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僕と尻尾の冬休み  作者: 柴健
僕と尻尾の冬休み編
6/30

四日目 午前

 12月29日


「おはよう! とうや」


 鳥の鳴き声が聞こえる朝、僕を起こすきなの声で目が覚める。今まで僕より遅く起きていた彼女が珍しく早起きをして起こしてくれたようだ。

 それだけじゃない。眠っていた体を起こしてきなを見ると、今日のきなの服装がいつもの白いワンピースだけでなく、上から白いエプロン姿を着ていた。


「どうしたのきな?」

「どうしたのって?今日はきなが朝ご飯の準備をするっていったよ? ……だから、先に下で待ってるよ!」


 そう言って、きなは僕の部屋を飛び出して、楽しそうに階段を下りて行った。不思議だ。きなとはそんな約束した覚えがないのだが。

 とりあえず起き上って階段の前に立つと朝食の良い香りが鼻孔をくすぐる。どうやら朝食はもう出来上がっているようだ。


 リビングの中に入るときなが笑顔で出迎えてくれた。テーブルの上にはおいしそうな朝食が並べられている。


「準備はできてるから、はやくたべようよとうや!」

「そうだね」


 きなに急かされて僕は椅子に座った。僕の目の前ではきなが楽しそうに手を合わせていた。


「いただきます」

「いただきます!」


 きなが作ってくれた朝食は、とても丁寧に、おいしく出来上がっていた。さすがきなの学習の能力と言ったところだろう。


 食事の終わった僕達は、仲良く食器を洗いだした。そんな空間には、心地の良い水が流れる音、食器とスポンジがこすれる心躍る音、笑いあう僕達の音が流れていた。

 こんな楽しい時間が、いつまでも続けばいいなと切なくも思っていた。


 食器を洗い終わった後、僕は今日の予定をきなに尋ねた。


「今日は何をしようか?」

「今日はね……わふぅ……」


 と言った後、きなは不自然にうつむく。

 心配だったので僕はきなの傍まで様子を(うかが)うためにゆっくりと歩み寄った。

 その時、きながふいに頭をあげて顔を近づけてきた。


「好きだよ……とうや」


 きなの唇が、僕の唇に重なりそうになる。


 (そんな……いきなり!? 僕達はまだ出会ったばかりの間柄だよ? それにまだ、心の準備が!!)



 八時


 目を覚ますと自分の部屋が目の前にあった。そして自分の横には、いつものように少女らしく寝息を立てるきなの姿があった。


「むにゃ」

「…………なんだ。夢か」


 しかし、夢にしたって会ったばかりの子にあんなことを望んでしまったのか僕は。と冬夜はほっぺが赤いことに気付くと、一人心の中で落ち込むのであった。

 体を起こした冬夜は、まだ寝ているきなに再び布団をかけてリビングに向かった。


 (今日は何を作ろうかな)

 キッチンの冷蔵庫を開けた冬夜は、朝食のアイデア探しのために、冷蔵庫の中にある食材を手当たり次第に探した。

 (いつも通り残り物で作った朝食になっちゃいそうだ)

 そう思うが早いか、冬夜は冷蔵庫から材料を取り出すと、朝食の準備を手際よく進めるのであった。



「おはよう、とうや」


 朝食を作り始めてから数分後、寝ぼけ眼を擦りながらきなが起きてきた。冬夜はフライパンを持ちながらきなに挨拶を返した。


「おはよう、きな。今日はすぐに準備が終わるからもう少し待っていて」

「わかった!」


 きなは元気よく笑顔で返事を返すと、テーブルに戻る――のではなく、キッチンに置いてある食器棚に向かいお箸やお皿の準備を始める。


「今日は、なにをつくったの?」

「目玉焼きだけだよ。主食は食パンだから」

「そっか。それじゃ、お皿とお箸と……」


 きなは食器棚から、お皿とお箸を持つと、お皿はキッチンに、その後お箸をテーブルに持って行った。

 冬夜は作り終わった目玉焼きをきなが持ってきたお皿に盛ると、別のさらに乗せた食パンと一緒にテーブルに持っていくのであった。



「ごちそうさま!」


 食事が終わると、いつものように冬夜が皿を洗う。そしてその隣には、冬夜が洗った皿をふきんで拭いていくきなの姿があった。

 今朝見た夢のように、きな自身がお皿を洗ってくれる日もそう遠くないだろう。


「とうや、今日はなにをするの?」


 お皿を拭きながらきなは楽しそうに、それでいて笑顔で冬夜に尋ねる。

 お皿は洗いながら、少し上の方を見るようにして今日の用事を思い出す。


「今日はスーパーで安い物があったはずだから、またお買い物に行こうか」

「うん!」


 元気よく返事をしたきなは、買い物に行くのがとても楽しみなのか、お皿を洗うスピードが速くなった。

 冬夜も支度をするために、きなに負けない速さでお皿を洗うのであった。




 十時


 窓を開けてみると昨日と同じように外は寒気に見舞われていた。

 きなが風邪をひくといけないので、冬夜はタンスから自分の防寒具をきなに手渡す。少しきなには大きい気もするが気にしない。


「……あったかい」

「まぁ、防寒具だからね」


 冬夜自身も防寒具を装備すると、きなと一緒に階段を降り玄関のドアを開ける。

 今日は天気はあまり良くない。空一面には灰色の雲が立ち込めていた。


「いやなてんきだね」


 きなはいつもの笑顔ではなくどこか不安そうな表情を浮かべていた。まるで何かに恐怖するかのように。

 冬夜は家の鍵を閉めると、きなの手をつないでスーパーに向かうのであった。

 日中にも関わらず、雲のせいで暗い道をきなと冬夜は二人で歩く。スーパーに行くだけのはずなのに、二人はどこか得体の知れない重苦しい空気を感じ取っていた。


「……とうや、こわいよぉ」

「大丈夫。たぶん怖いのは天気が暗いせいだよ。明るく行こう!」

「そういういみじゃないんだけど……」


 冬夜はまるで知らないというふりをして震えるきなを励まそうとしたのだが、どうやらきなも同じようなものを感じ取っている、と言うことに気付いた時。

 近くに何かがいる感覚に冬夜は、


「そこに居るのは誰だ!」


 冬夜は道を振り返り――――後ろの『何か』に対して叫び声をあげる!

 その瞬間、空間が一瞬揺らいだと思うと一人の男性が二人の目の前に姿を現す。


「良く分かったな人間」


 肩よりも下にある黒い長髪の男性は特徴的な姿をしており、神社の神主のような服を着用していた。顔にほうれい線があり中年男性であることがよく分かる。そして腰には本来持つことすら有り得ないであろう物騒な刀まで帯刀していた。

 男は暗い瞳で二人を見据え、不敵な薄い笑みを浮かべた口で言葉を紡ぐ。


「私は今からそこに居る『四気神(シキガミ)』を貰い受ける。抵抗の意思を示さなければ、貴様に危害は加えない。しかし、抵抗の意思を見せれば……貴様には即刻この場でこの世から消えてもらおう」


 後半の物騒な言葉辺りから、男の殺気が空気を震わせる。

 (こいつは、ヤバい!)

 冬夜の生命本能が己に対してそう語りかける。

 『四気神』――――それはおそらく、きなのことだろう。

 何にしても、目の前に得体のしれない男にきなを渡すほど冬夜は落ちぶれているつもりはない。

 男を見ながら震えて動かないきなを下げるために冬夜は叫ぶ。


「きな、早く下がって!」

「そうか、抵抗の意思を示すか……!」


 きなが冬夜の言葉で後ろに下がったその時、男が呟いたかと思うと冬夜に向かって飛び込んできた。

 その服装からどうしたらそんな速度が出るのかと疑問に思えるほど、男の移動速度はもはや人間の物ではない。

 冬夜の懐をついた男は冬夜の腹に正拳突きをねじ込む。

 男のただの正拳突きで冬夜の体は宙に浮いて吹っ飛ぶ。その時点で気を失っている冬夜は、どしゃり、という音とともに重力で地面に強く叩き付けられた。――――頭蓋骨が地面に落下したときの鈍い音が辺りの空気に響き渡る。


「とうや!?」


 きなは後ろの地面に飛ばされた冬夜に歩み寄った。

 倒れている冬夜の口からは紅い血が頬に伝っている。人の耐久力ではあの攻撃を受けて目を開けるのは難しい。


「とうや、とうや! しなないで!」

「悲しきものだな。人間と言うものは」


 男は倒れている冬夜ときなの方に向かってゆっくりと足を進める。

 きなは恐怖と悲しみのあまりその場所から動くことができなかった。否、あえて動かなかったのだ。自分の大切な人が目の前で倒れている。放っておくことできない。


「それでは行こうじゃないか『四気神』よ。我と共に」


 男がきなに手を伸ばそうとしたその時、何かが男の顔の前を掠める。いきなりの状況に驚いた男は奇襲だと思い後ろに跳ね飛んだ。


「まったく、いきなりの出来事に油断してしまいましたよ」

「とうや!」


 男の目の前をかすったのは冬夜の方足。男が後ろに下がったことを確認すると、冬夜は体をばねにするように跳ね起きた。


「貴様、我の拳を喰らって何ともないのか?」

「いや怪我はしてますよ。吐血しているのが良い証拠ですよ」


 口から頬に伝っていた血を手の甲でふき取りながら男を睨み付ける。

 確かに、冬夜の体は規格外の攻撃を受けて肉体的にも精神的にも大きなダメージを受けている。

 それでも彼が勝てる見込み無しのあの男に挑むことができるのは、冬夜自身をとある気持ちが支えているからだ。

 きなと一緒に星を見たい。

 きなと一緒に色々なことを自分も学びたい。

 きなと一緒に――――。

 そして一番は、彼女を一人にしたくはなかった。

 一人でいることに怯えている今の彼女を一人にはしたくなかった。

 四日間で生まれてしまった他から見てみれば安い感情。

 覚悟なのかもしれないが、それでも今の満身創痍の冬夜を支えるのには十分すぎる気持ちだった。

 だから今、冬夜は余裕の笑みを男に向ける。一方の男は、さっきよりも冬夜を強く睨んでいた。

 そうして冬夜の方に再び高速で入り込む。


「パターンが丸見えですよ!」


 懐に来た男にタイミングを合わせるように、体のばねを使って回転蹴りを相手の横腹に放つ。

 タイミングはぴったりで、今度は男の方が吹き飛び、民家の家の壁にぶち当たる。


「とうやすごい!」

「貴様、なぜ我の動きを読める!? ましてや人間の癖に!」

「なんででしょうね? 特技は人並み以上に色々できることを自負しているのですが」


 そう言って冬夜は男の方に向かって再び構える。攻撃が一発決まったらと油断するわけにもいかない。

 叩き付けられた壁に寄りかかっていた男は、ぶつぶつと何かを言い始めた。


「――あま――こと。貴様は、また我の邪魔をするのか!!」


 男は怒声とともに腰につけていた刀を抜刀すると、刀を担ぐかのように両手で構えて冬夜に向かって特攻する。

 しかし冬夜は動かない。なぜなら彼の後ろにはきなが居たからである。このまま冬夜が避ければ、そのまま被害はきなに向かう。

 上記の理由から冬夜の体は男の刀身を己の体で受け止めることとなった。

 (一かばちか……試すしかないよな)

 冬夜は昔何かの本で読んだ知識の中にある『白刃取り』を思い出していた。

 勿論、剣術の経験すらない冬夜にとって、今回の白刃取りの成功確率は極めて低い。

 それでも、相手の動きを見極めるように冬夜は体を微妙なポイントまで動かし刀を受け止めるような構えを男の方に向けた。

 男の刀の薙ぎが冬夜に向かって綺麗な孤を描く。


「……ッ!」


 刀の刀身は冬夜の手の中に――――納まらなかった。


 前のダメージで頭を揺らされていたせいか、冬夜の反射神経は通常よりも鈍っており冬夜の手は刀を納めるには程遠い場所にあった。

 薙ぎの一閃は、冬夜の体の正面に大きく綺麗な一筋の傷をつけ、その傷からは真っ赤な鮮血がほとばしる。

 冬夜の顔は痛みに歪み、彼の脳は激痛の信号が走ることと気が遠くなるのを同時に感じていた。体は重力に従いゆっくりと地面に倒れる。地には彼の血で出来た小さな水たまりが広がっていく。


「とうや? ねぇ……とうや?」


 きなの小さくやわらかな手が冬夜の頬に触れる。きなの手のひらには、今もなお冷たくなっていく冬夜の体温が広がる。

 血が通っているときの暖かさは今の冬夜には無い。

 その変化が彼が死に行くことということを、人の死を学んでいないきなにとっても本能で理解した。


「とう……やぁ……」


 きなの頬には大粒の涙がいくつも冬夜の顔に零れ落ちる。彼が死ぬことで悲しみに暮れる少女の涙は、冬夜の血だまりの上から地面に小さな水たまりを作った。


「その男にはまだ息がある。そこをどけ、四気神」


 男は刀に付着した冬夜の血を刀を振ることで飛ばし、再び刀を構える。目の前で倒れている殺すべき対象を滅するために。この男に手加減という言葉はない。ましてや敵なんかに。

 男は刀を振り下ろそうとする。


「もう、やめて……」


 体を震えさせ、涙を流しながら、きなは両手を上げて男の前に立ちふさがる。

 

「ならば、我と共に来るか?」


 男の問いかけにきなは黙ってうなずく。

 きなにはこれしか方法がないから。どんなことを投げ捨てても、背中でかろうじて息をしている少年を黙って見殺しにすることなんてできない。

 そのことを確認した男は刀を鞘にしまいきなの手を掴む。


「……まって」 


 男とつないだ手を放して、きなは最後に冬夜の口に軽いキスをした。――一つの言葉を彼に残して……。


「――――」


 一連の行動が終わった後、きなと男は、まるで超能力のように一瞬にしてその場から消え去ってしまった。

 場にはかろうじて息をしている冬夜が誰に気づかれることもなく残された。



「……間に合わなかったか」


 遅れて、一人の青年が、倒れている冬夜の目の前に立った。

 若い風貌の茶髪な青年は、間に合わなかったことへの謝罪なのか、冬夜の死体に向かって合掌した。


 12月29日、午前十時半ごろ。

 少年、柴咲冬夜の命は、高校二年の冬の季節の中で、静かな終わりを告げるのであった。

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