23-1 門限破りのロドネイ殿下①
夕方、キダイ王国北門。神太郎は久しぶりに職場に戻ってきた。
「帰ってきたぞー! お前らー、元気だったかー!?」
神太郎が詰所に顔を出すと、同僚たちは「神太郎!」と呼びながら笑顔で迎える。
「やっと帰ってきたか」
「この野郎~。随分サボってくれたじゃねーかよ」
「よく帰ってきたな。門番が嫌になってもう戻ってこないんじゃないかと思ってたぞ」
そう言いながら神太郎とハイタッチをしてその友情を確かめ合う同僚たち。
「何せ、お前には金をたっぷり預けたままなんだからな」
「ははは、お前らからカードで金を巻き上げられるうちは辞めるものかよ」
神太郎もまた悪友たちとの再会を喜ぶのであった。
復職早々、この日は夜勤である。ただ、夜勤は悪いことではない。夜になると外との出入りが禁じられ門が締められるため、出入国の検査をせずに済むのだ。常に人の出入りがある昼間よりずっと暇になる。
「やっぱり夜勤だなー。ぼーっと突っ立ってるだけで金を稼げるんだからな」
門衛として門の前に立った神太郎は、槍を片手にこの自由を満喫するかのように背伸びをした。
同じく門衛をしている同僚の一人、マルサンも同意見だ。
「だよな。突っ立ているだけってのも暇で辛いが、昼間の忙しさと比べれば贅沢な悩みだ」
「本当、出入国の行列が延々と続いているからな。そもそもこの巨大な街に門が四つしかないってのが問題なんだよ。エイゼンには八つあったぞ」
「ウチは都市国家だからなー。この街が全てと言っていいから、防備を固くするために出入り口を少なくせざるを得ないんだ」
「人手は増やせないのか? 働き手はいくらでもいるだろう?」
「治安に関わることだから移民には任せられない。衛士(警官)を増やすのは簡単じゃないんだよ。お前だって勇者の息子じゃなかったら採用されてなかったぞ。その上、衛士の中でも門番の仕事は不人気だからなー」
「どうにかならないのかねー」
夜勤中に出来るのは、こんな他愛のない雑談ぐらいである。
だから、こんな時だからこそ口が軽くなるかもしれなかった。
マルサンはさりげなく神太郎に問う。
「なぁ、ちょっと小耳に挟んだんだけど」
「うん?」
「お前と北衛長と付き合っているって噂、本当か?」
「ルメシアか? ああ、婚約している」
「マジ? マジかよ!? 公爵令嬢が平民と婚約? 両家が認めてるってこと? すっげーな……。やっぱり勇者の一族だからなー」
「ちげーよ。俺が世界一のナイスガイだからだ」
「はぁ~。俺たちと同じようでやっぱり住む世界が違うんだな~。でも、お前よく喋ったな」
「別に隠すことじゃないし」
「そうだろうけど……。ほら、身分差の恋ってのは色々とさ、家とか世間的にさ……」
「あー。まぁ、親には認められず本人たちだけの秘密ってのは定番なシチュエーションかもな」
「だろう? だから、堂々と婚約まで進んでいるって聞いて驚いたわけ」
すると、そこに身分違いの者が現れる。
「かいもーん! 開門せよ!」
そう聞こえてきたのは門の外側。神太郎たちが潜り戸から城壁外に出てみると、そこには一台の馬車が止まっていた。煌びやかな高級な馬車で、四頭の護衛の騎兵も従えているのでそれなりの身分の者が乗っているのだろう。
その内、騎兵の一人が命令してくる。
「何をしている。直ちに開門せよ」
「は、はい、ただ今」
慌てて応じようとするマルサン。そんな彼に神太郎が耳打ちをする。
「何だ、あれ?」
「王族の方だよ。お前の留守中から、たまに夜帰りをしてくるようになったんだ」
「ルメシアは知っているのか?」
「わざわざ報告しないよ。したら、大っぴらになっちゃうだろう?」
「ふ~む」
相手が王族となれば逆らい辛いので、揉め事を避けるためになあなあで済ませてきたのだろう。特に、この北門は不真面目で有名だ。
ただ、夜間は原則開門禁止。国の許しなく開ければ罰を与えられるかもしれない。つまり、責任者であるルメシアにだ。
神太郎は開門すべく中に戻ろうとしたマルサンの肩を掴んで止めると、代わりに騎兵にこう返事した。
「夜間は開門禁止だ。陽が昇るまで待ってもらおう」
「何だと? この間までは開けていたではないか」
「サービスタイムは終了したのさ」
「なにぃ!?」
雑兵である衛士からのこの対応に、騎兵は憤怒。
すると、揉め事に気づいたのか馬車の窓から主人であろう中年の男が顔を出す。
「何事だ? さっさと開けさせろ」
騎兵は「すぐに!」と答えるも、神太郎は「あとで」と返答。
騎兵、怒りのあまりこう叫ぶ。
「貴様、この方をどなたと心得る!?」
「水戸光圀公?」
「王族のロドネイ・アースネット殿下であらせられるぞ!」
キダイ王国初代国王の弟の系統がアースネット家である。弟は初代国王の片腕として執政において辣腕を振り、王国建国に多大な貢献をした人物として知られている。初代国王も弟がいなければ国を成せなかったと賞したほどだった。そのため、三百年経った現代においてもアースネット家は王族の中でも重きを成した立場にあった。
その現在の当主ロドネイが自慢の長い口髭を擦りながら神太郎を見下す。全く臆する様子を見せない平民に、王族は直々にもう一度だけ機会を与える。
「おい、下郎。直ちに門を開けろ」
「お断りどす」
「貴様、私が誰か知ってのことか?」
「お宅こそ、俺が誰か知ってのことか?」
「知るか、貴様など」
「なら、お互い様ですな。俺は門番だ。だから門を護っている。誰であろうとここは通さない」
「ふん」
そこでロドネイは徐に金貨を取り出し神太郎の足元に投げた。
手間賃ということらしい。この金貨一枚で衛士の半月分の給料になる。門を開けるだけの仕事なら十分過ぎるだろう。
されど、神太郎の意思は変わらない。それを拾うとあろうことか投げ返してしまった。
見事なまでの不遜……或いは気骨のある態度である。しかし、先方は不遜としか捉えていない。護衛の騎兵たちは剣の柄に手を当て、ロドネイもまた殺気立ってしまった。
「貴様、名乗れ!」
「三好神太郎、十七歳。独身。趣味はおみくじ。好きな食べ物はパンの耳を揚げたヤツ」
「三好? ……勇者の息子か」
ただ神太郎の正体を知ると、騎兵たちも流石に気後れしてしまった。以前、王女ネクスタリアを護って魔族を討ったことが彼らの耳にも届いていたのだ。ロドネイも敵意を怯ませてしまう。それでも引く気はない。
「三好神太郎。もし私が中に入れなかったためにこの身に何かが起きたとすれば、それは入場を認めたなかった貴様にも責任が及ぶことになるのだぞ」
「何かが……?」
神太郎は東門に出張していた時に外から魔獣が侵入してきた事件のことを思い出した。魔獣は昼より夜の方が活発になり、遭遇件数は昼間の凡そ十倍に及ぶ。城壁外が安全とはとても言い難かった。
更にマルサンも説得する。
「神太郎、ロドネイ殿下にもしものことがあったら絶対責められるって。一緒にいた俺までも……。嫌だぜ、そんなの。ここは大人しく従おう」
ということは責任者であるルメシアもだ。
門を開けては違反。
王族に害が及べば責を負う。
進むも地獄、退くも地獄ということか。
神太郎は悩む。もし、ここにルメシアがいたとしたら特例ということで通過を認めていたことだろう。恐らく、国の方も状況を鑑みて責めてくることはない。それが皆にとって最善となろう。
ただ、神太郎は気に食わなかった。
とてつもなく気に食わなかった。
法を破ることに嫌悪感を抱いているからではない。
単に、ロドネイの傲慢な態度にムカついていたのだ。
ここで通過を認めるということは、つまり神太郎の敗北である。
これまでの人生で妥協というものをしてこなかったわけではない。幾度も我慢をしたり、時には嫌々ながら仕事を引き受けたりしてきた。
されど、今回の開門についてはとても屈する気にはなれなかったのだ。
何故なら……彼は門番なのだから。
神太郎はハッキリと返答する。
「門は開けない」
「なにぃ? 私を危険に晒して良いというのか!?」
「但し、外にいる間は俺が護ってやる」
「なっ……?」
「日の出の開門までここで待機してもらおう。その間は俺が傍について護衛する」
「っ」
「王族であろうと、魔族であろうと、魔王であろうと、俺がいる限りこの門は何人たりとも通さん」
「……」
伊達や酔狂で門番をしているのではない。この道を選んだからには職務は全うする。金や国家のためではなく、自分自身へのケジメのために。
三好神太郎の誇りである。
その矜持を前に、傲慢な王族は何も言えなかった。




