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僕と尻尾の冬休み  作者: 柴健
僕と尻尾の冬休み編
5/30

三日目 午後

 十二時


「とうや?わんぱーくについたけど、もうお昼の時間だよ?」

「そうだね。まずはお昼にしようか」


 カズヤ君宅から『ワンパーク』に着いたが、公園に置いてある時計塔と腕時計は既に十二時の時間をとっくに過ぎていた。


「冬夜兄ちゃん! 早くご飯食べようぜ!」

「分かった分かった、そう急かさないで。どこで食べるのかも決めないといけないんだからさ」


 『ワンパーク』は子供が遊ぶように作られている公園なだけに、子供に優しく、ほとんどの地面は芝生や土を使用している。コンクリートを利用している場所は本当に少ない。

 ピクニックをするのにも適しており、眺めの良い場所なども多く設けられている。それはもうどこでお弁当を食べるかを迷ってしまうくらいに。


「みんなはどこがいい?」

「ボクは三人の好きなところで」

「わたしはあのやまみたいのがいい」

「僕もあっちが良いな!」

「ワタシも同じくです!」


 トモヤ君以外の三人が指差したのは、普通の地面よりも高く作られている山のようなところであった。 確かに、あの場所からご飯を食べたら気分は最高であろう。


「それじゃあ、行こうか」


 そうして、元気な四人は、僕よりも先に山の上まで登って行ってしまった。


「とうやー! はやく、はやくっ!」

「はーい。今行くよ」


 きな達に急かされた僕は、お弁当を持ちながら、駆け足で彼らのところに向かうのであった。



「わぁー!きれいだね、とうや」


 きなが見た光景。それは、『ワンパーク』を全て見渡せられる風景であった。そう言えば、きなを高い所に連れてきたことは無かったが、この様子だと高所恐怖症ではないようだ。 

 きなに連れて、残りの三人もその風景に歓喜していた。


「ふふん!やっぱりここを選んだ僕がすごいんだよね!」

「ちがうよ!きなとアリスちゃんもここにしようって言ったよ!」

「カズキ、一人占めはずるい」


 一緒にその場所を選んだ二人は、カズキ君に猛反対するのであった。


「あっ……うぅ」

「まぁ、二人の言うとおり、ここは三人で選んだってことで、いいよね?カズキ君。……謝ろうか」


 うつむいているカズキ君は恥ずかしそうに、


「ごめんなさい」 

「うん! それじゃ、一緒にごはんたべよっ!」

「食べよっ」


 三人は仲直りした後、持ってきたお弁当を開けるように冬也を急かした。

 冬夜は持ってきた弁当を丁寧に開ける。中身は……


「なにこれ?」

「きなちゃん知らないの?これは巻き寿司だよ」

「すごく丁寧に作られていますね」

「わぁ、おいしそう!」


 冬夜の作った太巻きは好評で、「いただきます」を言った後の四人は、太巻きにかぶりついていた。中身の具は簡単に、卵、でんぶ、かにかま、と普通の具なのだが、美味しく食べてくれて何よりである。



 一時


 食事を終えた冬也達は、片づけを終えた後、カズキ君から借りた自転車をきなに乗らせる。もちろん自転車に乗るための説明をし終えてからである。


「とうやー、すこしドキドキするよぉ」

「大丈夫、あれだけ説明はしたから、あとは練習するだけだよ!」

「頑張れきなちゃん!」


 カズキ君を筆頭に、他の二人もきなを応援する。

 きなは嬉しそうに笑っていた。

 きなは自転車にまたがって、ペダルをこごうとしたが……。


「ふぇええええええええん!!」


 だが、初めて自転車に乗ったきなは、補助輪があるのにもかかわらず、バランスを崩して自転車ごと転んで泣きだしてしまった。右の膝は少し血がにじんでいた。

 それに気付いた冬夜はポケットからハンカチと消毒液を取り出した。


「きな大丈夫?」

「少し……いたいよぉ」

「そっか。でも、こうやって転びながら練習をしないと自転車には乗れないよ?」

「……うん。きながんばってみる!」


 怪我をしていながらも、きなは健気に立ち上がった。彼女のやる気は十分だ。


「やる気があるのは良いことだけど、その前に傷の消毒をしようか。あと絆創膏を……」


 冬夜はポケットから絆創膏を取り出すと、消毒を終えた後きなの傷に絆創膏を貼りつける。

 その様子を見ていた三人は、


「なんか……きなちゃんに対する冬夜兄ちゃんの優しさが尋常じゃない気がするのは僕の気のせいだろうか」

「過保護と言うか……」

「アイって、言うんじゃないのかな?」


 冬夜はそんな風に子供たちに見られていた。

 転んでけがをしたあと、何時間もの時をかけてきなは自転車に乗る練習をしていた。



午後四時


 あれから三時間、冬夜ときなたちは、自転車に乗る練習を続けていた。時々休憩をはさみながら練習をしていたが、きなの上達は良い方で、それなりに自転車に乗れるようになっていた。

 そして今。


「きな、手を離すよ」


 きなが乗っていいる自転車を支えていた冬夜は、そっと手を離す。

 今度は転ばずに、きなが乗っている自転車はスムーズに進んでいく。きなの髪が風になびいているのが良い証拠だ。


「とうや!みんな!わたし自転車のれたよ!」


 少しふらふらしながらも、自転車に乗りながらきなはみんなにお礼を言う。

 自転車を堪能した後、きなはこちらに向かって来た。


「とまるときって……どうするんだっけ?」


 (教えるの、忘れていた。)


「きなちゃん!ハンドルの横にあるレバーを引けばいいんだよ!」


 カズキ君が大きな声できなに言った。それを聞いたきなは頷くと、勢いよくブレーキを引いた。

 甲高いブレーキ音を鳴らした自転車はその場で止まる、はずだった。

 ブレーキを踏んだ瞬間、自転車の後輪が上がり、握っていたハンドルを離してしまったきなは空中に投げだされてしまった。

 投げ出されたきなは、いきなりのことに言葉を失いながら空中を漂っていた。


「きな、危ない!」


 いち早く動いた冬夜は、空中に浮いているきなに向かって走り出す。ただ、彼女を抱きとめるために。

 あの高さから地面に叩きつけられたら、重症では済まないであろう。

 冬也は、きなを助けるために全力で走る。


 ――間に合ってくれ!


 冬夜は飛んでいるきなの真下まで走り、抱きとめるように地面に滑り込んだ。



 また……ここにきてしまったのか。


 冬夜はここに来たことがある。それはつい昨日のことだ。きなと出会った場所でつい眠ってしまったときに見たあの夢のなか。今の季節のように雪が降り積もったかのように真っ白い世界。

 来た事なんて昨日が初めてなのに、どこか懐かしい雰囲気を感じていた。

 そう考えていると、昨日と同じように一人の少年と、同じくらいの少女が仲良く遊んでいる姿が見えてきた。

 昨日と同じように、この世界に降り積もっている雪をかき集めながら、楽しそうに走り回る姿が、僕の目の前にあった。


 ――あそぼう!


 少年に投げかけた少女の言葉が、冬夜の耳の中で全反射するように響き渡った。

 だが、言葉を投げかけられた少年の動きは立ち止まり、昨日とは違いどこか寂しそうな顔をしていた。


 ――もう……遊べない。


 少年の顔は、うつむきながら少女に言い放った。

 そう言われた少女は、無垢に、それでいて泣きそうな顔で少年に尋ねる。


 ――どうして?私のことが嫌いになったの……?


 少女は泣きながら少年に尋ねる。しかし、近づく少女に対して、少年は少しずつ離れて行く。


 ごめん。


 少年は少女から離れるように走り去っていく。少女はそれを追いかけるように走るが、男女差なのか、少年は少女から、遠ざかって行く。

 どんどん、彼女の見える場所から少年の姿は小さくなっていく。

 追いつけないと分かった少女は、降り積もった雪の中に泣き崩れる。


 ――ひとりぼっちは……もう嫌……。


 ――わたしの……大切な……。


 冬夜の見ている世界は、だんだんと薄れて行った。

 そして冬也が最後に見たものは、


 小さな少女の後ろ姿から見えた、小さな尻尾だった。



 体がすごく揺れている気がする。そして、さっきまで夢の中に居て寒かったはずなのに、今はどことなく温かい。


「とうや! とうやっ!」


 聞こえてくるのは、きなの声だった。

 彼女が泣いている。それを知った冬夜は、目を開けた。


「とうや!」


 時はもうすでに夕方で、夕陽が綺麗に見えた。

 それをバックにするように、夕陽の前には僕を見ながら泣き崩れているきなの姿があった。


「とうや兄ちゃん、心配したんだぜ!」


 周りを見てみると、カズキ君、トモヤ君、アリスちゃん、そのほかにも大勢の大人の人が居た。


「君、大丈夫かい?」


 やさしそうな顔をした男性が、心配をするように僕に話しかけてくれた。


「はい、特に異常は無いですけど」


「良かった。心配していたんだよ。この子を君が受け止めてからもう二十分程も気絶していたんだから。この子が特に泣きやんでくれなくて……」


 長い夢を見ていたような気がしていたので、すっかり忘れてしまっていたが、僕はきなを受け止めようとして走っていたのだ。

 そんな風に状況を整理していたら、きながいつもよりも強く抱きついてきた。


「とうやっ、とうやっ!!」

「ごめんっ、心配かけちゃったね」


 僕は泣いているきなの頭を優しく撫でながら謝る事にした。そして、きなは泣きながら僕に心の内にある言葉を紡いだ。


「ひとりぼっちは……もういや……!」


 きなは僕の胸の中で、静かに、でも確かにそう言ったのであった。



 五時


 あの後、泣いているきなをなだめて、僕達は帰る事にした。

 泣き疲れてしまったのか、きなは僕の背中で熟睡中であった。


「今日はごめんねみんな。せっかく遊んでもらったのに、こんな風になっちゃって。こんなんじゃ『お兄ちゃん』失格だね」


 冬夜は自嘲気味に笑いながらカズキ君達に言った。


「しょ、しょうがないよ!あれは単なる事故だったんだから」

「そうですよ。人間、たまにはああいうこともありますし」

「トウヤ兄さん、元気出して!」


 三人はとてもいい子だったので、冬夜を励ましてくれた。

 その言葉が、今の冬夜にどれほどの救いとなったかを、彼らは知らないだろう。

 夕日が沈む中、四人は家に帰る道をゆっくりと歩いて行くのであった。



 六時


 三人をカズキ君宅にまで送り届けた冬夜は、きなを背負いながら、自分の家まで帰るのであった。と言っても、カズキ君宅に近いご近所なので、特に苦労することは無いのだが。


「とう……や?」

「おはよう、きな」


 背中で眠っていたきなは、まだ寝ぼけ眼で冬夜の方をしっかりと見ていた。

 こんな季節のせいか、夕日はすぐにおちてしまい、もうすでに夜になっていた。

 歩いている途中、きなはおとなしく冬夜の背中に乗っていた。そんななか、きなは小さな声でつぶやいた。


「ごめんね、とうや」


 きなは冬夜の背中で申し訳なさそうに誤った後、続けて言った。


「わたし、ひとりになると思うといつも悲しくなっちゃうんだ。理由はなんでかわからないんだけど」


 きなのその言葉を聞いて、冬夜は夢の中のことを思い出していた。夢の中に居た少女も同じことを言っていて、しかもきなのような尻尾もあったように見えた。

 もしかしたらあれはきななんじゃないかとも思えたのだ。――根拠なんてほんの一握りぐらいしかないのだが。


「とうや、わたしのそばに……ずっといてくれる?」


 冬夜の服を強く握りしめながら、きなは小さい声で冬夜に尋ねた。冬夜はゆっくり歩きながら、普段通りの調子できなに返答した。


「僕は、ずっとそばに居るよ。約束したじゃないか。この気持ちは変わらない」


 会ったばかりの子に、こんな風に言う自分がどうかしていると思いながらも、冬夜はきなにそう告げるのであった。彼女の不安を取り去るために。

 きなに告げた後も、冬夜は歩みを止めずに自宅に向かった。 



 七時


「いただきます」


 今日は簡単に野菜炒めと、この前安かったマグロの刺身である。きなは、おいしそうに箸を持っておかずを取ろうとしていた。


「今日は自転車乗れて良かったね」

「うん!」


 きなはマグロを食べながら笑顔で答えるのであった。


「さいしょはいっぱいころんだけどね……いたかった」

「良かった。お友達もたくさん作れたみたいだし」

「うん。カズキ君やトモヤ君、それにアリスちゃんとも仲良くなれたよっ」


 そう答えた後、きなは野菜炒めをご飯茶わんの上に乗せると、一緒に食べるように口の中に両方とも運んだ。笑顔で食べてくれている姿を見ていると、こっちも優しい気持ちになってくるようだ。

 こんなふうに会話をしながら、今日の食事は進んでいった。



 九時


「きなーお風呂わいたよー」

「わぅっ!?もうこんな時間なんだ……」


 こたつに入ってテレビを見ながらみかんを食べていたきなは、ぱたぱたと耳と尻尾を揺らしながら冬夜のいるドアの方に走っていった。

 ドアの前で待っていた冬也は、きながドアの前までに来たことを確認すると、きなと並んでお風呂場に向かうのであった。

 きなが着替えている間、冬夜は風呂のドアの前で立ち尽くしていた。ドアの奥からは、肌と布がこすれる音が静かに響いた。


 ――平常心……平常心……。


 内心そわそわしながら冬夜はきなが着替えるのを待っていた。一緒に生活を始めて今日で三日目だが、やはりこの時間だけはそうそう慣れるものではなかった。いや、慣れることはないだろう。


「とうや、きがえおわったよ」


 ドアの奥から、着替えの終わったきなの声が聞こえてきた。

 ドアを開けて中に入ると、きなの姿はなく、風呂場の電気がついていた。 昨日と同じように、きなには先に入ってもらったのだ。そのせいか、風呂の中からはシャワーの音が聞こえる。

 着替えを終えた冬夜は、風呂のドアを開ける。


「暖まってるみたいだね」


 風呂の中では、体にタオルを一枚巻いただけの無防備なきなが、気持ちよさそうに湯に浸かっていた。風呂の暑さのせいか、顔がほんのりと赤くなっている。


「とうやもはやくっ。さむいから風邪ひいちゃうよ?」

「それもそうだね」


 冬夜はきなと一緒に風呂に浸かることにした。

 冬夜が入った瞬間、水かさが上がり、風呂からお湯が外に流れ出していく。その水の流れに興味があるのか、きなは流れゆく水を楽しそうに観察していた。


「はぁ……少し疲れたね」

「でも、自転車にものれるようになったり、お友達もつくれるようになって、わたしはきょうすごくたのしかったよ!」


 きなは嬉しそうに笑顔を見せた。


「……?とうや、どうしたの?」


 きなは不思議そうに聞いた。

 女の子や、もう彼女を作ったことのある人間にはわからないかもしれないが、こんな風に純粋に女の子から笑顔を向けられたら、すごく嬉しいということもあるが、やはり恥ずかしいとか照れると思うことの方が強い。

 そんなことを考えていると、ふときなが立ち上がる。


「とうや、またあたまあらって?」

「……うん。いつも通り体は自分で洗いなよ?」

「わかった!」


 そういうと、僕の心も知らずにきなは体を洗い始める。いきなりきなはタオルを取った。冬夜は即座にきなに背中を向けるのであった。

 背中越しにきなが体を洗う音が聞こえる。その音が、今日は妙に生々しかった。


「……とうや? とうや?」


 きなに名前を呼ばれたことに気付いた冬夜だったが、なぜきなが不機嫌そうな顔をしているのかがわからなかった。理由は簡単。きなの呼びかけに冬夜が三十秒近く気づいてあげなかったからである。

 その間きなはずっと冬夜のことを呼んでいたのである。


「とうや、どうしたの?」

「いやいや、大丈夫だよ?それで何だっけ?」


 一拍置いた後、冬夜は話を聞いていなかったので、きなから用事を聞くことにした。


「あたま、あらってほしいな」


 体に洗い残しの泡を纏いながら、きなは冬夜に聞いた。

 聞かれた後に冬夜は、きなが既にタオルを巻いていることに気付いた。


「そうだね。約束してたから洗おう」

「にゃふっ」


 頭を洗っている最中は、きなは静かに、それでいて嬉しそうに何もしてこないのだ。……不思議だ。



 十一時


 お風呂から上がった冬也たちは、パジャマに着替えた後、冬夜の部屋に向かった。

 きなはベッドの上で楽しそうに今日の感想を話していた。冬夜自身も、きなが自転車に乗れるようになったのはとてもうれしかった。これからは彼女と一緒に遠くにも遊びに行けるようになったのだから。

 しかし、そろそろ初詣の時間も迫ってきているので、それはもう少し後かもしれないなと、冬夜は考えていた。

 話が終わると、きなは疲れていたのだろう。ベッドの上でぐっすりと眠ってしまった。

 静かに寝息を立てるきなの頭を冬夜は撫でた。きなの洗ったばかりの髪の毛をなるべく傷つけないように。


「今日も……楽しそうだったね」


 冬夜はそう言って、部屋の電気を消して自分もベッドの中に入った。今日もいろいろありすぎて少し疲れた。

 きなが来て今日が三日目だが、彼女のおかげでいつもの冬休みより楽しいものになりそうだ。

 彼女のことはもう少しかかりそうだが、何とかなるだろう。いや、何とかなりそうな気がする。

 冬夜はそんな適当な考えで、今日も眠りにつくのであった。



(三日目 終了)

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