第21話 味見に時間がかかったの
輪の中で、男が拳を鳴らした。
「いつでも、殺す気で来いよ。お前も、何されても文句いうなよ」
リリアがうなずく。
「おい、いいってよ! こいつ負けたら俺のもんだ。手ェ出すんじゃねえぜ」
「抜け駆けかよ!」
「早く始めろって!」
「……うるせえぞ。酒が不味くなる」
リリアは、息を吐ききった。
『ギルドで一人になれば、きっと絡まれる。そうしたら、実戦』
『人体には鍛えられない部位がある。そこを――』
脚が、勝手に動く。
一歩で、懐。
男の腕が上がりきる前に、リリアの手は下へ潜っていた。
男の股の、内側。布越しの急所。
握って、絞る。
ブチっ
「――――!!!」
男の口が開いた。声は、出ない。
体が、前へ崩れる。
落ちてくる顎へ、下から膝。
ぐりんと顔が跳ね上がった。
突き出した指が、仰け反った喉へ沈み込む。
(三連撃、できた!)
勢いのまま、男の後頭部が床に叩きつけられた。
白目を剥き、背中を跳ねさせている。踵が石床を打つ音が、不規則に続いた。股のあたりから、液体が広がっていく。
どこかの卓で、フォークが皿に置かれた。
「……な、なんだ……」
「やべえ倒れ方したぞ」
同じ卓にいた三人が、駆け寄った。
「おい、しっかりしろ!」
肩を掴んで、揺すった。
「動かすな! 頭やってる!」
三人がリリアに詰め寄る。
「なにしやがる! 金的は!」
「不意打ちでやりすぎだ!」
「この女、たたんじまっていいよな! なあ、ギルドも見てただろ!」
カウンターの内側で、受付嬢が立ち上がった。
「これは正当な決闘です! 周りの介入は……!」
肩に、手が置かれた。
奥の机にいた男だった。首を、横に振る。
「だって!」
「君は責任をとれるのか?」
男は、カウンターの外へ出た。
「被害者はアロフィス様の傭兵団の一員だ。治癒師を呼びなさい」
リリアの耳に、その名前が入った。
構えを、解いていない。
管理職の男が、広間を見回した。
「不正行為を確認しました。加害者ナナの捕縛を許可します」
「ひゃほう!」
「祭だ! 若い女だ!」
「剥いてやれっ!」
あちこちで、椅子が床を擦る。
それについていけない者は、下を向いた。あるいは、後ろの扉から出ていった。
男たちが、輪を狭めてくる。
リリアの背に、卓が当たった。
「――お待たせ」
人垣が、割れた。
「味見に時間がかかったの。良いものと、悪いもの。間違えては、いけないものね」
窓際から歩いてきた甲冑が、リリアの前を横切る。そのまま、床の男の傍らに屈んだ。
白い光が、指の隙間からこぼれる。
「……まさか、治癒魔法?」
「あいつ、ヒーラーだったのか」
跳ねていた背中が、静かになった。
喉の音は、まだ続いている。
「死なない程度の処置はしておいたわ」
メイが、立ち上がった。
「声は戻らないけど。下も潰したままでよいわね」
誰も、答えなかった。
メイが、広間へ向き直る。
「この子が罰せられるべきだ……という者だけ残りなさい。そうでないなら、帰ることをおすすめします」
口元で微笑む。
「服が返り血で汚れるの、嫌でしょう?」




