25-4 好景気の光と影④
ただ、あくまで一矢報いただけ。これで済むはずがない。
「ラジーっ!? テメェ!」
ヒムの一声で舎弟らもケードルに襲い掛かった。
囲み、殴る、蹴る、殴る、蹴る、殴る、蹴る、殴る、蹴る……。防御に徹したケードルに容赦ない暴力が攻め立てた。
それでもケードルに怯えはない。その眼差しには闘志が燃えている。
そして、その意志に応えるように舎弟らはいきなり吹っ飛んでいった。
神太郎の参戦によって。
「向こうが助太刀を使うなら、こっちも構わないよな?」
神太郎が笑みを見せながら確認すると、ケードルも一笑してその気遣いを受け取った。
神太郎、舎弟らを掴んでは内股、掴んでは払い腰、掴んでは掬い投げ……。柔道技で周囲は死屍累々となっていく。最後は立ち直ったラジーが叫びながら殴り掛かってくるも、それも背負い投げで再び地面に伏せさせた。
そして彼はラジーらを鼻で笑う。
「フン、被害者ぶって盗みを正当化するつもりか? どんなに言葉で飾ろうとも、お前らはただのコソ泥だ」
「何ぃ!?」
「この景気の良いキダイで仕事に困ることはない。結局、楽して稼ぎたいという邪な欲望に浸っているだけだろう?」
「貴様に何が分かる?」
「いいか? この世には二種類の人間しかいない。強者と弱者だ。貴様らのしていることは、法を破って国家を敵に回すという大きなリスクを背負って強者への憂さ晴らしをするという弱者の生き方に過ぎん。ドブネズミの生き方だ。いずれ捕まり、下らない死に方をするだろう。そんな人生が幸せか?」
「くぅ……」
「もう一度言う。世の中は強者と弱者だけだ。なら、弱者が幸せになるにはどうしたらいい? ラジーと言ったか? 言ってみろ」
「……強者が弱者に手を差し伸べるべきだ」
「違う!」
神太郎は否定した。強く否定した。
「相手に何かしてもらうの待つだけか? 強者は弱者を救う義務があって、弱者は救われる権利がある。そういう弱者に都合の良い世の中であるべきだと思っているのか? 確かに、弱者にとって楽かもしれないな。ボケーっと口を開けていれば飯が入ってくる世界なら……。だが、それはつまり強者に自分の生殺与奪の権を与えているようなものだろう。家畜の生き方だ。自ら家畜になっていいのか?」
「……」
「弱者が幸せになるには……弱者自身が強者になるしかない。では、強者とは何だ? 金のある者か? 力のある者か? 権力のある者か……? 違う。強者になるにはどれも必要ない。強者というのは、その幸せな者そのものなのだから」
幸せな者――?
意味が分からず怪訝な顔を晒すラジーたち。しかし、次の言葉で腑に落ちる。
「俺の弟は毎日しがない飯屋の厨房に立っている。賃金も少ないらしいが、客の満足げな顔を見ていると遣り甲斐を感じると笑顔で言っていたよ。世間的には貧民層だけど、確かに幸福だった。そこの八百屋も同じだ。そこのパン屋も、そこの靴屋も、そこの散髪屋も、皆苦労しながらも幸せを得ている。つまり、強者とは幸せな者のこと。幸せな者とは胸を張って誇れる生き様をしている者のことだ。お前たちは今、胸を張って誇れる生き方をしているのか?」
「……」
ラジーたちは答えなかった。代わりに俯くだけ。この世の多くが被支配層だが、皆が皆不幸というわけではない。自分に出来ることを必死に努め、幸せを自力で得ているのだ。自分の生まれや立場をただ呪っているだけでは何も得られないのである。
何も言えないラジー。神太郎は溜め息を吐くと、彼に非情な宣告をする。
「お前、あの言い方だと母親と二人暮らしのようだな? けど残念だが、しばらく一人で暮らしてもらわないといけない」
「っ!」
「お前らが財布を盗み、殴ったこのケードルは侯爵家の公子だ。王国の大貴族なんだよ。それに強盗傷害をしてしまったんだから、治安局も動かざるを得ないな。しばらく檻の中だ。五年か、十年か……」
その言葉でラジーらからは血の気が引いていった。今更ながら愚行の代償の高さに気づいたのである。
「実は俺はその治安局の衛士だ。もう痛い目に遭いたくはないだろう? 神妙にお縄につけ」
そして最後に淡々と現実を突きつけたのであった。
慄くばかりのラジーたち。身体中を巡る痛みが逃走することを許さず、神太郎の鋭い眼光が彼らに恐怖を与えてくる。生物としての本能と母への愛情が反抗心を完全に萎ませてしまった。
だから、ラジーはもう両手を地に付けて請うしかなかった。
「すまない! 反省した。もうこんなことはしない!」
「犯罪者は皆そう言う」
「これからは真面目に働く!」
「もう少し早く気づくんだったな」
「母さんは身体が弱いんだ。俺がいなくなったら生きていけない!」
「じゃあ、今生の別れだな」
「頼む! 頼む……!」
更に頭も下げた。深く。深く……。
それでも神太郎は慈悲を見せない。こういう輩は仕事場で何度も見てきたのだ。友人を傷つけられて簡単に許すほど甘くはなかった。
……。
だから、本人が許す。
「分かった。勘弁してやろう」
ケードルは後腐れなさそうに言った。
「いいのか?」
「俺は初めにこう言った。更正の機会を与えてやる。大人しく財布を返せば許してやろうとな」
貴族に二言はない。曲がったことが嫌いなケードルらしい判断だった。神太郎もそういうところが好きなのである。
「……分かった。但し、お前らも一度口にした言葉は護れよ。仕事は俺が斡旋してやる」
神太郎の念押しにラジーらは観念して頷くのであった。
これにて一件落着である。余計なトラブルに巻き込まれてしまったが、収まるところに収まって何よりだ。これで本来の目的である食事へと赴ける。
「さてと、ステーキ食いに行こうぜ。腹が鳴って仕方がない」
こうして、すっかり腹が減った神太郎はケードルと肩を組み、ステーキ屋への道に戻るのであった。
……が、そのケードルの顔がどことなく険しい。
「ああ、それなんだが……」
「うん?」
「殴られたせいで口の中が切れて飯どころじゃない。またの機会にな」
「……は?」
痛さのあまり口を閉じるケードルに、呆気のあまり口をポカンと開ける神太郎。
唖然に呆然……。
次いで、湧き上がってくるのは激しい憤怒だ。
その矛先は勿論彼らへ……。
「お前らぁ! やっぱり殺してやる!」
「「ひぃ!」」
恐怖で口を大きく開けるラジーらに、怒りで歯を食いしばる神太郎。
そして、飛び掛ろうとするそんな彼をケードルが「ま、待て、神太郎!」と叫びながら必死に羽交い絞めにするのであった。
―好景気の光と影・完―




