24-1 二人の妹①
三好家長女千満の嫁ぎ先、アルサンシェ公爵家は今日も笑い声に包まれていた。
庭の花壇の前にて談笑するのは千満とシャノン。二人は開花を始めた花々を観覧していた。
「大分、花が開いてきましたね、この白百合」
「ヤマユリという品種よ。この白さが涼しさを感じさせてくれるから、これからの夏にはピッタリだと思うの」
「そうですね。あとこの時期の白といえばアベリアやゼフィランサスとかもありますよね」
「そうそう、よく知ってるわね」
「実家で植えていたんです。それと青も涼しそうでいいですよね。アサガオとかリンドウとか……」
「詳しいじゃない。好きなの?」
「はい、幼い頃から。神太郎さんの家に移ったらそこでも花を育てたいなって思っていて……」
「なら、移る時いくらか分けてあげようか?」
「本当ですか? ありがとうございます」
「いいのよ、だって私の義妹なんだし」
笑みが笑みを呼び、笑顔の花が咲き乱れる。出会ったばかりだというのに、二人は本当の姉妹のように仲睦まじかった。
ただ、その花園を屋敷の陰から見つめる者が一人。
もう一人の義妹、クレハ・アルサンシェはその光景をそれはそれは恨めしそうに見つめていたのであった。
北門は今日も大賑わいの大忙し。人や馬車が何十もの列を成して出入国をしており、門番たちはてんやわんやでそれを捌いている。息つく間もない忙しさだ。
そして唯一息をつけるのが休憩時間である。詰所に戻ってきた神太郎は、草臥れた身体を椅子に座らせた。
「はぁ~。やっと昼飯だ。何食うかな~。蕎麦が食いたい気分だが、こっちには蕎麦屋はないっぽいんだよなー」
天井を見上げながらメニューを思案する。すると同僚のマルサンがやってきた。
「おい、神太郎。なんか美人さんがお呼びだぞ」
「誰?」
「さぁ? 貴族っぽい若いご婦人だ」
そう言われて外に出てみれば、待っていたのはクレハ。意外な客人に目を見張っている神太郎に、マルサンが耳打ちをする。
「美人さんじゃないか。北衛長がいるっていうのに浮気か?」
「なに、姉の妹だ」
「姉の妹……?」
ともあれ、折角来てもらった上にタイミングも良かったので歓迎する。取り合えず場所を相応しいところへ移すことにした。
北門に程近い料亭。店内は満席に近く、美味しそうな匂いが辺りを包み、雑談や注文の声が四方八方に飛び交っている。料亭と謳っているが実際は大衆食堂だ。
正に、空腹の神太郎にとって相応しい場所だろう。ただ、公爵令嬢にはそうでもなかったが。
卓に着くと、ハンカチを鼻に当てながら辺りを見回すクレハ。初めて入店した庶民向けの雑多な雰囲気に、整然をモットーとする彼女は眉をひそめてしまった。
「何でこんなところに?」
「飯時だったからさ」
「だからって、こんな下々の者が通うような店なんかに……」
「俺、下々の者だからさ」
明らかに不満なようだったが、神太郎はどこ吹く風。壁に掛けてあるメニュー表を眺めていた。
「何頼む?」
「私は結構です」
「そう言いなさんな。席に着いた以上、注文するのがマナーでっせ」
「……スクランブルエッグ」
「じゃあ、俺はソーセージ三本に、豆と芋のスープ。あと黒パンにするか」
それからしばらくして注文した料理が到着。神太郎がソーセージを一口齧ると、やっと本題に入る。
「で、どうしたの? 今日は」
「シャノンさんのことです。いつになったら我が家から出て行くんですか?」
「え?」
「神太郎さんの家が用意出来たらそちらに移る予定だったのでしょう?」
「まぁね。俺もそのつもりだったんだけど、他の二人の恋人が異を唱えてね。二人はキチンと結婚式を挙げてから一緒に暮らすことになったんだけど、シャノンだけ先に同居するのは不公平だってことになって。それでまだしばらく預かってもらうことに……。何か粗相でもした?」
「してはいません。けど、日に日に千満お義姉さまと親しくなっているんです。料理や洗濯、裁縫の仕方を教わったり、一緒に買い物に行ったり……。昨夜もウメボシ? とかいうものを一緒に作っていました」
「梅干? へー、姉ちゃん、梅干を漬けているのか。俺もちょっと分けてもらおうかな」
「真面目に聞いています?」
「いいことじゃないか、仲が良いのは。何が問題だって言うんだ?」
「私の義姉が取られてるんですよ!? 私の最愛の義姉が! 今ではお義姉さまの歓心はあの子の方にばかり……。このままでは真の妹の立場を奪われてしまいます」
「いや、姉ちゃんの真の妹は三好兄弟末っ子の冬那一人だけだよ」
「嫉妬です。私の心は嫉妬で溢れ返っています。すぐにでもあの子をイジメたくてイジメたくて仕方がありません。けれど、それはお義姉さまが最も嫌がる行為。今は必死に理性で押し留めているんです」
「このパン、硬いな~」
「神太郎さん!」
齧ったパンの硬さに憤慨する神太郎に、クレハもまた憤慨。
しかし、聞いていないわけではなかった。彼はパンをスープに浸しながら言う。
「ぶっちゃけると、シャノンがいなくなったところで姉ちゃんがクレハを慕うようになるとは思えないよ」
「何故!?」
「君、同性愛者だろう? 君のその愛は重過ぎて姉ちゃんは受け切れないんだよ」
「なっ……。お義姉さまを愛することがそんなにいけないことなのですか?」
「いけないな~。嫌がっている相手に無理やり押し付けるのは」
「でも! ……でも」
でも、クレハの言葉はそれ以上続かない。こうハッキリと己の行いを否定されたのは初めてだった。
神太郎はスープの芋を頬張りながら続ける。
「君も本当は分かってるんだろう? 姉ちゃんにそういう気がないことを。普通の姉妹関係を望むなら、姉ちゃんもシャノンと同じように君に接するさ。でも、恋愛対象にされるとなれば……距離を置かざるを得ないよ」
「……分かってます。でも、我慢出来ないんです。私はお義姉さまを愛してしまったのです」
「姉ちゃんのことは縁がなかったと諦めるんだ」
「無理です」
「恋は盲目。失恋なんて珍しくない。いずれ他に相応しい女性を見つけられるさ」
「そんなの……考えられない」
クレハ、俯く。たとえ神太郎の言葉が正しくても諦めることなど出来やしない。やっと出会えた運命の人なのだから。
陥る沈黙。それに居た堪れなくなった神太郎は、彼女が手を付けないスクランブルエッグを代わりに平らげるのであった。
「はぁ、食った、食ったー。まぁ、気落ちせずに頑張りなよ」
食後、店を出た神太郎は気落ちしたクレハに適当な慰めを言った。歯の食べカスを爪楊枝で処理しながらの言葉だったので説得力は皆無だったが、彼としてもとっとと幕を引きたいところ。
されど、彼女の方は違う。「それじゃ」と言って仕事に戻ろうとする神太郎の袖を力強く掴んだ。
「お願い、手を貸して」
「手を貸してって言われても、さっきの助言ぐらいしか……」
「お義姉さまの弟なんでしょう? 何か良いアイデアはないの?」
「そんな無茶な」
「死活問題なのよ! 全ての原因はシャノンを連れてきた貴方にあるの!」
「そ、そんなぁ~!」
そして、そのまま公爵家の馬車へと押し込められるのであった。




