第19話 ナナ
「……メイさん、冒険者登録名は、ここに書けばいいですよね?」
新調された冒険者の装い、リリア。
口元だけが見えるサーリット兜、軽甲冑姿のメイ。
ギルド受付の記入台に、二人が並んでいた。
「そうよ。どんな名前で登録する?」
本名は書けない。
父に見つかる可能性を高めてしまう。
『偽名で大丈夫だから、考えておいてね』
一昨日、メイから言われていた。
「しばらく使う名前だと考えると、難しくって……。メイさん、やっぱり名付け親になってください」
一瞬、きょとんとしたメイは、ふっと微笑んだ。
「じゃあ、好きな数字を教えてくれる? そこから考えるわ」
「えっと……わたしとお母様の誕生月の『7』です」
「『7』ね。……それなら、異界読みの一つになるけど『ナナ』とかどうかしら? 短音だから戦闘時も呼びやすくていいし」
「ナナ」
声に出してみる。
(んっ? ……あ、でも、いいかも?)
「……はい。それにします」
羽根ペンを握り直す。
用紙には、姓を書く欄もあった。
――本当のことを書くなら、ソルゾラス。
父が、教会から与えられた姓。もとは平民だったところに、功績によって足されたもの。
「あの、こっちは」
「ええ、書かなくていいわ。冒険者は、元々ない人がほとんどよ。わたくしだって、姓は伏せているから」
弧を描いた唇に、指が立てられる。
「内緒よ」
リリアは、その内容よりも、口元の艶に目を奪われた。
(メイさん、お化粧もしてないのに……)
「……は、はい」
ぼうっとしかけた視線を、手元に落とす。
インクが、紙に落ちた。
登録名はナナ。姓は無し。
十三歳。
出来上がった用紙を差し出すと、受付嬢が目を通し、隣に立つメイの襟元を見上げた。
白金の徽章が、灯りを返している。
「はい、ナナさんですね。十三歳……ですか? 大人びて見えますね」
「あ、はい。最近、背が伸びて……。十三歳で間違いないです」
「あっ、疑ったわけじゃないんです。メイさんの推薦ですから、大丈夫ですよ。等級章を刻印しますので、しばらく、そのままお待ちください」
リリアがほっと一息つくと、メイが耳打ちした。
「これが結構、時間かかるのよ……。わたくし、先に食事しながら待ってるわね」
軽く手を振り背を向ける。
「わ、わたしも一緒に食べたいですっ……!」
リリアも行こうとすると、受付嬢が身を乗り出した。
「あっ、ナナさん! ご本人はこの近くにいていただかないと。まだ何も身分証をお持ちでないので……」
「す、すみません。ここで待ってます」
「うふふ、メイさんのこと、慕っていらっしゃるんですね」
「は、はい……」
甲冑の音が、遠ざかっていく。
自由都市冒険者ギルド本部。
高い天井に、声が反響していた。石造りの広間には、依頼票の掲示板と、受付の長いカウンター。その奥に、酒場が併設されている。
昼前だというのに、席は半分ほど埋まっていた。
リリアはカウンターの前で、ひとり残された。
背中に、視線を感じる。
「へぇ……こりゃ。ひさびさに上物だ」
「いいとこのお嬢さんが腕試しかぁ」
「ちょいと声かけてみろよ」
離れた卓から、声がした。
振り返らなかった。
荒事の多い冒険者に、女は少ない。男女差のなくなる魔術師ならまだしも、前に出る職ならなおさらだ。
――だから、目立つ。
「おい、そこの新人」
椅子が鳴った。
「俺が対人審査、担当してやるぜ」




