神祖
神域の光に耐えきれず閉じていた瞳をおそるおそる開ける冬夜。
「これが、佐野の神域……」
目の前に広がっていたのは先程とほとんど変わらない、雲が適度に流れ、風が静かに横切っていく夜の田舎道の光景。
おそらく前に天野が使用したような同じ空間をコピーする神域を使用したのだろう、と冬夜は推測する。もっとも神域についてはまだ詳しく教えてもらっていないので、ほかにどんな機能があるかまでは知らないが。
「長かったっすよ、本当に。お前を探すためにここ最近散歩のふりをしてずっと夜に探してたんすから。おまけに変な事件には巻き込まれるし、大変だったすよ」
「……」
「だんまりっすか」
佐野は怒りにも似た鋭い視線を男から外さずに、心底気だるげに最近の日課を語る。
一方、夜の闇に紛れて未だに姿がよく確認できない男の方は、佐野の言葉に何とも思わないか言葉を返さない。
状況の呑み込めない佐野の後ろの一同は、そんな二人のやり取りをしりもちしながら見ているしかできなかった。姉の照を除いて。
「佐野、あいつって」
「そうっすよアネキ。あいつは俺がずっと探し続けていた宿命の相手――――大蛇っすよ」
照の言葉に、感情を隠すかのように静かに目の前の男の名を告げる佐野。けれど彼が武器として使用している木刀を持つ右手は感情を隠し切れずに震えている。
そんな佐野の状況を見ながら、腰を上げた冬夜は同様にしりもちをついているきなと月菜の手を引いて立ち上がらせる。
「ありがとう……冬夜」
「ありがとう、とうや!」
「どういたしまして。ところで照、大蛇ってあの神話に出てくる大蛇?」
「そうだよ冬夜君。佐野が言ってるのは神話に出てくる八岐大蛇そのものだよ~。あ、大和は安全な場所に下がっててね~」
「は、はい」
照は近くで転んでいた大和の手を引いて立ち上がらせた後に後ろに下がるように指示して、いつもの調子で冬夜に話す。
冬夜は八岐大蛇については諦から借りた小説などでいくらかは知っている。
神話に出てくる贄を喰らう八頭の巨大な蛇の集合体。
けれどそんな危険な存在が現代に生きているという事実が冬夜には信じられない。
そんな言葉を表情に分かりやすく表す冬夜の顔を見た照は笑顔で口を開く。
「そんな顔するのはしょうがないけど、この世界は異種間の種族が生活する世界。だからそんなに驚かなくてもいいんじゃないかな~」
襲われているという事実にも関わらず相変わらずいつも通りの口調で話す照。しかし目線は怪物からそらしてはいない。
すると、大蛇の方からびたんと何かが地面をたたく豪音が辺りに響く。
「あいつ自身に個人的恨みはないっすけど、あいつの方ははどうやら好戦的みたいっすね。だから躊躇うことなくやらせてもらう……っすよ!」
堪えきれなかった感情を吐き出すかのように、粉塵を周囲にまき散らす程の脚力で地を蹴った佐野は勢いよく大蛇の方へ駆け出す。
すると先程大蛇の後ろに飛ばされた巨大な何かが自動車と変わらない速度で佐野の方へ突撃してくる。
物体に反応した佐野は勢いを殺して立ち止まり、向かい来るその物体を木刀一本と己が体で受け止める。
歯を食いしばりながら豪速で向かってくるそれを受け止めた佐野。だが衝撃に耐えきれない彼の足は地面を抉りながらじりじりと後ろに押されていく。
その時、風切り音と共に放たれた一本の矢が、せめぎ合いをしている佐野と何かの奥にいる大蛇の頬辺りを掠める。
「アネキッ!」
「あんまりウチの佐野いじめるのは止めて欲しいなぁ~、なんて」
放たれた矢は、荷物の中から弓を取り出していた照によって放たれたものだった。
そのまま間髪入れずに照は神力によって作製した矢を迅速に大蛇目掛けて構える。
だが、
「お、っと」
矢を構えようとしていた照は後ろに下がり、先程まで照のいた場所に落下してきた物体を避ける。
視覚で認識できる距離まで物体が到達したことによって冬夜はその正体が何なのかを理解した。と同時に驚きで唾を飲み込む。
「大きな、蛇」
「にゅ」
冬夜ときなは驚きのあまり目を丸くして言葉を呟く。
その正体は人間を丸飲みすることなど容易い位に大きい巨大な蛇。強固な鱗をまるで鎧のように身にまとった巨大な蛇は、その鋭い瞳で照や冬夜達を見つめる。さながら品定めでもするかのように。
そんな蛇の瞳に怯えたきなは冬夜の腕を少し強く掴み引き寄せる。そんな彼女に応えるようにきなの方へ、彼女を守るように身を寄せる。
ふと、そんな二人の隣に立つものが一名。
「……私も加勢する」
「ん、ありがと~」
静かな言葉と共に二人の前に出た月菜は、神力で生成したであろう時計の長い針のような細剣を一振りすると前へ歩き出す。
数歩の後に、いつかの戦いのときのようにテレポートさながらの高速移動で大蛇に近づいていく。
細剣の射程範囲内に大蛇が入った瞬間、大蛇の首目掛けて音速を超えるほどの突きを繰り出す。
が、
「……く!」
鉄同士が衝突したときのような甲高い音が響き渡り、月菜の細剣による一撃は、大蛇の前に突如現れた蛇の堅い鱗によって弾かれる。
月菜は体制を整えるために弾かれた攻撃の衝撃に乗って一歩分後ろに飛ぶ。その顔には彼女らしからぬ悔しそうな表情が浮かんでいる。
「あの蛇、月菜より速い!」
冬夜の驚きの声の間に防御に回っていた蛇が月菜めがけて体を振るう。
蛇の体はほとんど筋肉でできている。そしてあの巨大な蛇の体には細剣の攻撃を防ぐ程堅い鱗もある。そんな蛇の体当たりを受ければ月菜の骨はいとも簡単にぼろぼろに砕けてしまうのは明らか。
だが回避する時間のない月菜はそのまま蛇の攻撃を喰らうことになった。
「る、月菜!」
重い衝突音と共に、蛇の重い体当たりで数メートル吹っ飛ばされ地面を転がる月菜を冬夜ときなが走って受け止める。
そして二人は同時に月菜の様態を迅速に確認する。
なぜなら月菜の体の骨はぼろぼろになっているはずだから。
そんな風に考えていた冬夜の予想に反して――――月菜は冬夜の手から離れすぐに立ち上がった。
「月菜、そんな状態で立っちゃいけない!」
「大丈夫……これで守ったから」
冬夜の叫びを聞いた月菜はいつもの声色で、癖のある肩程の紫髪とスカートの後ろを軽くたたいた後、足元に転がっている手のひらサイズの金属の歯車だった物三つを指差す。
攻撃の瞬間、彼女は自分の周りに歯車を投げた後何時ぞやのように空中で固定して蛇の体当たりを防いだのだ。もっとも今は衝撃によって歯車は粉々に砕けてしまっている。
「月菜、それの予備は?」
「ない。……こんなことを想定して学校に来たわけじゃないから」
ポーカーフェイスな月菜は真剣な眼差しを蛇から逸らさずに再び細剣を構えた。
なぜなら、そんな二人の会話の途中にもすぐ目の前まで蛇が迫って来ているからである。
けれど歯車の予備がなく、防御には期待できない細剣のみしか持たない月菜にその攻撃を止めるすべはない。
けれど、一対一で蛇と戦う佐野と照に頼るわけにはいかないと言わんばかりに、月菜は後ろの友達を守るために構えているのだ。
「くっそォ!」
「え?」
「にゅっ!?」
悔しそうに叫ぶ冬夜はきなと月菜を横に引っ張り、衝撃を殺しながら地面を転がっていく。
それにより豪速で直線状に体当たりしてくる蛇から間一髪で避ける。
しかし後にその判断が命取りだったことを冬夜は後悔する。
「あ、あぁ」
「しまっ……!」
蛇が向かって行く方向には大和櫛那がいることを冬夜は完全に読み忘れていた。
己の失敗を悔やむように、助けようと手を伸ばす冬夜。しかし時すでに遅し。
あまりの恐怖に言葉と逃げる気力を失った彼女はそのまま立ち尽くし、そして――――。
蛇を受け止めたような金属音が空間に響き渡る。
「はぁ、はぁ……大丈夫っすか?」
「佐野君――――!」
間一髪、目の前で大蛇を受け止めた佐野。先程まで相手していた蛇はどうやら再び大蛇の方へ投げ飛ばしたようだ。
苦しそうな笑顔で佐野は大和の方向を向く。そこには防御の構えを解き、緊張から解放され、今にも泣きそうなほど安堵の表情を浮かべる大和がいた。
大和の感嘆の声を聞いた佐野は安心したように顔をほころばせながら蛇の方へ向き直し、先程の仕返しのように足に力を込めて蛇を力で押す。
「おぉ佐野、やるねぇ~」
「うるさいっすよアネキ! お……らぁ!!」
佐野は蛇の相手をしながら茶化してくる照に怒鳴り返す。そして右手に持つその一刀で、力任せに押し返してくる蛇を大蛇の方へ再び送り返すように力任せに斬り飛ばした。
いつの間にか彼の右手には、木刀ではなく刀の側面から刺々しい刃が枝分かれするかのように飛び出ている蒼い刀を持っていた。
「あれは――――か、『神殺しの叢雲』!」
前に常立神と戦った時に使用した刀の名を冬夜は佐野の刀を見て叫んだ。
あれを体に何本もぶっ刺され痛みを伴った冬夜には到底忘れることのできない逸品である。
冬夜の叫びの後、散り散りになっていた佐野と照、そして大和が合流し一同はまとまる。
「冬夜君、これの名をどこで知ったのかは知らないっすけど、俺が持ってるのは『天叢雲剣』っすよ」
「あ、違うんだ」
冬夜が先程叫んだ名前と自分の剣の名前が違うことに、少しばかり不満を持ちながら答える佐野。『神殺しの叢雲』との違いがあまりない佐野の剣を見ながら冬夜は言葉に対して苦笑いで答える。
「ぐぅっ、ぁあ!!」
声に驚いた一同はその方向を見る。大蛇が痛みを訴えるかのように叫んだ咆哮だった。
先程まで大蛇のそばを離れていた三匹の蛇達も大蛇を囲むかのように一個に集結し、冬夜達を時折舌を出しながらその鋭い視線で見つめ続けている。
「はぁ、はぁ。……っく、やっぱり神祖帰り相手じゃきついっすね」
「そうだね~。一人に対して三人がかりなのに全然歯が立たないね~」
「少しは削ったっすけどね」
会話をする佐野と照、そして先程まで戦っていた月菜の三人は、かなりの体力を先程の戦闘で消費したようで軽く息が上がっていた。
「え、あれが神祖帰り!?」
きなは佐野の口にした単語、神祖帰りに驚きを隠せず思わず声を漏らす。
「神祖帰りって、確か」
「神の力を持った状態で何かしらの形を成してこの世に存在している者。それが神祖帰りだよ、とうや」
きなは驚く冬夜に神祖帰りとは何かを彼の瞳を見ながら説明する。
その後、「褒めて褒めて!」と言わんばかりの期待の眼差しで見つめてくるきなに冬夜は、
「凄いや、きな」
と言って彼女の頭を軽く撫でるのであった。この空間だけはまるで戦いであることを忘れ去れるかのように。
もちろん、この世界ではきなも神祖帰りの一人として数えられている。
「だけどそれなら、僕らじゃあれには」
気を取り直して冬夜は不安そうに口を開く。
常人である者では絶対に勝てない。冬夜が言葉にしなくてもこの世界の住民ならば分かりきっている話。
「大丈夫っすよ冬夜君」
空色の短い髪を風に揺らしながら、冬夜を元気づけるようにはっきりと言葉を放つ佐野。
「俺たちだって、神祖帰りっすから」
「……え? えぇ!?」
「ちなみにウチもね~」
冬夜の驚きに関して余裕綽々で答える佐野と照。なぜなら近くに神祖帰りが存在しているのはかなり珍しい事例だからである。
この世界の人口は、人間六割、異種族四割存在しているが、神祖帰りはその合計の一割にも満たないというのが現状である。
「というか実際神力使えるのって人間以外っすよ。冬夜君知らないんすね」
「それは確かに天野先生言ってたよね。じゃあもしかして月菜も……」
「そう……私も」
表情は変わっていないが自信満々に聞こえる声色で答える月菜。
(じゃあ一般人ってもしかして僕と大和さんだけ?)
勿論、きなの力を使役できる冬夜もこの世界では十二分に異端な存在なのだが、本人はあまり自覚がない様子。
そんな彼らの突然の告白に驚きを隠し切れない冬夜は言葉を失いぽかんと口を開けるばかり。
「じゃあ神祖帰りパワーを使って、あそこのふざけた蛇野郎の戦意を喪失させて決着つけるっすよ」
「そうだね~、お父さ……、んんっ、父上がご飯作って待ってるだろうし」
心に余裕のある二人は大蛇を見据えながら呑気に夕食の会話まで始まる始末。
そんな二人に、後ろにいる冬夜と櫛那は危険な戦いの最中だというのに思わず顔がほころぶ。先程までの敗北の雰囲気を掻き消し、勝利の女神を微笑ませられそうな二人に安心感を得られたからだ。
だが一人、きなの顔は明るくない。まるでこれから起こることが良くないことであることを知っているかのように。
「行くっすよ――――」
二人は集中するように静かに瞳を閉じて、溜め込んだ言葉を紡ぐために口を開く。
「神祖開放――――」
「神祖開放――――」
力を開放するための二人の詠唱が始まった途端、二人の体は光に包まれた。
佐野は青白い光に、照は山吹色の光に。
その時だった。
「サセ、ナイッ!!」
聞こえてきたのは焦りの感情を露わにしたような声。
それは先程まで苦しんでいた大蛇が光に気づき、焦りの感情と共に舌足らずな口調で発した初めての言葉であった。
それと同時に大蛇の後ろで命令を待つかのようにじっとしてた蛇三匹が一斉に佐野と照に襲い掛かる。
けれどもう遅い。
二人の詠唱はすでに終わろうとしていた。
「我が名は――――」
「我が名は――――」
「やっぱり、だめだよぉ」
きなは下を向きながら何かを我慢するかのように小さく呟く。それはよく聞いていなければ風に流されてしまいそうなほどに。
「きな、どうした?」
そんな彼女の言動を不審に思った冬夜はすぐに後ろを向く。
本来ならば攻撃の前に二人の詠唱が終わることに喜ぶべきなのだろう。
だがこの時のきなは他とは違っていた。
なぜなら、人である二人が神の力を行使することは――――。
「だめぇー!!」
きなは今からでもと二人を止めるため必死な顔で叫び、小さな右手を前に伸ばしながら二人の元へと駆け寄っていく。
「――――須佐之男命!!」
「――――天照大神!」
しかしきなの悲願は叶わず。
一同が目を伏せるほどの輝かしい光が向かってきた蛇を跳ね除ける。その後殻を破るかのように弾けた光の中には先程と姿が変わった二人が立っていた。
須佐之男命と叫んだ佐野は、短かった蒼い髪が腰まで伸びており、目つきは先程よりも鋭さが垣間見える。上半身には何も羽織っておらず制服のズボンだけ。彼の日頃の体形からは想像できない程筋肉隆々の体躯がさらされている。そして右手には先程と同じように叢雲が握られていた。
一方、天照大神と叫んだ照はいつも一本で結っている黒髪は解かれ腰まで垂れており、服も制服からいつかに冬夜が来ていた神主のような服装に。その周りと黒髪には豪華な金の装飾がバランスよく飾られている。
「俺は準備OKってやつっすよ」
「ウチもだね」
二人の会話を他所に冬夜は神授性で二人の力量を見る。
佐野と照それぞれの神力は、目の前で攻撃を防がれ立ち尽くす大蛇以上の出力。
心配することはない。冬夜はこのまま二人が大蛇を叩けば勝てると確信した。
けれど冬夜はなぜきなが二人の神祖開放を拒むために叫んだのかを理解できなかった。普通だったら二人が強くなって大蛇を倒すのだから喜んでいいはずだ。
ここまでの強さがある二人を止める理由。様々な理由があるだろうが冬夜には知る由もない。
「大丈夫っすよきな姉ちゃん」
「……」
振り向いた佐野は鋭くも優しい瞳できなを見ながら呟く。
一方のきなは驚きも忘れ、二人のことを不安そうに見つめて口を閉じている。
「須佐之男命あるところに大蛇あり――――あいつを倒して早く帰るためにこの力を使ったんすから、遊びなんかせずにとっとと終わらせるっすよ」
言葉が終わった刹那、前に振り向きなおした佐野は一瞬にしてその場から消えた。否、消えたのではなく大蛇の方まで常人では見えない速度で走っているのだ。
そんな佐野のことに気を取られている間にいつの間にか照も消えている。
どこにいるのか、と。四人は辺りを見渡す。
だがその行為は無駄であったかのように、照は空中で光り輝きながら弓と矢を構えていた。それはさながら空に浮かぶ太陽のように。
「我が弓は、どこまでも照らす日光なり――――『日光一閃』」
弓から放たれたのは神力による極太のレーザー。それは夜闇を掻き消すかのように周囲を明るく照らしながら対象に向かって放物線を描く。
走る佐野よりも光速で放たれた光は、
「グ、オオォ!?」
いつの間にか四匹に増えている蛇を重ねるように防御を行いふんばる大蛇を押すほどの威力。しかしそれでもなお大蛇の防御は崩れない。
すると突然照はレーザーの放出を止める。なぜなら効果が見込める攻撃を用意している佐野がその足で大蛇の前にたどり着いたからだ。
「時間稼ぎありがとうっすアネキ」
「ホントは倒す予定だったんだけどね~」
照の軽口を耳で聞いた佐野は大蛇の前で叢雲を構える。
「そういえばこんな話があるらしいっすよ大蛇」
走ってきた勢いを殺さないように構えながら佐野は笑顔で語り掛ける。
もちろん大蛇の方から反応が返ってくることはない。
「お前よりも頭が一つ多い化け物を殺すために、とある神は試行錯誤して九つの首を同時に殺したらしいっすよ」
とある神の逸話を話している間に、ごろん、と一匹の蛇の巨大な頭が地面に転がる。佐野が構えた天叢雲剣を音速で振って斬り落としたのだ。
「ぐぁぅ!?」
痛みがある程度は連動しているらしく蛇を斬られた大蛇は苦痛の声を漏らす。
だが始まってしまった佐野の猛攻はもう止まらない。止められるものもこの場所にはいない。
「だからそれにならってお前の首も斬り落とすっす――――『八雲開斬』ッ!」
始まった神速の剣戟は止まることなく大蛇を守る蛇の首を刈っていく。
一、二、三、先程斬った首と合わせて四匹目が斬り終わると、中で身を守っていた大蛇本体の姿が見えた。
「これで終わり……っす!?」
最後の一撃を叩きこもうとしたそのとき、後ろの照の輝きにより見えた大蛇の顔に驚愕した佐野は思わず攻撃の雨を止める。
なぜなら大蛇の姿はあまりにも――――。
「佐野っ、横っ!!」
「え……?」
きなの声に驚いた佐野の横腹には、先程倒したはずの蛇の頭が再生して喰らいついていた。
「へへ」
「ぐ……かっ!?」
一矢報いたといわんばかりに笑みをこぼす大蛇。
痛みに気づいた佐野は内から逆流してきた血液を盛大に吐き出す。
蛇に噛まれている彼の腹から足元にかけて傷口から大量の血液が流れていく。すぐに止めなければ致死量に達する量である。
「佐野、早くとどめを!!」
「あ、あぁ……」
冬夜の叫びに対して曖昧な返事を返す佐野。そんな彼の表情を見て冬夜達は言葉を失った。
絶望。佐野の今にも切れてしまいそうな糸のような瞳はそう語っていたからだ。
すると蛇が動き出し、喰らいついていた佐野を冬夜達の方へ投げ飛ばす。
冬夜達の手前で着地した佐野は投げ飛ばされた衝撃で地面を転がり、二、三回程度回転すると停止した。
「さ、佐野……」
「佐野、佐野ぉ!」
すぐさま駆け寄り佐野の名を呼ぶ冬夜ときな。
そんな彼の様を見てきなは口を押える。彼の腹には蛇の牙による大きな穴が開いておりそこから地面に大量に出血していた。
「よくも佐野を!!」
激昂した照は大蛇に叫び再び神力で光り輝く矢を生成し構える。いつもの柔らかい雰囲気はなく、怒りに顔を歪ませながら大蛇を睨む。
「あれ、ウチ」
言葉と共に空中でふらつく照。焦った彼女は神力を乱してしまい、そのまま月菜の付近の地面にゆっくりと着地した。
「どうしたの……照」
心配そうに駆け寄った月菜は照を覗き込む。
肩を震わせながら照は自分の目に手を当てていた。それはまるで、
「もしかして、あなた」
「――――そこにいるのは、月菜なの?」
月菜とは逆の方向を見ながら照は月菜の名を呼ぶ。いつもと同じ柔らかな微笑で、けれど大切なものを無くしてしまった子供のような泣きそうな声色で。
彼女には月菜がどこにいるかを認識できていない――――目が見えてないのだ。
「……あなた、分かってたはずなのに。……大和、照の肩を抱いてあげて」
「は、はいっ!」
立ち上がった月菜は優しい声色で大和に照を任せた後、佐野を介抱している冬夜達の方へ歩き出す。そして冬夜の横にいつでも立てるように両足を前後に移動させ座る。
「月菜、照は一体」
「……代償」
「代償?」
照の様子も確認したかった冬夜は月菜に尋ねる。
彼女の返した言葉は決して軽くはないことを感じる冬夜。
神祖帰り自体は授業でその存在を聞いていたのを思い出したが、それに代償があるなんてことは聞いたことがない。
「……私たち神祖帰りは人である以上、日常では神祖の力を最大限に使えない。……だけど神祖開放を行った場合は別。……最大限の力を使う代わりに人としての何かを失うの」
「失うものが、代償」
「……照は視力だった。……今は何も見えてないみたい」
月菜の言葉が軽くない意味を、神祖開放の代償を知った冬夜は背筋が凍る。
なぜならそれは人で無くなっていくということ。
言い方は大げさかもしれないが、日常生活に支障をきたす恐れがある程度だとすると更に恐ろしい。
「でも……こんな話よりも先に佐野の応急処置が先決」
「そうだ、でもどうやって」
佐野を助ける方法を探そうと考える冬夜の右腕をきなが引っ張った。
彼女の顔は今にも泣きそうなほどに歪んでいて、冬夜はそんなきなを見ていて胸が痛い。
「とうや……お願い、佐野を助けて! とうや、とうやなら!」
彼女にここまで懇願されて何もしない男というのは正直どうだろうか。と冬夜は彼女の顔を見ながら唇を噛み思った。
きなの悲しい表情によって痛い胸を押さえながら、冬夜は一つの回答を得る。
「ヒノカ、頼む」
「なんでしょう、冬夜君」
きなの尻尾からぬっ、と出てきた黄色くも細かに茶色い毛玉のようなそれは、いつも通りの綺麗な男声で返答する。
そしてその愛らしい表情とは裏腹に、まるでこうなることを見越していたかのような不敵な笑みを浮かべていた。




