壊』でしてな」


 香の煙が、天井へ細く上がっていく。


「教皇か、聖女・聖者クラスでもなければ、手も足も出ません」


 アロフィスが、隣を見た。


 レナリルも、こちらを見ていた。


 目が、合う。


「……オーラ攻撃と、それを治療した痕もあるんだよね?」


「左様。……あれは、並の術者の仕事ではありませんな」


 場を、沈黙が支配する。


 燭台の火が、一度だけ傾いだ。


「被害者の証言が出せないとなると」


 先に口を開いたのは、レナリルだった。


「噂を収束するのは、難しそうね」


「あぁ、それは困るなあ。司教もそうだろう?」


 司教が、咳払いをする。


「否定はしませんが。……レナリル殿、なにか手はございますかな?」


 レナリルが、髪をかきあげた。

 その手が、滑らかな耳の縁をなぞる。


 膝の上の革表紙を開き、一枚を抜き出す。


 名簿だった。


「噂を消せないなら、それ以上の噂で上書きすればいいわ」


「……ふむ、そうか」


 アロフィスの声が、明るくなった。


「いつもの、だね」


「ええ」


 レナリルは、司教のほうへ向き直った。


「司教様。『まだ出ていない討伐依頼』、あります? できるだけ、大物を」


 司教の指が、顎を撫でた。


「ございますとも。南の谷の召喚陣、使える状態でしてな」


 白い眉が、ゆっくりと持ち上がる。


「贄さえ用意すれば、竜種を呼び出せます」


「ギルドには?」


「召喚成功後、人里近くへ誘導。その時点で討伐依頼を出しましょう」


 レナリルが、名簿の縁を指で叩いた。


「贄はこちらで」


「ふむ……。どれくらい、用意できますかな? 病人や老人では誤魔化せませぬぞ」


 司教の目が、その紙へ落ちる。


 レナリルは、顔を上げなかった。


「アロフィス。屋敷から二十人はどうかしら?」


「えっ……?」


 アロフィスの背が、椅子から浮いた。


「二十人もか……。もったいないよ。中には、数年で綺麗になる娘がいるかもしれないのに」


「最近、放っておいてある者から選ぶわ。だいたい、あなた、名前も覚えていないもの」


「それは、そうだけど」


「路上に戻せば、冬を越せないのだから」


 レナリルの声は、平らだった。


「それなら、飢えて死ぬより、飢えずに死ぬ方が、まだいいでしょう?」


 アロフィスが、口を閉じた。


「だけど、二十人はな……。それなら、男奴隷とか、老人手前のやつとか、可愛くないやつでいいだろう」


 顔には、未練が残っている。


 レナリルが、名簿をもう一枚めくる。


「屋敷の予算も部屋も無限じゃないの。奴隷も入れ替えないと。新しい愛妾を連れてくる予定よ」


「ん?」


「商家出身の、育ちのいい、見目のいい娘たち。五人、手配したわ。じきに屋敷に着くはずよ」


「なんだって……!」


 アロフィスの目が、輝いた。


 椅子が、音を立てて鳴る。


「令嬢を五人! いいね! 君は本当に、僕のことをよく分かっている」


「私の役目ですもの」


「わかった。この件は、レナリルと司教様に任せるよ」


 彼は、心から満足そうだった。


「そういえば」


 司教が、箱の布を整えながら言った。


「南の谷は、縁起がよろしい。……二頭目の巨竜も、あの召喚陣で呼びました」


「ああ、あれか!」


 アロフィスが、声を上げて笑った。


「二頭目というと、初めての計画討伐だったな」


 彼は立ち上がり、窓へ歩いていく。


「二頭目のほうが大きかったから、自力で倒した一頭目より金にも名誉にもなったんだよね」


 振り向いて、苦笑した。


「最初の頃は、なにも後ろ盾がなくてさ。何度も死にかけて、必死だったなぁ」


 ◇


 馬車溜まりへ下りる回廊は、風が抜けて寒かった。


 アロフィスの足音が、先を行く。


「不信心な僕が、こんなに教会に来るようになるなんてね」


 レナリルが、後ろに続く。


「あら、元娼婦の私が、こんなに教会に来るほうが不思議だわ」


 アロフィスは、肩をすくめた。


「娼館で出会った僕たちが、今や教会通いだ」


 石畳に、二人分の足音が響く。


「君と出会ってからというもの、僕はずいぶんと味方が増えた」


「あなたが、カリスマだからよ」


 レナリルの頬が、わずかに動く。


 真顔になるアロフィス。


「僕をカリスマたらせているのは、君たちだ」


「え?」


「君のような最高の女たちを隣に置いておくことが、なにより大事なのさ」


「あら、最高だなんて……。そう言われたら、本気にしちゃう」


「……ああ、本気だ。だから、もう一人、最高の女が欲しい」


 アロフィスが、立ち止まる。


「オーラ攻撃と、聖女並みの治癒術を持つのが本当だとしたら、なんとしても」


 レナリルは呆れたように首を振る。


「彼女は、難攻不落よ。情報すら、ほとんどない」


「だからさ。子供の頃、身分違いのフィデリアへの初恋も、大陸三大娼婦と謳われた君を身請けするのも、周りには無理だと言われていたんだ」


 アロフィスは声に力を込める。


「メイについて、全力で調査に当たってくれ。金はいくら使ってもいい」


「……本当に、いくらでも?」


「ああ、君に任せる」


「あなた、やっぱり最高だわ」


 レナリルは微笑む。


 その目は、夫を見ていなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。