夢を飾る
【キャラクター紹介その3】
名前: 緑山 桃子 性別: 女
年齢: 23 身長: 155
髪質: 黒髪、ストレート
苦手な食べ物: 梅干し、ゆで卵(完熟)
母親H談『中身はあの人そっくりなのよねぇ』
「…………こ……桃子ぉ!」
光も音もない闇の中。意識の外側から呼び起こされ、徐々に視界が解像度を上げていく。それに反して、いつまでも消えない浮遊感と思いどおりに動かない身体に、緑山桃子は眠りながらにして自分が未だに夢の中にいることを悟った。
「お…………何やっ…………透!」
「動か…………救急………から……!」
強い風雨がノイズになって声が鼓膜に届かない。どうやら桃子はこの悪天候の中、屋外に寝かされているようだ。『これが夢じゃなかったら背中は雨水でさぞかし不快だろうな』などと、桃子は返って冷静に映像を俯瞰する。
「ごめ…………もこぉ…………」
だんだんと鮮明になる視界。大きめのビニール傘を掲げながら、男の子がさっきからしきりに桃子に声をかけている。表情から察するに謝っているようだが、なぜかその姿に桃子は呵責や憎悪といった負の感情は一切覚えなかった。
「もう…………来る…………まま…………」
目の前のビニール傘越しに、巨大な照明器具が煌々と点灯しているのが分かり、桃子は今さら時間帯が夜だと理解する。
―――あぁ、分かった。ここは、あの時の。
桃子が想起するうちに、雨風の音に混じって救急車の音が大きくなっていくのを感じる。音源はどんどん桃子へと近づいてくる。100m、50m、そして桃子の耳のすぐ傍まで……。
「……はっ!」
ベッドから跳ね起きていた。自宅2階。自分の部屋。10秒ほど固まったかと思うと、桃子は反射的におろおろ辺りを見回す。カーテンを勢いよく開き、家のすぐ側に救急車が止まっているのを確認して、桃子は途端に焦る。
「私の!?」
桃子は寝台から飛び降り、転げるように階段を降りていった。
桃子の慌ただしい一日が今日も始まる。
「あぁ、向かいの柏木さんのお父様が急に倒れられたそうよ。どうも春先になると多いわねぇ」
「……あ、そうなんだ」
慌ててダイニングに向かった桃子は、カウンターの奥で洗い物を片付けている母に迎えられ平常心を取り戻す。食器と食器が当たる高い音を聞いてるうちに、心なしか眠気が覚めてきた。
そのまま、なし崩し的に食卓につき、桃子は焼きたてのトーストにかじりつく。
「日頃ニュースで高齢化社会って聞くけど、いざ身の回りでこういうことが増えると、さすがに実感湧くわよねぇ。私ももう45だし。はぁ」
なおも食器の接触音は絶えず鳴り続ける。洗い物は後半に入ったのか、カトラリーの軽い金属音が目立ち始めた。一方、桃子は目玉焼きの黄身を割りにかかる。
「お母さんは大丈夫だよ。年齢も立場も関係無しにもっと拗らせてる大人もいるじゃん」
不意に桃子は昨日の課長の顰め面を思い出し、それを出しに母にフォローを入れる。
言外に身近な誰かの存在を臭わせるのは桃子の癖である。だいたい悪い例としてしか臭わせないため悪癖とも言える。つまるところ性格があまり良くない。
「あらぁ、ありがとう。娘にそう言ってもらえるだけで未来がパッと明るくなる気がするわ。そうね、まだなんでもやろうと思えばできるわよね」
お世辞を聞いて声のトーンを上げる母に、桃子はつい口角が上がってしまう。
桃子は母が好きだ。桃子と違って素直なあたりが、桃子が話していて面白いと感じる理由だろうか。ついつい桃子も口数が多くなる。
「ねぇねぇ、お母さんはやりたいけどできないことに直面したとき、いつもどうしてる?」
桃子は食後のコーヒーを啜りながら、未だキッチンで自分に背中を向ける母にそれとなしに質問する。
「なぁに突然。桃子もそんなこと考えるような歳になった?」
「最近考えるきっかけがあっただけだよ」
母に成長を褒められたような気分になり、桃子は少し照れ臭くなるが、なんとか取り繕う。
「やりたいけどできないこと……。うーん、そうねぇ」
洗い物をすっかり済ませた母はシンク手前のタオルで手の水気を拭き取り、ダイニングへやってきて桃子の隣の席に座る。昔から桃子の母は、大切な話ほどこうやって腰を落ちつけて桃子に向き合って話すようにしていた。
「桃子は妹とか弟、欲しかった?」
「え? 兄弟?」
予期せぬ方向からの問いかけに、桃子は思わず目を見開く。『欲しかった?』という過去形に寂寥感が過ぎり、一瞬脳がスタックしかけたが、すぐに桃子は自分なりの答えを言葉にする。
「想像もつかないし、昔も今も欲しいと思ったことないよ。仮に私一人が欲しがっても、しょうがないというか……」
言葉にしようとしたが、紡いでいる途中で母の気持ちを汲むのも大事と気づき、うまく言い回せず結果的に桃子の発言は不時着する。それを聞いた桃子の母も、安心したような気落ちしたような、まるで不時着が済んだ後の搭乗客のような表情をしていた。
「そうね。桃子の気持ちもだけど、私がどうだったかによるわよね」
母親は一つ息を吐き、そのまま言葉を継ぐ。
「私ね、『子どもは3人いたらいいなぁ』ってずっと思ってたのよ。でもね、経済的にどうしても厳しくて、パパともたくさん話し合って、自分でもたくさん考えたけど、結局、私たちの力では桃子ひとりを一人前にするので精一杯だったわ」
「あぁ、そういうこと……」
ここまで聞いて、ようやく桃子は母が言わんとしていることを理解する。目を背けず真剣に話を聞き続ける桃子に、母は続ける。
「でもね、今でも大家族には憧れるのよ。他所のご家庭を羨ましい……とまでは言わないけど、少し『いいなぁ』って思ったり、ホームドラマを見て、笑ったり泣いたりしてね」
桃子は黙って真顔で話を聞いていた。というのも、桃子自身は母親の経験が無いため、母の気持ちを汲み取ることができない。そのため、この場は軽はずみに同情したり、茶化したりするべきじゃないと思ったのだ。
「だから、さっきの桃子の質問……やりたいけどできないことに直面したときどうするか、だったかしら。私だったら夢を見るかしらね」
「……夢」
『夢』という言葉に引っ張られ、今朝、夢の中で見ていた光景がフラッシュバックする。
「そう。きっと人はやりたいことに夢を描いたら、現実っていう額縁に閉じ込めて一度は心の中に飾っておくのよ。その後に実現するかどうかは……自分次第じゃないかしら」
そう言って、桃子の母はテーブルに肘をつき、どこか遠くを見るような目でため息をついた。今だけは、やけに広めに設計されたダイニングが殺風景に見える。なんとなく桃子は座り心地の悪さを覚えた。
「……そうだ、そういえば」
昨日、残業中にメッセージを飛ばしていたことを思い出し、桃子はアプリを開いて返信が来ていないか確認する。早朝の救急車騒ぎと母の力説のせいですっかり頭から抜けていた。
『ごめん、明日の昼、ナルミーで』
「やっぱり…………ぷふっ」
思わず桃子は吹き出してしまった。直前まで真剣な話を真面目な顔で聞いていたのに、桃子の悪いところが出ている。
「なぁに? 桃子。あ、もしかして透くん?」
「え、いや、そうだけどなんで分かったの?」
母からの指摘に桃子は狼狽える。ついさっきニヤついてしまったときは目の前に母がいなかったため、今回は油断していた。
「だって昔から桃子、友達少ないじゃない。誰かと連絡取って笑うなんて、思いつくの透くんくらいよ?」
「母さん、素直なのはいいけど無邪気に娘の心を抉るのやめてくれない?」
こういう嫌味なくらいに嫌味が無いところが、父がついていけなくなった原因じゃないかと桃子は娘なりに勘ぐる。
そうこうしているうちに出社時間が迫ってきたため、桃子は手短に食器を下げ、身なりを整えに洗面所へ向かった。
「夢を心の中に飾る、ね……」
洗面台を前に髪を梳かす桃子は、先ほどの母の言葉を思い返していた。桃子の黒いまっすぐな髪が、櫛を通った先から毛先を下に落としていく。
何事も理屈から考えがちな桃子からすると、なかなか浮かばない発想だ。前向きで、ロマンチックで、見習いたいと思う反面、どこか虚しく、馬鹿げていて、不必要にも思う。
「私がおかしいのかな……? いや、でも所詮夢なんて」
確かに昔は桃子も幼心に夢を見ることはあった。それがあるとき、夢は叶わないものだと思うようになってからは、まるっきり夢を見なくなっていた。桃子からすると、叶わない夢など飾る意味も、描く意味もないのだ。
「……なんて、こんなこと考えてる時点で私は半人前だよ……お母さん」
桃子は胸まで伸びた髪をたくし上げポニーテールにして髪を後ろでまとめる。
ーーー鬱陶しい。そろそろ切らねばな。
洗面所の去り際、自らの頭髪に死刑宣告をする桃子の目には、やはり現実以外の色は映っていないのだった。
【キャラクター紹介その4】
名前: 緑山 華代 性別: 女
年齢: 45 身長: 160
髪質: 茶髪、ウェーブパーマ(弱め)
苦手な食べ物: キュウリ、レバ刺し
娘M談『何がどうなればあのお父さんと付き合うことになるのか……』




