お宅の娘さんをスパッゲティにさせてくださいーエピソード0ー
冨田絵梨は20歳の時に莉夏を身籠った。
相手にそのことを伝えたが、好きにしろよ、俺には関係ないからとあしらわれた。
母親に莉夏を預け、昼のパートと夜職をはじめることにした。
右も左もわからず、とにかく若かった彼女は、
娘の将来のためにも手元に金を置いておかなくてはと、
焦燥感に駆られながら粉骨砕身で働いた。
疲労はつのるばかりだったが、娘の寝顔をみるとまた頑張れた。
莉夏が2歳になった時に、客の1人、生田と結婚した。
生田は自営業を営んでおり、羽振りは良かったが、遊び方も派手だった。
当時の彼女はかなり限界に近い状態にあった。
キャバクラで酔った客の相手をした翌朝、
わずかな睡眠時間を削ってまで、莉夏の大のお気に入りのお弁当箱に、
その日作った料理を詰め込み、娘が通学班の一員に加わるまで毎朝ちゃんと見送っていた。
そのような生活を繰り返している内に、工場での仕分け作業中に気を失ってしまった。
莉夏も中学生となり、手がかからなくなっていたし、
医師からの薦めもあったので、彼女は自身の生活を見直すことにした。
そんな矢先に、先述した生田が現れた。
莉夏を身籠った経緯もあり、付き合う人間は慎重に選んでいたが、
それでも、疲労困憊の彼女には選択肢はなかった。
絵梨自身は意識していなくとも、彼女を織りなす身体の各器官が、
生き残るために彼女の生き方に対して抗議の声を荒げていた。
生田は何故結婚をしたのかと疑問に思うほど、全く家庭を顧みなかった。
莉夏に対しても、最初は興味を示しこそ、徐々に絵梨共々、関心が薄れていったようだった。
ある日の朝、もう俺でてくわ。この家もやるし、好きにしいやと三行半を突き付けられた。
生田が駆け落ちした後に、共通の知人から聞いたが、
結婚には興味があったけど、やっぱ性に合わんわと周囲に口にしていたそうだ。
離婚した直後、絵梨は自分のことがわからなくなっていた。
あらゆる人に振り回されて、絵梨は絵梨としての人生を歩んでこれていなかった。
離婚を機に、あえて眼を背けていた、そういた事実と向き合ったことで、
彼女のキャパシティは限界を迎え、決壊してしまった。
日々を無気力に苛まれ、絵梨は莉夏を含めたあらゆることが億劫になってしまった。
何もする気が湧かないかと思えば、些細なことが気になり、突如激昂することが何度もあった。
莉夏は高校生になっていた。下校後のバイトから帰ってくると、
いつも黙々と家事をこなしていた。
そんな様を見ていると、絵梨はわけもなく、突如怒りがこみ上げ、
莉夏に強く当たってしまうことが何度もあった。
莉夏はというと、反論することもなくただ俯くだけだったので、
絵梨は余計に腹が立ち、時には手をあげてしまうこともあった。
ある日のこと、莉夏が学校に行っている最中に、
絵梨はまだ微かに残っている生田の痕跡を抹消しようと、家の中を整理していた。
今までなぜ残していたんだろう。
生田が使っていた食器からなにまでを、ゴミ袋に詰め込んでいった。
仏間の襖を開け、その中に押し込まれている段ボールを開けては、
生田の私物はないかとまさぐっていた。
その際に、アニメのキャラクターの装飾が施された
ピンク色の小さな弁当箱が出てきた。あの時、莉夏が使っていたものだ。
あの頃の日々が一瞬にしてすべて過り、涙があふれた。
もう何年もみていない、娘の無邪気な笑顔が、記憶の奥底から立ち上がってきた。
私はなにをやっていたのだろう。
自分が許されるとは思ってない。だけど、もう一度、母娘としての関係を取り戻せるなら……
絵梨はそう再起を誓うと、何年かぶりに近所のスーパーへと出向いた。
そこで、彼女が得意で、娘が毎回おいしいといってくれたオムライスの材料を買い込んだ。
莉夏の帰りに合わせ、久々に作った料理を食卓へと並べたが、娘は一向に帰ってこなかった。
22時を回り、すっかりオムライスが冷めた頃、警察から連絡があった。
病院に向かうと、娘は娘でなくなっていた。




