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英雄ハーレム、崩壊記〜その娘が父の裏の顔を暴き、超えるまで〜  作者: 水戸直樹


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第24話 爪、短いのね

「リリア……リリアよね? ……だいぶ変わったけど、絶対リリア……」


 フィデリアの手が、伸びた。


 途中で、止まる。


 指先が、宙で震えていた。


「……お母様」


 フィデリアの目が、大きくなった。


「あなた、声、どうしたの? 風邪引いてるの?」


「あ、はい。その」


「――あら、それ声変わりだわ」


 メイが、後ろから割って入った。


 卓の上の茶菓子を一つ摘み上げ、口へ放り込みながら。


「成長期の換骨奪胎で、声変わりも終わってしまったのよ」


「よくわからないけど……きっと、頑張ったのね」


 フィデリアが、両手でリリアの顔を挟んだ。


「ちょっと、痩せたんじゃない?」


「そんなことないです。……いっぱい食べてます」


 リリアは、肩をすくめた。


 照れくさくて、目が合わせられない。


 代わりに、頬の手へ自分の手を重ねる。


「……お母様、手が冷たいです」


「そう?」


 目の縁が、赤い。


「……ギルドで、あの人の傭兵団と揉めたのは、あなたよね」


「はい」


「怪我は?」


 頬の手が、下りた。


 肩から、腕へ。確かめるように撫でていく。


「ないです。わたしがやったのは、四人だけなので」


 その手が、胸で止まる。


「あら? ……ここ、ずいぶん、成長したのね……」


「お母様っ……」


「ふふっ」


 手首を掴んで、手のひらを上に返す。


「爪、短いのね」


「切ってます。自分で」


「……そう」


 フィデリアが、鼻をすすった。


「はい、メイドの仕事をするのに短いほうが……」


 ◇


 茶は、とうに冷めていた。


 窓の外で、日が傾きはじめている。


 倒れたままの侍女が、寝返りを打った。


「そろそろね」


 最後の一つを口へ放り込んで、メイが立ち上がる。


「じゃあ、わたくしたちは帰るわ」


「あ……メイ様」


 フィデリアが、一歩、前へ出る。


「夫が、あなたと『ナナ』に指名依頼を出すそうです。……いつもの、女を欲しがる興味です」


 声が、少しだけ落ちた。


「無視してください。それだけ、お伝えしたくて」


 リリアが、メイを見上げた。


 メイが、小さく頷く。


「わかったわ。……今日中に帰るから、どの道、依頼は受けられないけど」


「お父様は『ナナ』がわたしだって、知らないんですね」


「ええ。正直、今のリリアを見ても気づかないかもしれない。かなり見た目が変わってるし、あの人も、あんな感じだから……」


「はい。……少し、嫌な気はするけど、気づかれないほうが都合いいです」


 バルコニーに向かっていたメイが振り向いた。


「フィデリアさんも気をつけて。……この屋敷から解放された奴隷たち、以後の消息が一つもつかめないの」


 フィデリアが息を呑む。


「そんな……! 奴隷は次の主人に譲渡してるって夫は……」


「彼自身も知らないか、あるいは……。情報を掴んだら、また来るわね」


 二人は軽く手を振ると、バルコニーから消えた。


「えっ……!?」


 フィデリアは、手すりまで駆け寄った。


 身を乗り出す。


 庭にも、塀の上にも、坂の下にも、影ひとつない。


 ――足音もたてなかった。あの身のこなしは、並の冒険者じゃない。


 風だけが、髪を撫でていった。


「たった一ヶ月で……」


 手すりを掴んだまま、頬が緩んでいく。


「……天才かしら? 私の娘」


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