家の周りをパトロール
私は、柴犬。だから私はめったに尻尾なんかふらない。
私たちは嬉しいとき、興奮したとき尻尾を振る。だけど私は柴犬。自分の感情をさらけ出すなんて、そんな無防備なことしないのだ。
そう、おやつをくれたって、おもちゃをくれたって。
私はめったに尻尾をふらない。目を「きらん」と輝かせる、そんな程度。
今日も、私は日課のパトロールに出かける。
別名、散歩。 別名、青空トイレ。
でも外に出ると、真っ先にするのはパトロールだ。自分の健康より、おかあさんの肥満対策より、それは優先されなければならない。
エレベーターを降りると、私のパトロールは始まる。
まずは左手の生垣。オーケー、今日も異常なし。
そして右手に折れる。石畳の隣に生えている数本の木々。ぐるっと回って木の裏側もしっかりチェック。異常なし。
次はスロープを下りて、建物裏のスペースへ。左にテニスコート。右にちょっとした林。
油断してはいけない。左右に目を光らせて。
クンクン。異常な…。いいえー!
私のアンテナがピンと来た。そして私の尻尾がブン!と振れるよ。
私はすかさず生垣の中に頭を突っ込む。
「あらー、どしたの、パンちゃん?」
おかあさんが、私に蹴つまずきそうになって、あわてて止まる。
ガサゴソ、ガサゴソ。
「ほらー、もう行くよ。パンちゃん」
おかあさんがリードをぐっと引っ張るのでなかなか先に進めない。
おかあさん!私いま、非常に大切な仕事をしてるのです。邪魔しないで、そこで待ってなさい!
尻尾がふるふる。
パク!はい、とれたー!
ほれ、これ見てごらんよ、おかあさん!
おかあさんが目を丸くする。
「あらー、また見つけたんかい、ボール。いい子、いい子」
そう、それは人間が拾い忘れたテニスボール。黄色くて、丸くて、ケバケバしてて、私の口にぴったり。めっちゃ咥えやすいんだ。
パッて口から離すと、コローって転がって、私は思わずムズムズ。
ダッシュで追いかけるよ。そしてまた咥える。そしてまたパッて離して、ダッシュで追いついてまたパク!
あー、おもろい!
私はおかあさんを見上げた。
どうよ、この獲物!人間にも見つけられなかった草むらから、私が見つけたんだよ。私のパトロールの成果だよ。
おかあさんが二ヤーと見下ろす。
そして、私の口からポロって落ちたボールを掴むと、ヒョイって投げたんだ。
すかさずダッシュ!
やだー!楽しい〜!
リードのことも忘れて、思わず追いかけるよ。ボール、ボール。
パクっ。はい、つかまえたよ、おかあさん。
「パンちゃん、すごーい」
ヒョイ!
あ、また私の獲物を勝手に投げた。待て〜、ボール!
パクっ。あー、楽しい〜!
「それっ!」ヒョイ!ダッシュ!パク!
「ほれっ!」ヒョイ!ダッシュ!パク!
はあ、はあ。
ちょっと疲れた。おかあさんのところに戻ると、すぐ投げられちゃう。ちょっとここで、休憩しよ。
「パン〜、ボール持ってきてよー」
遠くでおかあさんが呼ぶけど、うるさいよ、私はここで休んでいるんです!
はあ、はあ、ふう。
ぐうたらおかあさんが近づいてきた。私のボールを取ろうったって、そうはいきませんからね。
前足でギュってボールを押さえる。
ヒョイ!あ、とられた。
おかあさんは、私のボールを取り上げて、テニスコートの入り口のところにそっと置いた。
ちょっと、それ私の獲物。私のボール!
なんの断りもなく、何してんですか?
「さあ、行こうか。パンちゃん」
「…」
「今度は、あっちの木を見ないとね」
「!」
そうだね。あっちの木、一本一本見回りしなくちゃ。それが、私の仕事だもん。
行きましょ、おかあさん。
テニスボールより、もっとすごい獲物があの木々の後ろで、私を待ってるもん。
そいつらを見つけるために、パトロールするのが私の大事な仕事だから。
さあ、パトロールの続きを始めるよ。
このうちの平和を守る、そのために。




