24-3 二人の妹③
その後、途方に暮れた二人は公園のベンチに腰を掛けていた。何も買わずに店を出るのは申し訳ないと、クレハが買ってくれたバナナを食べている。
「うん、美味い。良く熟している」
「……」
久しぶりの味に神太郎は満悦。片や、クレハは落胆の溜め息。それでも彼女に諦めはない。
「やっぱりお洋服がいいのかしら。それともアクセサリー?」
「う~ん」
「そうだ、猫とかは? お義姉さま、前に動物が好きって仰っていたから」
「う~~~ん」
「なら、犬は?」
「う~~~~~~ん」
「何を贈ればお義姉さまの気持ちはこちらに向いてくれるの?」
……。
すると、今度は神太郎の方が問う。神妙な面持ちで。
「クレハはさ、何で姉ちゃんを好きになったんだ?」
「え? それは……素敵な方だから」
「どう素敵?」
「凛々しくて、芯のある方です。自分の生き様を曲げず、どんな逆境にも負けません。弱きを助け、強きを挫く。そういう素晴らしい方なんです」
「だから惚れたと?」
「……」
クレハは即答しなかった。いや、出来なかった。
……。
「ん?」
すると、神太郎は公園の隅にいるある二人組に気づいた。
子供だ。男女の子供。歳は六歳と四歳ぐらいか。恐らく兄妹だろう。その内の妹の方が泣いており、兄がそれを慰めているようだった。
子供が泣くことは珍しくない。ただ、状況が芳しくなかった。
「あの子ら……。身なりから察するに平民だな。しかも、かなり貧しそうだ」
ここは金持ち御用達のビーザック通り近くの公園。庶民向けの居住区内ならともかく、こんなところにボロ服を来た子供がいるのは普通ではなかった。
だから、神太郎はつい声を掛けに行ってしまう。
「どうした? 迷子か?」
その登場に子供らも最初は警戒。ただ、神太郎が持ち前の邪気のない笑顔を見せると、それもすぐに解けた。
「ほら、バナナをやるよ。美味いぞ」
そしてベンチに座らせると、子供たちも落ち着きを取り戻す。特に泣いていた妹は初めて味わう美味を前に潤んでいた瞳を輝かせていた。
兄の方も身の上を話してくれる。
「そうか、家族でキダイに移り住んできたのか」
「うん、ウチの村、旱魃が酷くて……。このままじゃ生けていけないからって、この間この街に移ってきたんだ。……でも、ここでの生活に慣れなくて、妹が友達がいる村に戻りたいって家を飛び出したんだ」
そして、その妹を兄が追ってここで慰めているということらしい。
歳の割りにしっかりとした受け答えの兄である。それ故に、神太郎も不憫に思ってしまった。
「そっかー。大変だよな。父ちゃんと母ちゃんは?」
「父ちゃんはアパートを作る大工をしていて、母ちゃんは貴族のお屋敷で家事をしている。二人とも昼間はいないから、僕が妹を見ておかないといけないんだ」
立派である。本当に立派である。自分たち三好兄弟も仲が良いので、神太郎は大変感心してしまった。
「新しい生活って大変だよな。けど、父ちゃん母ちゃんの仕事が安定すれば生活も良くなるさ。それまでの辛抱だ。残っているバナナ、全部持っていけ」
「ありがとう。父ちゃんと母ちゃんにも食べさせてあげるよ」
神太郎から残りのバナナを受け取った兄は丁寧に礼を言った。妹もペコリと頭を下げる。
「馬車には気を付けろよ。轢かれたら大怪我じゃ済まないからな」
そして、二人は神太郎に見送られながら去っていく……、
「待って」
いや、呼び止められた。クレハである。これまで距離を置いて静かに兄妹を見ていた彼女だったが、ここにおいて堪らず声を掛けてしまった。その眼差しはどこか感傷に浸っているかのよう。
彼女は妹に寄ると、そっとハンカチを取り出しその目元を拭いてあげた。
「ほら、涙の跡を拭って。泣いていたって知られたらご両親も心配するでしょう」
次いで、妹の頭を優しく撫でた。
「良いお兄さんね。大切にしてね」
「うん。ありがとう、お姉ちゃん」
改めて去っていく兄妹。それを見送るクレハの顔は慈愛に満ちていた。神太郎もあのクレハがそんな顔が出来るのかと驚いている。
「意外だったな。下々の子供に気を遣うなんて」
「私も小さい頃はあんな風な泣き虫だった」
彼女は明かす。手を繋いで帰る兄妹を見守りながら。
「私のお兄様は気の弱い人でね。身体を使うことや争いごとが苦手だった。そんなだからお父様からは家の後継ぎに相応しくないとよく叱られていて……。けど、とても優しい人なんです。あれは私たちがあの兄妹と同じ年頃のときのことです。家族で別荘に行ったのですが、遊びに夢中になってしまった私は一人森の中に迷い込んでしまいました。陽が落ち始め、辺りはどんどん暗くなっていく。私も心細さのあまり啜り泣きをしてしまいました。すると、そこにお兄様が捜しに来てくれたんです。お兄様は私の頭を優しく撫でてくれると、手を握って別荘へと連れて行ってくれました。……ただ、手を握った時、気づいたんです。お兄様もまた恐怖で震えていることに。自分を犠牲にしてまで人を助ける。それほど優しい人なんです」
クレハは兄を愛している。
「そんなお兄様だから幸せになって欲しかった。妻になる人は凛々しくてお兄様を引っ張ってくれる人がいいなと思っていたんです。千満お義姉さまは正に望んでいた通りの人……。彼女だけが兄を幸せに出来る。そう思っています」
そして、そんな兄を支える義姉も愛している。
「けれど、私自身も生来は弱虫です。だから、私もまたお義姉さまに執着してしまいました。お義姉さまは兄の支えであるのと同時に、私の支えでもあるのです」
それが彼女の心の内だった。
「このままではお義姉さまの関心はシャノンに向けられるばかり……。そんなの耐えられない」
やっと聞けたクレハの本心。
間違ったものではないだろう。
ただ、手段が良くない。
ゆっくりベンチに腰を掛ける神太郎。彼は俯いているクレハを一瞥するとある話をする。
それはシャノンのことだった。
「シャノンは純真な子でな。困っている人を見かけたら助けることを厭わず、悲劇を前にすると必ず涙する。心が美しい子なんだ。この国に来たのも故郷のため。……ただ、箱入り娘が突然異国に来てしまったのだから、明るく振舞っていても内心は心細いはずなんだよ。姉ちゃんはそれに気づいているから優しく接しているんだ。君の兄さんが君にしてあげたようにね」
「っ……」
「これが俺が出来る唯一の助言だ」
そして、神太郎もまた立ち上がると去っていった。
一人佇むクレハ。
自分が何をすべきか、それは他人に言われるのではなく彼女自身が決めなければならない。
その答えは彼女だけが知っているのだから。
けれど分からない。気づけない。
いくら考えても答えが出てこなかった。
何をすれば良い?
何をあげればいい?
悩んでも悩んでも堂々巡りをするばかり……。
義姉のことを想い、義姉の気持ちを考え、そして自身と義姉を重ね合わせる。
もし、義姉が自分と同じ立場ならどうする?
義姉なら……。
……。
……。
……。
決まっている。
決心したクレハが顔を上げると、視線の先にはその想いに応えるかのように花屋があった。




