23-2 門限破りのロドネイ殿下②
「何故、ここいる?」
結局、ロドネイは神太郎の提案を呑んだ。
門の脇にて駐車させた馬車。
そして、その車内ではロドネイと……何故か神太郎がいたのだ。
当然のように対面の席に座っている彼に、ロドネイは怒りを通り越して呆気に取られてしまっている。
「いや、さっき言ったでしょう? 傍について護衛するって。目の前にいれば何があっても確実に対応出来るだでしょう?」
「呆れたヤツだな」
勇者の一族でなければただでは済まない無礼であるが、こんなことは勇者の一族しかしでかさないだろう。……いや、神太郎一人だけか。
マルサンは王族の傍にいたくないと壁内に戻っていたので、車内は二人っきり。気まずい雰囲気が流れている。
「……」
「……」
「……」
「……」
無言。
沈黙に耐えられず神太郎から口を開く。
「折角だから何か話しません?」
「何を?」
「景気の話とか?」
「景気ぃ?」
「最近、パンが値上がりしてさ。米も、野菜も、酒も、卵も、チーズも、ぜーんぶ。お財布事情が厳しいのよ。宰相をしている兄貴が言うには移民が増えたことによって景気が良くなっているってことだけど、人の増え幅がでか過ぎて食料供給が追いついていないっぽいんだよねー」
「食料品のことは知らぬが、全てはお前たち三好一族のせいだろう。勇者が魔軍七将の一人を討ち、更にキダイに攻めてきた魔族の軍勢を撃退した。お陰でこの国は世界で最も安全な国だと噂され、ここに移り住もうという人間が後を絶たなくなったのだ。世間ではこれを『勇者景気』と呼んでいるぞ」
「ああ、門番をしているから嫌でも分かるよ。この勢いで人が増えても大丈夫なのかね?」
「まぁ、宰相の言う通り人口は国力に直結するからな。人が増えることは悪いことではないが、キダイは小さな都市国家だ。今言った食糧不足や住居不足。インフラも追いついていないだろう。その上、移民と元来の住民との間で摩擦が起きているとも聞く。問題は山積みだ」
「兄貴から聞いたんだけど、もう土地がないために新しい居住区を街の地下に作る計画があるらしいじゃないですか」
「ああ、既に工事が始まっている」
「地下に住むって大変だろうねー。空気は淀むだろうし、何より陽の光が入ってこない。陽を浴びないと人間生きていけないよ。気分も滅入るだろうし」
「住宅価格や家賃がどんどん上がっているからな。平民居住区ではアパートを二階、三階建てだったものを四階建て、五階建てに改築しているとも聞く。そのアパートの家賃すら払えない者が地下に暮らすことになるのだろう」
「安全を求めてこの国に来たのに、そんな辛い生活を送らないといけないなんてねー。本末転倒感があるよ」
「何も、全ての移民が安全を求めて来ているわけではない。出稼ぎも多いのだ。今言った地下工事もそうだが、この国には仕事が大量にあるからな」
「ああ、確かに入国してくるのは田舎から出てきた若者が多いんだよなー」
「田舎の村々も大変だからな」
「?」
傲慢なロドネイの意外な同情心に、神太郎は少し驚いてしまった。
ともかく、二人の世間話はいつの間にか懇話となっていった。
その上、「折角だからちょいと酌み交わしますか」と、神太郎が詰所から酒と肴を持ってくると、笑い声も上がるようになる。
「ははは、そりゃ災難だったな」
「全くだよ。結局、俺を騙したその行商人はゴーレムにやられちまったんだけど、悪いことは出来ないもんだね」
「自業自得というやつか」
神太郎がエイゼンの関所での話をすると、ロドネイは愉快そうに杯の酒を飲み干した。
「ね? 関所は無理やり通るものじゃないでしょう?」
「ふふ、そうかもな」
神太郎も楽しそうに酌をする。
「安物のにごり酒だけど中々いけるでしょう?」
「うむ、悪くはない」
「これ、近くにあるイケヤ村ってところの酒なんですよ。あそこの酒は安い割りに質が良いってんで門番の中で流行ってるんだよね」
「っ!」
「王族のような身分の高い人は葡萄酒やら清酒の方が好みかもしれないけど」
「そんなことはない」
ロドネイはそう言うと、それをじっくり味わった。
今度は彼が話す番だ。神太郎は肴の煮豆を啄ばみながら問う。
「ところで殿下は最近夜帰りが多いようですが、毎度どこへ行かれてるんです?」
「うん?」
「いくら護衛を付けているとはいえ危ないでしょう」
「うむ……」
しばしの沈黙。
一応、表向きは鷹狩りとしているが、実際は公に出来ないことをしていた。誰にも知られてはならない。たとえ他の王族にもだ。それを一介の門番に教えるなどもっての他。……なのに、今は不思議な縁を感じてしまっている。まるで天がそれを促しているかのように。
そしてロドネイは手に持った杯を見ながら口を開く。
「実はな、そのイケヤ村に行っているのだ」
「へー」
「以前、忍びで鷹狩りに出掛けてな。そこで土砂降りに遭ってしまい、仕方なく近くにあったイケヤ村に身を寄せたのだ。それでそこの庄屋の家に泊まったのだが……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……だが?」
「……そ、そこの娘に見惚れてしまってな。それ以降も何度か理由を付けて庄屋の家に赴き……。まぁ、最近になって遂に子を成してしまったのだ」
「ほっほ~、や~るね~」
恥ずかしそうに明かした中年を少年は茶化すように褒めた。
「そして、これまでは精々月に二回程度の訪問だったのが、今では子供会いたさにちょくちょく通うようになってしまったのだ」
「成る程な~。しかし、危ない橋を渡ってるね~。イケヤ村は比較的近いって言っても、毎度夜帰りをしていたらそのうち山賊か魔獣に襲われかねないよ? 護衛もたった四人だし」
「分かっている。だが、娘と子供のことを思うといても立ってもいられないのだ」
「自分のところに引き取れば? 王族ならそれぐらい出来るでしょう?」
「私も度々提案しているのだが、本人は村を離れたくないようなのだ。それに私には他に妻がいる。家同士の都合で結婚したから当初から仲は冷めており、妻との間に子供もいない。恐らく娘は妻の存在にも気遣っているのだろう」
「つまり、お妾さんか。まぁ、旦那が妾を囲っていると知れば、良い顔はしないだろうな。しかも既に子供まで出来ている。怒りは計り知れないってところか」
「そうだ。その通りだ。妾自身はサバサバした性格でこのまま父親なしで育てていく気らしいのだが、私としては唯一の子供だ。年老いてから出来た息子だ。大切に、大切に、大切に育てたい」
「うん、うん、分かるよ」
「理想は王都の一等地に屋敷を与えて、ちょくちょく通う形にしたいのだが……。そう望み通りにはいかんのだ」
「家族とは一緒にいたいものだよな。ウチも家族全員でこっちに来れて運が良かった」
「そうだ。一緒にいたものだ。……実は、王室を離脱しようとも考えている」
「離脱!?」
「彼女や息子と一緒になれるのなら今の立場を捨てても良い。それほど愛しておるのだ」
それは神太郎も予想外の決意だった。この男にそれほどまでの熱い志があったことに驚きを隠せない。シャノン辺りが聞けば笑顔で応援することだろう。
しかし、神太郎は違う。
「いやいやいやいや、それは駄目だ。考え直した方がいい」
「そ、そうか?」
「生活環境がガクッと変わるよ? 殿下が思っている以上に生活の質が厳しくなるかもしれない」
「それは覚悟している」
「いや、貴方は下々の生活を知らない。実際、食料の値上げのことも知らなかっただろう?」
そう指摘されるとロドネイは思わず持っていた杯を見てしまった。
「世の中の多くの家族は貧しい生活を送らざるを得ない状況だ。中には、家族と離れて出稼ぎに出たり、酷いところでは生きるために子を間引いたりしているとも聞く。本当に厳しいんだ。しかし、貴方は恵まれている。ならば、その得られる恵みを二人に分け与えればいい。今の立場から支えるという形にするべきだ」
「……」
「一緒に暮らせないのは貴方にとっては不幸だが、子供にとっては幸運なんだ」
「そうか……」
その平民の言葉は、王族から情熱を奪い冷静さを与えた。
そしてロドネイは杯を見ながら明かす。
「うむ……。そうだな。そうかもしれない。実は私は、このイケヤ村のにごり酒を飲んだことがなかったのだ。訪れたときは常に上物の清酒でもてなされていたからな。私は平民の生活を知らない」
「貴方は王族だ。なら、王族らしい、王族にしか出来ない支え方をするべきだ」
「ああ」
悩みは吹っ切れ、代わりに新たな決意を抱くと、それを示すかのようにその杯を一気に飲み干した。
「神太郎、今夜はとことん飲むぞ」
「仕事中なんですが、王族の誘いじゃ断れないな~」




