第11話 俺は悪くない
木箱の陰から、もう二つ、三つと影が出てきた。
四人。
三人の腰には短刀。足の運びに無駄がなく、素人ではなかった。
残る一人だけが、違った。
肥えた、身なりのいい男。
手にしているのは、斧だ。
リリアには、見覚えがあった。
(あれって、船のロープ切るための斧)
短刀持ちの一人が前へ出る。
もう一人は、動かない。
残る一人が、リリアのほうを一度だけ見た。
「ガキだが……悪くないな……そっちは、上玉か」
メイは、答えなかった。
濡れた裾から、しずくが落ちている。
リリアは言われたとおり下がった。
浮き家のほうで、灯りが揺れた。
床板が軋み、人影が降りてくる。
「……なんだい、騒がしい男どもだね」
老婆だった。
肥えた男の顔を見て、面倒くさそうに息を吐いた。
「またあんたか。しばらく見ないと思ったら、しつこいねえ」
「ばばあ! お前のせいだろうが!」
男の声が、裏返った。
「俺の女を隠しやがって! あいつ出せよ!」
「知らないねえ」
「嘘つくな。ここに逃げ込んだろうが」
「あたしも、いい歳だからさ」
「ふざけるな!」
「……ああ、でも」
老婆の声が、変わった。
「思い出した。あんた、妻の顔の形が変わるほど殴ってたろくでなしだ」
「あ、あれは」
男が、一歩下がった。
「あいつが、他の男と話してたからだ!」
「あんた妾を囲って、言えたことじゃないだろ」
「うるせえ! 俺は男だ! 女と一緒にするな!」
リリアの喉が、鳴った。
目の前の男に、父の姿が重なる。
四人の妻。数えきれない愛人。従順な女奴隷たち。
『僕はみんなを幸せにする。だから、新しい妻のことも受け入れてほしい』
手のひらが、冷えていた。
「それにしても」
老婆が、男たちを顎で示した。
「しつこくウチのロープ切ってたの、あんただったんだね」
男は、答えない。
メイが、前に出た。
月明かりが、濡れた襟元を撫でる。
その下で、何かが短く光った。
「……おい」
前へ出ていた一人が、動きを止めた。
「なんだよ」
「あれ、白金だ」
「は?」
「白金等級だ。自由都市に、二人しかいねえ」
「女の方……。メイか!」
「やべえ! 聞いてねえぞ!」
三人が、後ろへ下がると、
「契約外だ、じゃあなっ!」
「待てッ!」
肥えた男が振り返った。
「金は払っただろう! おい、待てって!」
返事はなかった。
三人が走り出す。
「リリア、一人は任せるわ!」
「は、はいっ!」
メイが石礫を飛ばす。
――ヒュッ
「ぐわッ」
「ゔ!」
連続する鈍い音。
倒れ込む二人。
リリアの銛が投擲された。
(刺さらないようにしないと!)
「ぎゃあ!」
柄を先にして飛んだ銛が、男の背中に命中。打撃音と共に男が沈む。
「や、やった!」
「よくやったわ!」
小さく跳んだリリアに、メイが賞賛を送る。
「こ、殺した、のか?」
一人、残った男は腰を抜かした。
「失礼ね。そんな簡単に殺さないわよ。みんな生きてるわ」
「お、俺は、ただ……逃げた妻の顔を見にきただけだ。悪くない」
「それは牢の中で話して。衛兵が来るまで待ちなさい」
メイはロープを老婆から受け取った。
「わ、わかった。……待つ、待つけど……あんた、怖えから俺ぁ離れてるぞ」
男は、じりじりと下がる。
そして、くるりと背を向け――走り出す。
(逃げた!)
リリアが声を上げる前に、メイは間合いを詰めていた。
左足が、内側に入る。
斧を持った男の腕に、手が添えられた。そして――
男の体が、その勢いのまま、砂に叩きつけられた。
リリアは目を見開く。
(力を、使ってない……?)
斧は、すでにメイの手に握られていた。いつ奪ったのか、見えなかった。
「う……離せよ! お、俺は、悪くないんだ!」
砂に顔を埋めたまま、男が喚く。
メイが口を開いた。
「浮き家の係留索を切ったでしょ? 奥様を殴るのも駄目だし、それに――」
手元のロープを確かめる。
「わたくし、早くイカ食べたかったのに! こういうの、ほんと、やめてよね!」
慣れた手つきで男たちを縛り上げていく。
「リリアは衛兵に顔を見られると厄介だろ。あたしと先に家に戻って、夜食の下拵えだ」
老婆に肩を押され、頷いた。
「……はい。あの……」
「どうしたい、ぼーっとして?」
「……メイさん、女の人で、こんなに強いなんて……。夢? じゃないですよね?」
リリアの言葉に、老婆は吹き出した。
「あっはっは! この子はこんなもんじゃないよ」
(こんなものじゃないって……もしかして、お父様より――)
「ほれ、籠はあたしが持つよ。リリアは銛を……。おっ、イカもあるねえ! なるほど、メイが八つ当たりするわけだ」
後ろから男の呻き声が聞こえた。
「うぐっ……キツすぎる……苦しい」
「大丈夫よ! これくらいで死にはしないわ」
振り向くと、男四人を柱にくくりつけるメイの姿が見えた。




