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柴犬パンの熱帯生活  作者: 外村パン
8/11

おかあさんがいない

私は、柴犬。だから私はめったに尻尾なんかふらない。

尻尾をふるのは、人間にこびるワンコがすることだ。私はこびない。たとえ外村家の人間といえども、こびて尻尾をふったりしない。

私たちは嬉しいとき、興奮したとき尻尾を振る。だけど私は柴犬。自分の感情をさらけ出すなんて、そんな無防備なことしないのだ。

そう、おやつをくれたって、おもちゃをくれたって。

私はめったに尻尾をふらない。目を「きらん」と輝かせる、そんな程度。


ある日、おかあさんが、大きいカバンをガタゴトさせてお出かけした。私は、なんかそわそわ。

いつものお買い物?それにしては、カバンが大きいね。

ひさびさのランチ?それにしては、もう夜だけど?

「じゃあねー、パンちゃんいい子でね!」

おかあさんが頭をなでなでしてくれた。なんかそわそわ。

ドアがパタンと閉まる。

そしてその晩、おかあさんは帰ってこなかったんだ。


「おはよー!パンちゃん」

いつもはねぼすけの丸美が起こしにきた。

「散歩、行くよー!」

はいはい。ん?なんか違う。思い出すゆうべ感じた、そわそわ。なんでそわそわしたんだっけ?一晩寝て起きたら、忘れちゃったよ。

「パン、ハイごはん!」

散歩から帰ったら、おとうさんが朝ごはんをくれた。やったー!ごはんだー。パクパク、パクパク…。

なんか違う。きのう感じた、そわそわ。でも思い出せない。

「じゃあ、行ってきまーす!」

おとうさんが、いつものように出ていった。

「じゃあ、パン。私も行ってきまーす」

丸美がいつものように出ていった。


静かになる部屋。

「…」

寝るか。

って、なんか違う。キョロキョロ。キョロキョロ。

「!」

そうだ!おかあさんがいないじゃん?いつもはさ、

「はあー、やっと出かけたわい」

って言って、洗濯して、テキトーに掃除して、「アチー」ってソファーにゴロンってするのに。

おかあさんがいないんだ。

そういや、散歩に行くのも、ごはんくれるのもおかあさんだったのに、

今日は珍しく丸美とおとうさんだったっけ?

それだったんだ!そわそわの原因!

「おかあさーん」

私はおかあさんがいつも寝てる部屋に行ってみたよ。「…」いない。

クンクン。おかあさんの匂い、しない…。

「…」

寝るか。

そわそわの原因は、わかったもん。そのうちおかあさんは、帰ってくるでしょう。

「外、あつーい」

って言いながらさ。


でもその日も、おかあさんは帰ってこなかったんだ。

丸美が、夕方も散歩に付き合ってくれたよ。そしてごはんもくれたんだ。

あの丸美が。

「ガチャ、アチ!ガチャ、いて!」

そして台所で料理してるよ、あの丸美が。

私は、ソファーの下であぶなっかしい丸美の料理をハラハラ見ていた。

おかあさーん、どこ?早くごはん作らないと、丸美が大変だよ?

その時だった。

「ただいまー!」

「!」

おかあさんだ!私はソファーの下から急いで飛び出て玄関に行ったよ。

「おお、パン。ただいま」

「ワン」

なんだ、おとうさんかい。いや、嬉しいよ?嬉しいけど、おかあさんは?

それから丸美とおとうさんは二人でごはんを食べて、お風呂入って、寝ちゃったんだ。

え、おかあさんは?

電気が消された。

「…」

寝るか。寝よ。明日目が覚めたら、おかあさんが帰ってきているよ、きっと。


でも、目が覚めても、おかあさんはいなかった。

次の日も、次の日も。

「…」

丸美、おかあさんどこ行ったの?どうして帰ってこないのさ?

丸美は本当に忙しそう。答えてくれるわけがない。学校行って、宿題やって、散歩して、ごはん作って、シャワー浴びて…。

おとうさんも本当に忙しそう。仕事行って、お皿洗って、散歩して、ゴルフ行って、アイロンかけて…。

「…」

仕方ない。私はソファーの下でおとなしくゴロンとする。そしてその日も、電気は消された。

寝るか。


「パンちゃん、散歩行くよ」

丸美がリードを引っ張る。はいはい。いきましょ。

「パン、ごはんだよ」

おとうさんが、ごはんをくれる。はーい、いただきます。

「じゃあ、行ってきまーす」

おとうさんと丸美がいつものように出かけて行った。

こんなんだった、私の日常。そう、こんな風にして、私の1日は終わっていく。

「…」なんか忘れているような気がするけど、思い出せない。

なんか、ぽっかり穴が空いたような気がするけど、思い出せない。

だから、静かになった部屋で一人、寝る。


そして、丸美とおとうさんと私の、3人の生活が当たり前になっていたある日。そう、あの無性にそわそわした日からちょうど10日後、あの人は突然帰ってきたんだ!


「ヒエー、あっちー」

ゴトゴト。

「あれ、このカギ、どうやって開くんだっけ?」

ガチャガチャ。


「!」

ウー。私はドアのこっちで、マックス警戒したよ。ソファーから出て、臨戦態勢。

ドアが開いた。

「パンちゃーん、ただいまー!」

「!」

「パンちゃーん、会いたかったよー」

「…」

その時だった。

尻尾が。私の尻尾が…。

ブンブン!ブンブン!

私の意思に反して、ぶんぶんふれたんだ。

フリフリ、フリフリ。

止まらないー!

おかあさんですよねー、あなた?

おかあさーん、どこ行ってたのー?

おかあさーん!


おかあさんが頭をくちゃくちゃしてくれる。すかさず私のピンっと立った耳はペタンと寝て、丸くなるよ。

おかあさんがほっぺの肉をビローンと伸ばしてくれる。口がぱかっと開いて、ベロがダラーと出てきちゃう。

「パンちゃん、珍しく尻尾ふっとる!」

おかあさんが笑った。「…」そろそろ、そろそろこの尻尾を止めなければ。

いくら相手がおかあさんといえども、こんなに長い時間尻尾をふり続けるわけにはいかない。

私は、柴犬。こんなことで、取り乱したりは、…。

ふりふり、ふり…。

よし、止めた。さすが、私。


その日は、おとうさんとおかあさんと丸美と私。4人でソファーに座っておしゃべりしたよ。

なんでも、おかあさんは日本てところに行ってたんだって。

そうだったんだ。それならそうと言ってくれればよかったのにさ。ふん、あわてて尻尾をふってしまったじゃないのさ。あーあ、そろそろ寝ようかなー?

その時おかあさんが言った。

「そうだ!パンちゃん、お土産あるで。日本のヘルシーカラアゲだって」

「!」

ふり…。

「あ、パンが尻尾ふ…」

ふってません、ふってません。私、ぜったいふってません!

でもそのお土産とやらは、食べてあげてもいい。はい、眠いのにがんばってお座りしたよ。待ってるよ。

目を「キラ」とさせるぐらいはしてあげるよ?


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