三日目 午前
12月28日 朝八時
「ーーーーーーっ」
声にならないような声で柴咲冬夜は背伸びを始める。もちろん、隣で幸せそうに眠っている彼女を起こさないように気遣う程度の声量で。
寒さで体がぶるっと震える。冬も中盤なこの時期、さすがにストーブなどの暖房器具を自分の部屋に置かないのはさすがに危ないかと朝から冬也は考え込む。
一応エアコンが部屋に一つ設置してあるが、暖房に使うエアコンは電気をとても使う。と言う今となってはどこから仕入れてきたか覚えていないという曖昧な情報が頭の中にあるので、柴咲冬夜はなんとなくエアコンを暖房代わりに使用することはあまりない。まぁ、風邪引きそうになる時は使用するのだが。
ではストーブを設置しろよと言う話になるのだが、何しろ二階にまで持ってくるの+その後に灯油が切れたらさらに灯油を持ってくることの二つのことが単に面倒くさいので冬夜は自分から暖房器具を持ち込もうということをしない。まぁ、自分が布団に入れば大体暖かいと言うのも一つの理由でもあったりする。
それに……と、冬夜は隣で眠っているきなの方に目を向けた。
なぜなら、冬夜はきなと一緒に眠る事によってすごく温かいので実はあまり防寒器具には困っていない。これが一番の結論だと思う。これを聞いてもう既に終わってしまった電●文庫のラノベを思い出したあなたは最高だ。敬意を称したい。
と長々と自分の生活論について考えてしまったが、一階に降りてくるきなは寒いと思うので、僕はきなのために一階に暖房を付けに行くのであった。
もちろん、きなは寝かせたまま。
「さて……今日のメニューは……」
昨日、きなと買い物をしたおかげで食材は多めに確保してある。それはもう朝食を作るのが朝飯前になるくらい。ん?朝飯抜いたら意味無いような……?
なんかすごくアホらしいことを考えていたら、
「とうやぁー。おはよぉ」
「おはよう。今日は早いね」
「おふとんの中にとうやがいなくなったのすぐわかったから」
どうやら、基本僕より遅く起きるきなにとっては、僕が先に抜けたベッドの中は少し寒いようだ。後で上着でも用意してあげればいいかな。
「それで、起きてもらったばかりで悪いけど、きなはご飯とパンどっちが食べたい?」
「ごはんっ!」
きなのリクエストはご飯のようなので、朝ご飯に相応しいメニューを考える。
目玉焼き……は昨日食べたばかりなので、今回は思考を変えて卵焼きを作ろうと思う。卵料理ばかりではと言うのはご法度である。
さて、そこから連想される添え物……!!
冬夜の頭が朝だと言うのにフル回転する。まるで星と星を繋ぎ合わるぐらいに簡単なほどイメージがわいてくる。どうやら今日はすこぶる調子が良いようだ。
「これなら究極の朝ご飯が作れるよっ!」
半ば自分でも何言っているか分からないが、ハイテンションなのだからしょうがない気もする。人間機嫌が良いとこんな感じになると思う。と考えると、今の僕はすごく人間らしいのではないか!?
「なんか今日のとうやこわいよぉ……」
「いただきます」
「いただきます!!」
今日の朝ご飯は、卵焼き、納豆、大根おろし、鮭の塩焼き、ほうれんそうのおひたし、豆腐とわかめの味噌汁、etc……
と豪華な朝ご飯になってしまった。
「とうや……どうしてこんなにつくったの?」
「えぇっと……気分で作りました」
物事をしてから後悔するのも、やはり人間らしいと自分で思える。
「とうやぁ……。もうたべられないよぉ」
ある程度の量を食べたきなは気分悪そうに言った。作った本人である僕も食べきれない状態にある。正直つらい。
全部食べ切らなくてもいいと言う発想を思いついて、日常の料理には別の意味で縁が切れないアイテムを思い出した僕はさっそく台所に向かう。確か大きめの引き出しの中にあったはずだ。
戻ってきた冬夜が持ってきたものは……。
「じゃーん! サランラップ!」
「おぉ! なにそれ!?」
きなは興味津々なのか、雪のように真っ白な耳と尻尾を揺らしながら質問した。
言うより見た方が早いと思った僕は、容器からラップを取り出し、料理が残っている皿の上に広げてラップを被せた。
「これは、料理にほこりが入らないのと同時に、おいしさも保存できる画期的なアイテムだよ!」
「すごい! すごいよとうや!!」
「いや、すごいのは僕じゃなくて発明した人だよ」
とサランラップにもテンションを上げながらきなと話をしていたが、僕個人もこういう新鮮な反応を楽しみながらおしゃべりをしていた。
九時
「あ~おなかいっぱい!」
「それは良かったよ」
隣で満足そうな笑顔を浮かべているきなに僕は笑顔で返した。やっぱり自分で作ったもので他人が喜んでくれるのはとても良いものだ。
食器を洗い終わった僕は、掛けてあるタオルで手を拭きリビングに向かう。その後ろできなはとてとてと可愛らしく着いてくる。
テーブルに座った僕たちは、今日の予定について話し合うことにした。
「冬休みはあと七日。まだ時間はあると思うけど、きなは何がしたい?記憶探しは昨日で終わったに近いし、きなが絵本で興味を持ったことなら出来る限り何でもいいよ」
そういうと、きなは考えるポーズをした。
そのポーズをした数分後、きなは考えることをやめて口を開いた。
「じてんしゃに乗りたい!」
「……自転車?」
個人的には拍子抜けした答えだった。でも確かに、自転車に乗ることは重要なことかもしれないし、きなにとっても自転車に乗ることは色々と教育にいいかもしれない。
「うん、分かった。今日は自転車の練習をするために、公園でピクニックでもしようか」
「えっ、ピクニック!? たしか広いところに行って、おべんとうをたべること!?」
(まぁ……間違ってはいないかな?)
と言うことで、今日の予定はきなが自転車に乗れるようになることと、そのついでにピクニックをすることに決定した。
しかし、一つだけ問題があった。
「……自転車がない」
「にゃっ!? じてんしゃないの?」
自転車は一応あるのだが、それも一つ下の弟と僕の分の自転車しかない。きなに合う小さな自転車でもあればいいのだが、生憎うちには無い。さすがに僕の自転車をきなに乗らせるのは、自転車もきなも危険であろう……。そんなことは火を見るよりあきらかであった。
「ふえぇ……。きな、じてんしゃのれないの……?」
「ごめん! ……って無いなら借りてくればいいか?」
「かりるって……だれに?」
「昨日会ったカズキ君だよ」
そう、昨日スーパーで偶然会えた近所に住む小学六年生の少年、カズキ君である。あの子ならきなが乗れそうなくらいの自転車を持っているかもしれない。年頃の男の子なら自転車を欲しがらない訳は無いだろう。
と言うことで、お弁当を作るよりも先にカズキ君宅に向かうことにした。
十時 カズキ君宅
外は晴れていた、良い具合のピクニック日和だ。僕はきなの手を握ってカズキ君宅まで歩いて向かうことにした。
カズキ君の家は僕の家から歩いて5分も掛からない距離になるので楽だ。そうして、インターホンについても教えておくために、きなに説明した後押させてみた。インターホンを押そうとしているきなは緊張しているようで、指をプルプル震えさせながらボタンを押した。
ピンポーンとお決まりの音が鳴る
「はーい」と扉の奥から元気のいい少年のような声が聞こえてきた。おそらくカズキ君であろう。バタバタと走ってくるような声が聞こえた後、と扉の奥から声が聞こえてきた。
「どちらさまですか?」
「カズキ君、僕だよ」
「僕……? オレオレ詐欺じゃなくて、ボクボク詐欺ですか?」
「いやいや、そんな胡散臭い青年そうそう居ないよ……。僕だよ、柴咲冬夜です」
こんな感じで、お決まりのあいさつをギャグを加えながらするのがカズキ君流らしい。名前を言った後勢いよく扉が開かれ、
「こんにちは! 冬夜兄ちゃん!」
「こんにちは、カズキ君」
そんな挨拶をした後、後ろに居たきながひょっこりと顔を出した。まだ顔見知りはするようだ。
「カズキ君……こんにちは」
「きなちゃんも来てたんだ!今日はどうしたの?おすそ分け?冬夜兄ちゃんの作る漬物おいしいからね!」
「いや……残念だけど今日はおすそわけじゃないんだ、ごめん。今日はカズキ君に頼みがあって……」
カズキ君に自転車を借りることついてのことをすべて説明した。すると、「分かった!」と言った後にカズキ君はどこかに走って行った。
数分後、きなにぴったりの大きさの子供用の自転車をカズキ君は押してきた。
「へへっ。これが僕の自慢の自転車、『ライトニングカズキ号・ゼロシキ』だよ!かっこいいでしょ!?」
子供らしいネーミングだが、なんだか少しカッコいい気もする。しかし、名前に反して普通の見た目の子供用の自転車であった。
見た目は青がベースの自転車で、片方のタイヤには補助輪が装着されている。きなが練習するのにもぴったりだ。
その自転車を見たきなはと言うと、始めてみる物だからか、目をらんらんと輝かさせて自転車を見つめていた。
「カズキくん、カッコいいね!」
「そ、そう?トウゼンだね!!」
名前の方か自転車の方かと言うことは別として、へへっと嬉しそうにカズキ君は照れていた。
「本当に借りていいの?」
「ダイジョウブ! 冬夜兄ちゃんにはいつも遊んでもらっているし!」
「分かった。ありがとうカズキ君。ところで提案なんだけど、これから僕達ピクニックに行くんだけど、カズキ君も行くかい?」
自転車を貸してくれるお礼でもあるし、きなに友達を作らせるのにも悪くないと思い僕はカズキ君を誘ってみた。
するとカズキ君は嬉しそうな顔をして、
「おおおおおおおおおおおおおお! 兄ちゃんときなちゃん達でピクニック行くの!? 僕も行きたい行きたい! ……あっ、ボク一人だけなのもアレだし、近所の友達連れてくるね!!」
「あっ、ちょ……」
ちょっと、と言う前にカズキ君は早々に友達の家に向かって走って行ってしまった。ただ立ち尽くす僕達の前に、カズキ君のお母さんが家から出てきた。
「こんにちは、冬夜君」
「こんにちは、カズキ君のお母さん」
体にエプロンを着ているカズキ君のお母さんは、温厚そうな笑顔で迎えてくれた。
「話は聞いてたわ。ピクニックに行くんですってね。……あら?その子は誰なの?」
「えっと……きなって言います。知り合いから預かっている子……です。きな、あいさつは?」
「……きなです」
「あら……どうもご丁寧に。カズキの母です」
きなに礼儀について教えておいて正解だったようだ。そうして、次に質問されることも大体予想通りだった。
「ところで冬夜君、きなちゃんの耳に付いているのはなにかしら?」
「これはわたしの……」
「新しいタイプの耳当てです」
僕はきなが言いきる前に即答した。さすがに本物の耳と言ったらきなの方が誤解されるだろうから、とりあえずここは耳当てにすることにした。季節的にも間違いではないだろう……冬だし。
「可愛らしい耳当てね」
「ありがとうですっ」
ちゃんとお礼は言えているのだが、やはり僕が嘘を言ったせいか少し顔が浮かない感じだ。……後で謝っておこう。冬夜は心にそっと思っていた。
そんな時、騒がしい子供達の声が玄関の左の方角から聞こえてきた。どうやら、カズキ君とそのお友達御一行のようだ。
「冬夜兄ちゃん! ボクの友達連れて来たよ!!」
カズキ君の後ろには、男の子と女の子が居た。ほとんどいつもカズキ君と遊んでいる子供たちで、僕とも遊んでいるので顔見知りの子たちばかりだった。この人数なら、きなの友達作りには丁度いいかもしれない。
「えっと・・・カズキ君。連れてきてくれたのは良いんだけど、僕達まだピクニックのお弁当作ってきてないから、僕達はいったんお家に帰るね。」
「うん、分かった! それじゃそれまでみんなであそぼー!!」
カズキ君とそのお友達二人は、「おー!!」と言ってカズキ君の家に入って行った。もちろん「おじゃまします!」と言う挨拶も忘れずに。みんな礼儀正しいのだ。
「それじゃ僕達もこの辺で失礼します」
「そう。待っているわ」
「おじゃましました!!」
カズキ君のお母さんが手を振っているのを背に、僕達はお弁当作りのために一旦家に戻るのであった。
「えっと、弁当箱は……」
カズキ君の家を出て自宅に帰ってきた冬夜は現在、ピクニック用の弁当箱を探すために押し入れの中を捜索中であった。
「あった。これであの人数分足りるかな…?」
「……とうや」
僕の服の裾を引っ張る少女……きなは、さっき思った通りなのかうつむいていた。その姿はとても悲しそうだった。
「あのね、昨日も聞いたんだけどね、やっぱりきなは……」
「変じゃないよ!」
きながビクッと震えるのに気がついた。無意識に手を繋いでいたから。
「たとえ周りの人が変だって何回も、何十回言っても僕は変だとは思わない! だって、そのままのきなが……!」
口にしそうになった言葉を間一髪で止めた。今は口にするべきじゃないし、彼女に変な風に思ってほしくない。それよりも僕は何で……?
「にゅー……」
「あっ……ごめん! いきなり大声出して」
大きな声を出してしまったせいか、戸惑っているきなに冬夜は謝罪した。しかし、きなは首を横に振って笑った。
「うんうん、ごめんね。きな、ほんとうはすごく不安なんだ。きなはとうやと違って、おみみの形も違くて、しっぽもあって、もしかしたらお化けなんじゃないかって。ごほんでよんだお化けみたいに……」
化物。確かにそうなのだろう。僕達とは、人間とは違う耳と尻尾を持つ彼女を普通だったらそう呼ぶのだろう。こんなにも愛らしく、素直で、真面目で、感情豊かで、どこの誰よりも人間らしいこの子を――。
「……そうだね。みんなはその耳と尻尾が本物だと知ったら、きなのことをそんな目で見るのかもしれないね」
「っ!?」
クライ顔をしていた彼女の顔には、キョウフの色が浮かんでいた。それはまるで、自分の見る世界が全て――色に染まっているかのように。
「でもさ、僕はずっときなの側にいてあげるって約束したよ?」
「……わたしがおばけだったとしても?」
「うん。だって僕は、そんな風に笑ったり悲しんだりするきなをお化けと思わないから」
僕にとって化物と言う存在はね?
自分と相手に嘘をついている奴をいうから
「……そう、――みたいに」
「とうや?」
「だから、僕はきなの傍に居る。それにきなは記憶を無くしているんだ。本当はお化けなんかじゃなくて、神様や妖精みたいな素晴らしい存在かもしれないよ?」
「……そっか、わたし元気でてきたよ!だって」
とうやはわたしの傍にいてくれるから
私がワタシであることが分かるまでは……いつまでも。
さっきまで泣きそうになっていた彼女の顔は純白色に染まっていた。それは彼女が暗闇から自分の色を見つけたかのようだった。そんな彼女に、ガンバレと言う想いを込めて今できる最大の笑顔を彼女に向けた。
十一時 カズキ君宅
「カズキくーん!お弁当できたから遊びにいこー!」
あれから数十分後、お弁当の準備をし終えた二人は、カズキ君とそのお友達と一緒にピクニックに行くために、カズキ君の家に足を運んだのであった。
外から大きな声で呼んだおかげなのか、家の中から聞こえるぐらいの階段を駆け降りる音が聞こえてきた。冬夜はその音を聞きながら思っていた、それほどまでに楽しみにしてくれているのは正直嬉しい気もする。
「冬也兄ちゃん! 準備できたなら、早く行こう!」
一番最初に扉から出てきたのはカズキ君だった。そして、でてきて早々に家の外に向かって走ろうとしていた。僕はどこかに走って行きそうになるカズキ君に声をかけた。
「カズキ君!どこの公園に行くか分かってるー?」
「……あっ」
僕の言葉の意味を察したのか、カズキ君はとぼとぼと玄関の方に向かって歩いてきた。
「柴咲さん、こんにちは」
「こんにちは! 冬夜さん!」
「こんにちは、アリスちゃんにトモヤ君」
カズキ君より遅れて出てきた二人、真面目そうだが、どこか冷めている雰囲気の少年はトモヤ君。カズキ君とは幼なじみである。
一方、外国人のような金髪碧眼で、その長い金髪は後ろでポニーテール状に縛られている。彼女の名前はアリスちゃん。二年前にこのあたりに引っ越してきた少女だ。
「えっと、そっちの子がきなさん?よろしく、ボクはトモヤ。それでこっちの子がアリスだよ」
「よろしく。きなちゃん、カズキに聞いてたよりとってもキュートだよっ!」
「はじめまして、わたしはきなです。よろしくねトモヤ君、アリスちゃん!」
お互いにあいさつを交わし終えたとき、カズキ君がとぼとぼとこっちに辿り着いた。彼の引っ張って行くこの性格は素晴らしいのだが、先走りすぎて空回りすることがあるのはたまに傷だ。
「ところで冬也兄ちゃん、今日はどこに遊びに行くの?」
「今日は、すこし広い所に行きたいから、『ワンパーク』でいいかな?」
「確かに、あそこなら他の公園より大きめですし、自転車の練習をするには丁度いいですね」
トモヤ君は丁寧に解説をしてくれた。どうやらトモヤ君には『ワンパーク』に行った経験があるようだ。僕も経験はあるが、まぁ小さい頃に二回行ったぐらいだ。あとは遠出の買い物の帰り道に少し横目で見るくらいだが。
「それじゃ、いっぱい遊ぶために『ワンパーク』にGO!」
カズキ君を先頭にして僕達は、『ワンパーク』に向かうのであった。
向かっている途中、自転車は僕が押して行き、きなにはみんなと仲良くするように前に行くようにした。
きなの性格が幸いしたのか、あの三人の輪に溶け込んでいた。後ろからきなとカズキ君達の様子を見ていたが、お互いが笑顔になって話をしていた。きなは立派に一人でお友達を作ったんだ。なんだか感動してきた。
少し……親馬鹿みたいになってきたな。
心の中にではそんなくだらないことを考えていた僕であった。
こうして、二十分くらい歩いてきた僕達は、無事に『ワンパーク』に辿り着けた。しかし、時計を見るともう十二時を回っていたので、きなの自転車の練習は午後からになった。




