第20話 止まらないフォーク
受付嬢が、書きかけの手を止めた。
「白金等級のメイさんの推薦なので、対人審査は不要です。いま、鉛等級の刻印待ちです」
「あ?」
男が、鼻で笑った。
「メイって貴族のコネで白金になったやつだろ? しかも、貧乏人どもが住む沿岸区の依頼ばかり。実力はどんなもんだか」
受付嬢の顔から、色が引いた。
「ちょ……まずいですって……聞かれたらただでは済みませんよ」
リリアは、酒場のほうへ目をやった。
遠く、窓際の席に、甲冑の背中がある。
フォークが休みなく動き、皿が山のようになっていた。
「お前、何びびってんだ? ここは自由都市だぜ? 貴族も平民も関係ねえ。力と金がすべてだ」
男が、親指で自分の胸を叩く。
「俺は英雄アロフィス様の傭兵隊所属だ。メイごとき怖くねえんだよ」
「やめてください!」
声が出ていた。
広間が、少し静かになった。
男が、卓に手をついて立ち上がる。
同じ卓から、三人が腰を上げた。
「あん?」
「メイさんは、あなたが言うような人じゃありません」
「……へえ」
男は、ゆっくりと近づいてきた。
背が高い。腰の剣は使い込まれていて、革の胸当てには、擦れた跡がいくつも残っている。
「新人が、口をきくじゃねえか」
男が、周りを見回して笑った。
「なあ、聞いたか。生意気だぜ、この嬢ちゃん」
「やめとけよ、白金の連れだろ」
「その白金がコネだって話をしてんだよ。女だろ? どうせ股を開いて作ったコネにちげえねえ」
拳を握りしめた。爪が、手のひらに食い込む。
男の手が、伸びてきた。
「だから、お前。俺ともコネ作ろうや」
肩に触れる前、リリアは半歩下がった。
男の指が、空を掴む。
「……ほう」
声が、低くなった。
「動けるのか」
「触らないでください」
「そりゃ無理だ」
男が笑う。
「対人審査ってのはな、触るもんなんだよ」
「審査は不要だと――」
「親切で言ってるんだぜ? 俺に勝てば銅等級から始められるんだ」
受付嬢が、声を張った。
「それは決闘です。勝ち負けで、等級が入れ替わりますけど、そこはわかってます?」
受付嬢の返しに、一瞬、黙る男。
「おいおい、新人の味方かよ。ここのギルドはどんな職員教育してんだ?」
取り巻きの一人が、カウンターの奥へ視線を送った。
奥の机で、管理職らしき男が顔を上げる。目が合うと、首を横に振った。
受付嬢が、口を閉じる。
リリアは、窓際をもう一度見た。
甲冑は、動かない。
皿から皿へ、フォークが渡っていくだけだった。
(メイさん、食べるのに夢中なんだ。……聞こえてなくて、よかった)
喉が、鳴った。
ならば。
リリアは、息を細くした。
「では、お願いします」
「あ?」
「その、対人審査? 決闘を」
男の眉が、上がった。
それから、口の端を持ち上げる。
「……くくっ、いいんかい?」
男は、腰の剣を鞘ごと外し、卓の上へ放った。
「その肌が傷つかねえよう素手でやってやる。その代わり、後で俺と遊んでくれよ?」
どっと、笑いが起きた。
男の仲間たちが机と椅子をどけ、広間の中央に輪ができた。
「ナナです」




