私のお城 その3
その日はお散歩から帰ってきたら、おとうさんとおかあさんは、そろってどこかへ出かけていっちゃった。
「じゃあパンちゃん、行ってくるねー。お楽しみに〜」
「いい子でお留守番してるんだよー。はい、シット!」
おかあさんは、私の大好きなおやつを、目の前でぶらぶらさせていった。
すちゃ!
瞬時にお座る私。
「オーケー!」
おかあさんがおやつをくれる。おお、今日のおやつは私の大好きな、マダラの干したやつ。これ、たまんない。ガツ、ガツ。
「じゃ、いってきまーす」
ガツ、ガツ。
あれ、おやつ食べ終わって、上を見上げたら、おかあさんたち、いない。
「…」
ねるか。
そして、それはやってきた。
「パンちゃん、ただいまー」
おかあさんたちのおかえりだ。玄関まで迎えにいくよ。
ガタゴト。「!」なんか、足音にまざって変な音がすると思ったら…。
え、え、なんですか、それ?
おとうさんが大きな箱を持って、入ってきたよ。不審物!これは吠えなければなりますまい。
「ワンワン」
おとうさんが言った。
「パン、これお前の新しいハウスだよ」
「!」
ハウスって、あのハウス?でも私のハウスは、ベランダでホコリにまみれているアレのことでしょ?
おとうさんはそれを、私が大好きな昼寝スポットのひとつにどかっと置いた。
そ、そこはエアコンの風がいい感じにそよってくる絶好の床だったのに。
「ほーら、パン。こうやってドア開けて、こうやって寝て、ぐるぐるしたりできるし、メッチャぴったり!」
おとうさんは、嬉々として説明してくれる。私はまじまじとそれを見た。監獄と違って、入り口以外は壁だから、中はちょっと薄暗い。床は監獄みたいに網あみじゃないから、肉球にも優しそう。
なんか、落ち着きそう…。
これは、ドッグキャリーというらしい。これがあれば、私は車の中でも寝られるし、飛行機にも乗れるんだって。
飛行機ってなんだろう。時々乗せてもらう車のようなものかしら。私は飛行機なんて全然乗りたくないんだけど、おとうさんが
「いつか日本に帰る時のために、慣れておかないとね」
って言うんだ。
日本て何?日本てどこ?私、シンガポール生まれなんです。シンガポールから出たことないんだから…。
「まあ、とにかく入ってみなよ。パンちゃん」
おとうさんが言う。いえいえ、まず匂いを嗅いでみないとね。
クンクン。後ろに回ってクンクン。またクンクン。まあ、悪くはないね。
「さあ、入ってみて」
おかあさんが言う。いえいえ、次は奥の暗がりをよーく観察しないとね。
ジー。
暗くてよく見えないや。
「ほーらこれで寝やすいよー」
おかあさんがタオルをキャリーの床に敷き始めた。おかあさん、それ私の大好きなおもちゃのタオル!
なんでー!
今まで踏ん張っていた前足が、そろりとキャリーに入る。
いやいや、まだ信用できないよ。そんな急に、こいつが私の新しいお城だなんて、認めないんだ。
でも、鼻を入れると、大好きなタオルの匂い。そしてこの薄暗がりの心地よさ。
ああ、入ってみたい!でも…、まだ信用しちゃダメだ。
「ほれ」
おかあさんが、お尻を押す。
ちょっと!やめて!ここは私の自主性に任せてくれませんか?
かまわず押し続けるおかあさん。
ああ、とうとう入ってしまったじゃないの。
「…」
ん?このお城は、入ってみると意外と広い。お座りもできるし、自由に向きを変えられる。そしてまあるくなって寝ることも、意外と簡単じゃん!
「…」
悪くない。
「おお、パンちゃん、メッチャ気に入ってる〜」
そこまで言ってないけど…。悪くない。そう、なんか安心する。
ちょっと寝てみようかなー?ここ暗くて気持ちいいんだよなー。床に寝てて、丸美に蹴られたりしないしね?
ガチャ!
あ、おかあさんがドアを閉めやがった。えー、油断してたら、閉じ込められたよー!騙されたー!
「ワンワン、出してよー!」
と言いたいところだけど、悪くない。閉じ込められても、なんか平気。丸くなってみる。
あ、なんかまた、眠くなってきちゃった。ここが暗くて静かだからいけないんだ。
「…」
「あ、やっぱ気に入ってるうー」
遠くでおとうさんの声がするよ。
私、不覚にもぐっすり寝てしまいました。やってきたばかりの新しいハウスで。
いつの間にか、ドアがまた開けられていたことも、気づかないぐらい寝ちゃったんだ。
「ハウス!」
その日から、また夜寝るときは、おかあさんがこう言うようになった。一応私は反抗するよ。ソファーの下に隠れたり、ベランダに逃げたり。でもダメ、やっぱり眠いから…。おかあさんに連れていかれるんだ。新しいお城に。
私は尻尾をぶらんと下げて、お城に入るよ。おかあさんがガチャ、とドアを閉める。
まあ、いいや。眠くて抵抗するのも疲れた。
「…」もそもそ。寝るか。
おやすみなさい。
ここは私だけの場所。私が安眠できる場所だから…。




