25-3 好景気の光と影③
人口増加のために高いアパートが乱立する庶民街の裏路地。その一角にスリの男は逃げ込んでいた。
若い。まだ十五歳というところ。その彼がそそくさと先を行くと、行きついた先にも三人ほどの男たちがいた。皆若く、仕切っているリーダーらしき男も二十歳に届くか? というところ。その男が手の中の銭を数えながらスリ男に問う。
「おう、ヒム。成果は?」
「バッチシだよ、ラジー。ほら」
スリ男ヒムはホクホク顔でスった財布をリーダーのラジーに渡した。中を改めれば貨幣がザックザク。
「おい、凄いじゃねぇか。お前が一番の稼ぎだぞ」
「へへ、いけ好かねぇ貴族っぽい男からスったんだ」
リーダーからの絶賛に舎弟は得意げに鼻の下を擦した。
つまり、彼らはスリで稼ぐ若者集団。ギャングだった。
「いいね。特に貴族から奪ってやったってのは気に入った。アイツらは血も涙もねぇクズだからな」
自分たちの行いに対して悪気すらないよう。人が増えるということはこういう輩が増えることでもあった。
そして、四人は分け前をゆっくり分配するべく場所を移そうとした。
だが、それを阻むようにあの二人が現れる。
「見つけたぞ」
凄んだのは被害者ケードル。彼は唯一の道を塞ぐように立ち塞がると、一度だけ勧告する。
「全く、平民とは実に浅ましいものだ。ただ、俺も平民を導くべき貴族の一人だ。更正の機会を与えてやる。大人しく財布を返せば許してやろう」
相手が浅ましいのなら、こちらは実に尊大。それでも寛大でもあった。
しかし、そんな気遣いも相手には通じず。
「成る程、確かにいけ好かない野郎だ。返して欲しければ力ずくでやってみろよ」
ラジーは歩み出ると手招きして挑発した。どうやら暴力歓迎のよう。
ならば、誇り高いケードルとしても拒むつもりはない。
「神太郎、手を出すな。俺の問題だ」
「大丈夫か?」
「俺は誇り高きキダイ貴族だぞ」
懸念など不要とばかりに意気込んでいるほど。ならば、それを尊重するのが親友というものだ。
決闘開始。
ケードルは、滾る戦意に身を任せ全力で殴り掛かる!
そして殴り返された。ラジーのカウンターパンチがケードルの頬を凹ませる。
「くっ! やるな!」
それでも臆せず攻め続けるも、相手は的確に防ぎ、殴り返し、更には蹴り飛ばす。ケードルも全く怯む気配はなかったが、内容は一方的だ。
ラジーは明らかに喧嘩慣れしている。身体もガッシリしており、殴り方も上手い。取り巻きもその実力を信頼しているからか安心して観覧している。
神太郎もまたケードルの方が分が悪いとすぐに察したが、それでも止める気にはなれなかった。ケードルにとって勝算など度外視であり、己を貫くことこそ至上なのだ。神太郎もそういうところが好きなのである。
しかし、どんなに勇敢でも結果に変わりはない。
吹っ飛ばされて地に伏すケードル。ラジーはそのふくよかな腹を踏みつけると叫ぶ。怒りを込めて。
「更正の機会だぁ? ふざけるな! 全部テメェらが悪いんだろうが!」
「なにぃ?」
「俺の故郷は豊かとは言えないちっぽけな農村だった。俺たち小作人が必死に麦を育てても、地主は容赦なく収穫を奪っていく。特に景気が良いキダイは高く買い取ってくれるからと、俺たちの取り分にまで手を出しやがった。そして文句を言えば母親と一緒に追放される始末……。そんな目に遭ったのは俺だけじゃない。ここにいる者は皆、食い繋ぐためにこの国に来たんだ。だから復讐してやってるのよ。全てはテメェら貴族や商人の強欲が招いたことだ!」
その言葉には神太郎も疑う気にはなれなかった。昨日も麦満載の牛車を見たばかりである。毎日毎日北門をくぐる大量の食物はどこから来ているのか疑問に思うこともあった。
また、ケードルも心当たりはある。彼が運送の護衛として赴いた村々では食料満載の牛車が並ぶ一方、そこの住民たちは貧しさを感じさせる者ばかり。輸出で潤っているのは、地主などの一部のみだった。
彼らがこういうことをしているのも支配者たちに虐げられてきた故……。キダイの好景気の裏には、その割を食った者たちがいたということだ。
慈愛芯が強いシャノン辺りなら心を震わされていただろう。しかし、それでも気概のあるケードルに揺らぎはない。彼はラジーの足を掴んで払い除けると、ゆっくり立ち上がった。こう吐き捨てながら。
「フン、見っともない」
「何だと?」
「お前たちのしていることに誇りも信念も感じない。お前たちはただの愚か者だ」
「貴様ぁ!」
ラジー、殴る。殴る。殴る!
どの口で言う! こうなったのは貴様らのせいだ! そう言わんばかりにケードルを殴り続けた。舎弟たちも怒りを露にして吼えている。
それでもケードルは折れない。鼻血を出し、唇が切れ、顔が腫れても耐え抜く。鉄柱のような信念に支えられて立ち続けた。
そして、ラジーが怒りのあまり大振りで殴りかかった時、遂に反撃に転じた。その隙を見逃さず、相手の顎に拳をかます!
駆ける打音。
揺れる頭。
飛び散る唾。
回る目。
慮外からの衝撃が、今度はラジーの方を伏せさせた。
大の字に倒れ、身動きすらしない。ただ、瞠目しているだけ。こんなデブの貴族に後れを取ったことを受け入れられないとばかりに……。それは舎弟たちも同じで皆唖然としている。
油断のないケードルは拳を構えたまま。神太郎だけが良いパンチだと満足げな笑みを浮かべていた。
彼の貴族の誇りを示すかの如く、見事に一矢報いたのである。




