第22話 地位がある分、有害
最初に立ったのは、壁際の卓だった。
色の抜けた革鎧の老人が、杖代わりの槍を掴んで腰を上げる。
「わしゃあ、帰るぞ。メイの立ち回りは見たいが、返り血が一張羅につくと婆さんに叱られるんでの」
手を軽く上げると、老人は出ていく。
その背を追うように、椅子が鳴りはじめた。
「俺も帰るわ。やられたヤツは自業自得だろ」
「アロフィス派もガラ悪いやつばかりになってきたな」
「今回はギルドが悪い」
「おい、聞こえるぞ」
「聞かせてんだよ」
卓を回り込む足音。掲示板の前にいた者たちが、依頼票を戻さずに扉へ向かう。カウンターに並んでいた列が、後ろから崩れていった。
扉が、開いては閉じる。
半分が、消えた。
残ったのは、三十人ほど。
腕にソルゾラス家の腕章を巻いた者。卓に肘をついたまま、下品な笑みを浮かべている者。
最初に口を開いたのは、床の男と同じ卓にいた三人だった。
「……メイの本職は、治癒師ってわけか」
「さっきの治癒魔法、白金級なのはたしかかもしれんが」
「前衛を俺らが引き受けてやれば、ヒーラーは弱い」
一人が、残っていた者たちを振り返って怒鳴った。
「おい! 俺らが新人をやる! メイはお前らがやれ!」
座っていた者たちが立ち上がる。ソルゾラス家傭兵団の者たち。
「めんどうくせえ、が……ヒーラー一人なら、どんな凄腕でもたかが知れてる」
「アロフィス様がメイの素顔に興味を持ってたからな。晒してボーナスもらうとするか」
「ま、どうせ顔隠してる女なんてブスに決まってる。口元だけなら、いい女に見えるってやつだろ」
サーリット兜からのぞく、メイの口が開いた。
「最後の警告よ。五体満足でいたい者は帰りなさい。この後は容赦しないわ」
低い声。ハッタリには感じられない、鋭い威厳。
メイの前に出ていた男たちの背筋を、冷たいものが走る。
そこへ、ギルド管理職の男が声を張り上げた。
「二人の捕縛にご協力ください! 金貨二枚差し上げます! アロフィス様からも報奨金が出るはずです!」
まだ様子を見ていた男たちも、腰を浮かせた。
「副ギルド長、気前いいね。俺も手伝うぜ」
「不正は見逃せないからな」
「……この人数なら、余裕だよな?」
「ああ、ビビらせやがって」
一人、うなずくメイ。
「……アロフィス様と、彼ら。ずいぶん仲がいいみたいね」
背後のリリアが、ぽつりとつぶやく。
「メイさん、ごめんなさい。わたしの――」
「父親が」と言いかけ、口をつぐんだ。
この広間で、その言葉だけは出せない。
「謝らなくていいの。――あなたは、ひとつも悪くないもの」
最後は、彼女にしか聞こえない声で慰めた。
◇
いつの間にか、カウンターの内側へ男が一人、戻っていた。
捕縛を許可した、あの副ギルド長だ。
若い職員の袖を掴み、裏口のほうへ引き寄せる。
「走れ。アロフィス・ソルゾラス邸に知らせてくれ。教会にもだ。援軍と、こちらの正当性を認定してもらう」
「え、あの、いま外へ出るのは」
「いいから行け。早いほど、有利になる」
職員が、帳面を置いて裏口へ走り出した。
◇
三人が、リリアを三方から囲む位置に立つ。
「問題はこっちのガキだ」
一人が、床で喉を鳴らしている男を顎で示した。
「一発でやられてる」
「速い。金的もしてくる」
リリアは、息を吐ききった。
三人の距離が、じりじりと詰まる。
右の男が、そこで足を止めた。
目が、リリアの上から下へ一度動く。
「……ほぅ。改めて見ると、なかなか」
男たちが、目配せをした。
「傷つけるのは惜しいぞ。こいつなら数年は遊んで暮らせるほどの紹介料が……」
「そうだな。……お前、生娘か?」
リリアは、答えない。
「その上、動ける」
正面の男が、顎をしゃくった。
「顔も、体も、腕も揃ってる。屋敷でも上のほうだろ」
「ああ、アロフィス様は若く美しく才能ある女を好む。第三夫人がそうだった。お前なら、第五夫人の座も狙える」
「大人しく来い。金払いのよい方だ。悪い話じゃないぞ」
リリアの喉が、動いた。
構えは、崩れていない。
「……何も答えねえか」
「無理矢理になるぞ。それだと女奴隷として連れてくことになるがな」
「だぜ。目隠しして、縛りつけて、アロフィス様の寝室に放り込まれるわけだ。それが嫌なら一緒に来い」
リリアは、首を横に振った。
「へっ、後悔しろよ!」
右の男が動いた。
リリアの脚が、床を噛む。
伸びてきた腕の下をくぐり、その脇を抜けると、正面の男の背後へ出た。
股の内側へ、下からの蹴り。
「ぐぎゃあああ!」
男の背が、跳ねる。
崩れてくる体を肩で押しのけ、リリアはもう一歩。
「こ、こいつ! また金的を!」
右の男が振り返る。
振り返ったところに、リリアの指があった。
目。
「うあああ!」
引き抜いた指が、続いて喉を突く。
落ちてくる顎へ、下から膝。
(三連撃)
男が、後ろへ倒れた。
残る一人が、下がる。
「な、なんだこいつ……おい、誰か!」
声が、返らない。
リリアの視界の端で、広間が終わりかけていた。
ある者は顎を砕かれ、ある者は手脚を折られ、床に転がっている。
立っている者は、もう数えるほどしかいなかった。
「た、助けてくれえ……!」
「あ、あんたらが悪くないって証言するからっ! 頼む!」
その声も、あっという間に途切れる。
リリアは、下がる男との距離を詰めた。
剣を持つ手首を掴んで、内へ折る。
剣が落ちるより先、リリアの指は男の喉を潰していた。
◇
裏口へ走っていた職員が、取っ手に手をかける。
その瞬間。
ビシッ
「え……!」
取っ手が白く曇り、音を立てて凍りついた。
氷は枠へ這い上がり、壁へ。窓も塞いでいく。厚みを増しながら、壁面を丸ごと覆っていった。
「副ギルド長……! 出られません!」
職員が振り向く。
「な、なんだ! 誰だ!」
「あら、急に冬になったのかしらね?」
声のほうへ、副ギルド長が顔を向けた。
メイと、リリアが、こちらへ歩いてきていた。
メイは、外していた籠手をはめ直している。
彼女たちを囲んでいた男たちは、すでにみな、血を流して倒れている。
卓が三つ、砕けていた。天井の梁に、折れた剣が刺さって揺れている。
「ひ、ひいっ……! お前、ヒーラーじゃなく、魔術師だったのか?」
「勝手に分類しないでくれるかしら?」
メイは、凍った裏口を一度も見なかった。
「あなた、いま、どこへ知らせようとしたの?」
「……」
「聞こえていたわ。二か所とも」
副ギルド長の口が、開いて閉じた。
メイが、その前まで歩く。
「不正行為を確認した、とおっしゃいましたね」
「わ、私は、その、規則に基づいて」
「何が不正だったのか、いま、言えるかしら」
「……金的は、その、審査においては」
「審査は不要だと、そちらの受付の方がおっしゃっていた。それでも決闘させたのは、あなたよね?」
副ギルド長の口が、また開いて閉じた。
「決闘のルールは金的、目潰し、喉攻撃、どれもありよね?」
「あ……いや、そうだったかも……勘違いしていたかもしれません」
「それなら、こう聞きましょう。この子が先に手を出したの?」
「……」
答えは、なかった。
「責任ある地位にありながら、正しくモノを見ず、正しい言葉を言えない」
「わ、私には、立場というものが……」
「だとしても、金貨二枚の褒賞? やり過ぎよ」
メイが、手を伸ばす。
「だから、わたくしもやり過ぎていいわよね? あなた、地位がある分、有害だもの」
「ごめんなさい! ごめんなさい!」
「謝るくらいなら、最初からしないことよ」
「うあああッ」
破裂音。
声が、途中で途切れた。




