第十六話『影が語る海の意思』
静けさは、必ずしも平和を意味しない。
本当に恐ろしいものは、
音もなく、気配もなく、忍び寄る。
そして気づいたときには――
すでに、その中にいる。
時間が止まった街。
風も、音も、すべてが消えていた。
尾道の坂道に立つ人々は、そのまま動かない。
まるで人形のように。
レオンはゆっくりと剣に手をかけた。
「来る……」
その瞬間。
影が動いた。
人々の足元から、黒いものが滲み出す。
それは地面を這い、形を持つ。
ゆらゆらと揺れる影。
やがて――“顔”が生まれる。
目も口もない、歪んだ存在。
だが、声だけが響く。
『去れ』
低く、重い声。
複数の影が同時に震える。
『選ばれし者よ』
空気が凍る。
レニの炎が揺れる。
「……なんだこいつら」
影たちが一斉にこちらを向く。
『ここは貴様の来る場所ではない』
『この地は……我らのもの』
声が重なり、空間が歪む。
レオンは一歩前へ出る。
「誰の意思だ」
沈黙。
そして――
『海の底に眠る者』
その言葉と同時に。
影が爆発した。
無数の影が飛び出す。
「来るぞ!」
ナンドが前に出る。
拳に雷が走る。
「はぁッ!!」
一撃。
影が弾ける。
だが――消えない。
再び形を成す。
「チッ……厄介だな!」
レニが突っ込む。
黒炎が広がる。
「焼き尽くす!!」
炎が影を飲み込む。
だが。
影は炎の中から這い出る。
まるで“存在そのもの”が消えない。
ララが叫ぶ。
「実体じゃない!気をつけて!」
影が一斉に襲いかかる。
レオンは剣を振る。
風が走る。
影を裂く。
だが、それでも消えない。
「……核があるはずだ」
ジラが目を閉じる。
周囲の気配を読む。
「この影……同じ場所から繋がってる」
彼女の目が開く。
「海……」
その瞬間。
一つの影が背後から襲う。
レオンが反応する。
だが――間に合わない。
「――ッ!」
その影を。
ジラが掴んだ。
手が、影に沈む。
普通なら触れられない存在。
だが――
「捕まえた」
影が暴れる。
空間が歪む。
ジラの瞳が光る。
「見せなさい」
その瞬間――
景色が変わる。
深海。
光の届かない場所。
巨大な“何か”が、そこにいた。
圧倒的な存在。
古い。
あまりにも古い。
それはゆっくりと目を開く。
ジラを“見る”。
『……干渉するな』
声が、直接脳に響く。
体が震える。
『小さき影よ』
圧力が増す。
『我の領域に触れるな』
ジラの呼吸が止まりそうになる。
『次に触れれば――』
静かに告げる。
『殺す』
――視界が戻る。
ジラが膝をつく。
「……っ……!」
影が消えていく。
すべてが、霧のように消滅する。
そして――
風が戻る。
音が戻る。
人々が動き出す。
何事もなかったかのように。
笑い声。
足音。
日常。
ナンドが周囲を見る。
「……は?」
レニが舌打ちする。
「何もなかったみたいな顔してやがる」
ララが小さく言う。
「私たちだけ……覚えてる」
レオンはジラに近づく。
「見たのか」
ジラはゆっくり頷く。
まだ震えている。
「海の底にいる……とてつもない存在」
沈黙。
彼女は呟く。
「……あれは、災厄そのもの」
レオンの目が鋭くなる。
「ポセイドン……」
風が吹く。
穏やかな街。
だが――
その奥には、確実に“何か”が潜んでいる。
第十六話を読んでいただき、ありがとうございます。
今回は尾道の静かな街を舞台に、
「日常の裏に潜む異常」と「見えない敵」を描きました。
影という存在を通して、敵の正体が徐々に明らかになり、
物語は海の奥へと繋がっていきます。
そしてジラが触れてしまった“存在”。
それは、この物語の核心へと近づく鍵になります。
次回は、この異変のさらなる拡大と、
より深い戦いへと進んでいきます。




