第12話 僕はみんなを幸せにする
鐘が鳴っていた。
「アロフィス様だ!」
「こっち向いてくれ!」
自由都市の英雄。
アロフィス・ソルゾラス。
市街区大通りの両側には人が溢れている。
教会へ続く石畳を、討伐帰りの一団が歩いてくる。
荷車には、街道を荒らしていた魔狼の毛皮が、山と積まれていた。
「アロフィス、あちらに向けて手を振ってさしあげて」
傍らの第二夫人が耳打ちする。
うなずいたアロフィスは笑顔で手を挙げた。
一際、大きな歓声が上がる。
「わあ! 英雄様!」
「目があったよ!」
「……あれで、奥方が四人だってさ」
「女奴隷買ってるの、見たぞ」
「しっ」
行列は、止まらずに進んでいく。
アロフィスは、歩きながら妻に囁いた。
「彼らは商人組合の人たちだったかな」
「そうよ、大事なスポンサーだもの。あなた、素通りするところだったわ」
「君がいて助かったよ」
一行は、教会の門をくぐった。
外の熱が、石の壁で断ち切られる。
「よくぞご無事で」
教会の司教マルドゥクが、両手を広げてアロフィスを迎えた。
「四人目の奥方をお迎えになったと聞き及びました。実に喜ばしい」
「後日、こちらでも披露宴をさせていただきたく。まず、献金をお持ちしました」
従者たちが、金貨の袋を祭壇布の上へ置いていく。
ひとつ。ふたつ。
三つ目が置かれたところで、第二夫人の目が、袋から司教へ移った。
「よろしいでしょう。あなたのように、多くを恵む者が多くを娶る。それが理ですからな」
「ご厚意に感謝いたします」
アロフィス一行は、頭を下げた。
高い窓から差し込む光が、祭壇布の上で止まっている。
白い法衣の袖が伸び、袋のひとつを引き寄せた。
◇
屋敷は、花で飾られていた。
「旦那様! おかえりなさいませ」
第四夫人が、裾を持ち上げて駆けてくる。まだ少女の丸みが残る頬をしていた。
「ただいま。土産があるよ。君に似合う色を選んできた」
第二夫人が、アロフィスの隣を離れ、迎えの列に並ぶ。
第一夫人フィデリアは、その列の端に控えている。
第四夫人が、きょろきょろと一同を見回した。
「ねえ、第三夫人のお姉様は?」
「……お出かけでございます」
家令が答えた。
「そう。残念だわ。みんなで旦那様をお迎えしたかったのに」
家令が、そっとアロフィスの傍らへ寄る。
「旦那様。リリアーヌお嬢様の件ですが、いまだ手がかりが」
「まだ帰らないか」
アロフィスは、杯を受け取った。
「フィデリア、心当たりはないのか」
フィデリアの指が、袖の縁を摘む。
「……ごめんなさい」
「いや、まあ、あの子にも色々あるんだろう。戻ってきたら話を聞いてやってくれ」
アロフィスは気にした風もなく、第四夫人の華奢な肩を抱き寄せると、杯を挙げた。
「さあ、皆。これから、この屋敷はもっと賑やかになる」
高らかに告げ、両腕を広げる。
「僕はみんなを幸せにする」
拍手が起きた。
フィデリアは、杯を両手で持ったままでいた。
◇
部屋に戻り、椅子に腰を下ろす。燭台の火が、一本だけ残されていた。
「もう、下がっていいわ」
「しかし、奥様。旦那様から、心配だからと。離れてはいけないと命じられております」
「……アロフィスには『リリアが心配で一人で泣きたい』と言われたと報告すれば、大丈夫よ。下がりなさい」
「……承知しました。しかし、明日は必ず……」
「ええ、いつも通りで構わないわ」
侍女が深く頭を下げて、退出した。
扉の外で、足音が遠ざかっていく。
フィデリアは、それが聞こえなくなるまで待った。
直後、カーテンがふわりと動く。
ふっと影が降りた。
立っていたのは微笑みを浮かべたココアベージュの髪の女性。
「こんばんは。リリアの様子を報告に来たわ」
フィデリアは、椅子から立ち上がっていた。
「お待ちしておりましたわ。お座りになって」




