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私には無理だった

【キャラクター紹介その1】

名前: 緑山 桃子  性別: 女

年齢: 23  身長: 155

髪型: ミディアム(いつも伸ばしきれない)

性格: 根暗、執念深い、諦観的

好きな食べ物: コーヒー、白身魚

友人T談『アイツに睨まれたら終わりだぜ……』

「おい!緑山ぁ!!」

「ひゃいっ!」

 時刻は就業間近、午後5時50分。パソコンの打鍵音だけが響く事務所内に中年男性の怒号が響き渡り、事務作業に勤しんでいた緑山(みどりやま)桃子(ももこ)は思わず返事にもならない声を上げ、立ち上がった。

「な、何でしょうか、課長」

 課長と呼んだ男の顔色を伺いながら、桃子はおそるおそる彼の座るデスクに近寄っていく。液晶ばかり見ていたからだろうか。近づくに連れて課長の顔が鮮明になり、それが返って桃子の精神を圧迫する。

「1軒分、お前の担当の地域から今月の見積書(みつもりしょ)の返事が届いてない」

「え……」

 課長は住宅地図を広げ、ピンク色のマーカーで囲まれた地域の、レの字の入った四角形を指で叩く。桃子は視点の定まらない目で上長に視線を合わせ、背中には冷たい水滴が伝わるのを感じる。

「ここも回るように、先月お前に頼んだよなぁ?」

「えっと、その」

「俺が確実に頼んだなら、お前が回り忘れたか、向こうが遅れてるかのどっちかだなぁ?」

「わ、私は」

「で、向こうから提出が遅れる連絡は来ていないと」

「でも私ここの名前!」

 課長の追い詰めるような言い回しに、桃子は弾かれたように声を上げる。

「つべこべ言わず行ってこい!!」

「は、はい……」

 桃子の主張も通してもらえず、課長は地図を部下に押しつけ、受け取った桃子はとぼとぼ自分の席に戻っていった。小柄な桃子の身体がさらに縮んだようだった。そのまま桃子は外出の準備を始める。

「今日も残業か……」

 桃子が去った後の事務所では若干名のため息と、相変わらずパソコンの打鍵音が響くのみだった。


 ―――目が死んでるな。

 取引先に出向くため、自家用車に乗りルームミラーの角度を調整したとき、真っ先に感じたことがそれだった。そのまま機械的にシートベルトをし、エンジンをかけ、地図を広げながらナビを操作する。

「えっと、鳴美谷(なるみや)市民交流センター……」

 やっぱり聞いたことがない施設だ。新しい施設だろうか。ナビにも登録されていない。仕方がないのでナビをすぐ近くのスーパーマーケットに設定した。

 毎月、来月の見積書の返事を提出してもらうにあたって、課長から巡回する施設を名前で共有される。桃子が先月の打ち合わせのメモをスマホで呼び起こすが、『鳴美谷市民交流センター』の文字はその中になかった。思わず桃子はため息を吐く。たびたびこういうことが起きるため、桃子としてはリストを紙に出して共有をしてほしいのだが。

「そうしないのが、課長のずるいところだよね」

 車内で一人不満をごちる桃子。だが、本当は桃子も分かっているのだ。

「それを課長に言えないのも、私の弱いところだよね……」

 何度目かの信号待ちの交差点。車が止まるたびにハンドルに突っ伏す。もはや車内は桃子のため息で充満していた。


 緑山桃子、23歳。設備管理会社の営業5年目。

 高校卒業と同時に、地域施設の設備を管理する会社に入社した。役所の下請けというだけあり、暦どおりの休日、福利厚生の完備、生活に充分な給料。誰に言っても恥ずかしくないこの仕事に、明るい未来を描いたこともあった。それなのに。

「私、なんでこんな顔してるんだろ」

 入社3年目くらいまではよかった。入社当時、周りと積極的に会話ができなかった桃子は、『社会経験もないだろうから』『知らないことだらけだろうから』と、同僚や先輩、上司にたくさん優しくしてもらった。

 だが、入社して3年も過ぎ、その口数の少なさが経験不足や緊張感からではなく、桃子の地の性質からくるものだと周囲が気づいたときから、一部の鋭い社員の桃子への対応は変わっていった。

 人見知りよりも人見知り。自己評価はさておき、一部の社員はそんな評価で桃子の性質に落とし所をつけていったのであった。


 いろいろ思い耽っている間に、桃子の車は『鳴美谷市民交流センター』に到着した。

「やっぱり見たことも聞いたことも来たこともない施設だ」

 桃子はこの場にいない課長を責めるように呟き、車のドアを強めに閉める。

 施設の外見は、とても新しい。一軒家にしては少し大きいくらいの2階建ての本館に、多目的ホールと思しき建物が併設してある。このくらいの広さがあれば何でもできそうと思えるくらいには広い。玄関前の一本桜が控えめに春を主張していて小気味いい。

 時刻は午後7時過ぎ。思ったより時間がかかってしまったためすぐに受付へ向かう。


「お世話になっております。ナルミの緑山です」

「ナルミさん?あぁ、お返事ね、ごめんごめん忘れてたよ!」

 受付の窓口に座る初老の男性は、急に思い出したように立ち上がり、少し離れたキャビネットに書類を取りに行く。窓から覗く事務所は何もかもピカピカだ。桃子も新しい椅子が欲しいが課長がドケチだからたぶん聞いてもらえない。

「お待たせしたね。はい、これが書類。よろしくね」

「ありがとうございます。こちらこそ気付くのが遅くなってすみません」

「とんでもない。こっちこそ連絡もできなくて申し訳ない」

 桃子は課長の分まで頭を下げる。誰かと比較する訳ではないが、男性が紳士な方で桃子は心底安心する。

「それにしても、随分新しい施設ですね」

「あぁ、先月の中くらいにオープンしたんだよ。ここしばらくバタバタでね。役所からお知らせいってないかな?」

「そういえば、私は聞いていないですね」

 役所ともなれば、外部への情報発信がここまで遅れるとは考えづらい。

 ―――なるほど、課長がすべて悪かったわけではないのかもしれない。

 桃子の会社『株式会社ナルミ』が管理する地域では、見積書の返事こそ各施設から営業が直接回収しているが、そもそも見積書は役所から作成の依頼が来て、作成後は一度役所に提出をする。それを元に、各施設が返事を(したた)めているはずだ。

 今、見積書の返事の準備ができているということは、役所からナルミにここのオープンの情報は確実に来ており、役所に見積書も出している。それも、この男性の謙虚な態度から察するに見積書の提出に遅延はなかったと思っていいだろう。ここまで返事が遅れたこと、それに対して連絡がなかったことについてはオープン準備で忙しかったからで辻褄が合う。

 そして何より、今の今まで桃子がここの存在を知らなかったということは―――。


「重ね重ねですが、本当に申し訳ありません」

「……どうしたんだい、そんな丁重に。なんだか顔色もよくないよ」

「いえ、こちらの事情です。顔色は元からです。ではこれで」

 明日の昼はあいつの奢りだな。桃子がそう思いながら受付を去ろうとした瞬間。


 ―――バンッ! ―――バンッ!


「?」

 何かが破裂するような音に桃子は辺りを見回す。

「何かやってるんですか?」

「あぁ、多目的ホールだよ。ミニテニスとかいったかな。私もよく分からん」

「テニス……室内でですか?」

 室内でやるのも不思議だし、まるでテニスの打球音じゃない。桃子は首を傾げる。

「うーん。テニスコートなんて無いって言ったんだけどね。バドミントンができるなら大丈夫とか言っていたから、許可はしたけど」

「バドミントン?」

 何が関係あるのかと、桃子の首はさらに傾いでいく。

「なんでも、都市圏から引っ越してきたらしくて練習場所を探してるんだと。新しい施設がいいとかで」

「へぇ、向こうでは流行ってるんですかね」

 始終、他人事のような会話を交わしつつ、桃子は改めて会釈をしてその場を切り上げた。


 車に戻り、桃子は一息つく。ドリンクホルダーに買い置きしていた缶コーヒーを開けて口をつける。

 不思議と、ここまで日々残業を重ねていると、急いで戻らないといけないという焦燥感も薄れる。とはいえあまりゆっくりもしていられないので、程なく桃子はシートベルトを締めようと背後に手を伸ばす。

「あ、その前に」

 桃子はスマホを取り出し、アプリを起動。忘れないうちにメッセージを送信した。

『グラちゃん、新しい施設の件』

 スマホを助手席に放り投げ、今度こそシートベルトを締めてエンジンをかける。ヘッドライトが施設前の暗闇を照らす。それとなく車の前を散る桜の花びらをぼんやり目で追ってしまう。

「テニス……か……」

 助手席。桃子のスマホに映るトーク画面。相手のアイコンにはテニスラケットの写真が映っていた。

「私には無理だったな」

 桃子はアクセルを踏み、車は春を掻き分けるようにして暗がりの町へと消えていった。

 

【キャラクター紹介その2】

名前: 杉焼 健三  性別: 男

年齢: 48  身長: 165

髪型: ツーブロック(短め)

性格: 高圧的、自己中心

好きな食べ物: カツ丼、冷奴

部下M談『自分の椅子だけ新調するのやめてください』

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