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僕と尻尾の冬休み  作者: 柴健
僕と尻尾の恋戦編
28/30

沈む夕陽、這い寄る闇夜

「君がいない方が、きなの迷惑にならないんじゃない?」


 どこからかさっぱりした少年の声が冬夜に語り掛ける。

 その声を聞いたことにより先程まで意識のなかった冬夜は自分が今、現実とは別の世界にいることに気づく。

 周りは真っ暗で冬夜以外の生物の気配は感じられないような空間。おそろくさっきの大河との戦いの際の衝撃で気絶でもして夢を見ているのだろう、と推測する冬夜。

 先程聞こえた声の主の存在もやはり近くには感じない。

 だがそんなことより、


「きなの迷惑って、何?」


 少しだけ不満そうな声色で冬夜は声に問いかける。

 夢の中だからおそらく深い意味は無いのだろう。けれど冬夜は先程の言葉の本当の意図が知りたかった。


「だって君、さっきの大河とかいう獣人に負けたじゃん」

「それは、」

「わざと、って言いたいんだろ?」


 冬夜がいうよりも先に放たれたその言葉は的確だった。

 確かに、さっきの試合で冬夜は負けるようにわざと大振りな攻撃で挑んだ。しかしそれは獣人を倒すことによって目立つことを避けるため、という理由があったからだ。

 目立ってしまえばこれから冬夜を強者と見た者が勝負を仕掛けてくるかもしれない。それに留まるならまだいい。けれど冬夜の関係者であるきなを人質にされては冬夜は怒りは収まらない。


「でもそれって勝負から逃げたんだよね?」

「何が言いたい」

「んー、言いたいこと? それ聞いちゃう?」

「当たり前だよ。僕は君の言っていることの意図がまったく読めないんだから」


 例え神力の感覚が読めても、と皮肉るようにうっすらとした笑顔で冬夜は言葉を吐く。

 そんな冬夜の言葉をに少しばかり呆れたのか声は嫌そうに会話を再開する。


「あんまり好きじゃないな、そういうの。でもいいや、教えてあげる。――――君じゃきなは守れない」


 単刀直入。その言葉が似あうかのように声はずばりと言いのけた。

 その言葉に自力ではきなを守ることが出来ないことを理解している冬夜は何も返さない。


「あれ、これも図星だったかな? でもそうだよね。一番になるんだってほざいてた奴が誰かに勝利を譲っちゃうんだもん」

「だから、それは」

「いっそさぁ、大河とかいうのに――――きな、渡しちゃえば?」


 呆れ気味に、それでいて楽しそうなその声はまるで冬夜の耳元で甘く囁く。

 その言葉を振り払うように冬夜は歯を食いしばり、不安をかき消すように手を横に素早く振るう。

 だがその手には何の感触も感じない。


「くっ……!」

「おぉ、怖い怖い。――――だが正論だ。きなだって強い奴のそばが良いに決まってる。だってその方が自分を守ってくれるんだから」

「そのために僕は強くなるって決めたんだ!」


 脳裏にきなと誓った日のことを思い出しながら冬夜は声に対して強く叫ぶ。

 だが、冬夜の言葉に対して声の温度は予想よりも遥かに低い。


「その程度じゃ何も守れないでしょ? 世間体なんて気にしちゃってたら」

「それは確かに君の言う通りだ。僕はまだ何かを守れるほど強くない」

「敵は待ってくれないよ。彼女を狙う相手だって大概命懸けで襲ってくるし。世の中そんなに甘くない」


 分かり切った正論しか投げてこない言葉にだんだん冬夜も怒りがこみあげてくる。けれどその怒りをぶつける相手は声の主ではないと判断している冬夜は首を横に振って言葉を返す。


「それでも、きなは誰にも渡さないし譲らない。――――彼女が一緒にいて欲しいと願う間は、一緒にいるって、きなと再会したときに決めたから」

「チッ、聞き分けの悪い奴」


 怒りを混ぜて不機嫌そうに変わったその声は一拍置いて、落ち着いた声色で返す。


「でも忠告はしたから。せっかく君のためを思って言ったのに」

「それよりも誰なんだ。まさか……二重人格!?」


 冬夜は、この歳になって中二病!? と青ざめた顔で嘆く。

 もっとも、変わった世界では中二病などあってないようなものだが。


「はぁ……馬鹿な冬夜」


 心底呆れたように声はため息をつく。


「でも考えておいた方がいい。もし自分がどうしても彼女から離れなくてはならなくなって、それを誰に託すかぐらい……さぁ?」


 忠告の割に楽しそうな声を最後に、夢はここでぷつりと途切れた。


 ぱちり、と。勢いよく冬夜の目が覚める。

 最初に見えたのは見覚えのない白い壁、ではなく白い天井。

 次に感じたのは、香ってくる少しばかりつんとくる尖った臭い。悪臭、とはまた違うそのにおいの正体は薬品。

 冬夜は自分が保健室にいることに気づく。そして天井が見えることから眠っていたことを把握する。

 自分が横になっていることを認識した冬夜はゆっくりと体を起こす。先程おかしな夢を見たせいか、頭はばっちり冴えているので行動に迷いはない。

 起こした体で一番最初に見たのは、冬夜に覆いかぶさるように横で涙を流しうなされながら眠っているきなだった。

 そんなきなに少しだけ驚きながらも冬夜は彼女の肩を優しくたたく。

 すると瞬時に体を起こすきな。

 しかし寝ぼけているようで、涙越しに冬夜の姿を瞳に映しながら呆けた顔で数秒止まった後、あたふたと慌て始めた。


「と、とうやっ! 体は!? ケガしてない!?」

「うん、僕の方は大丈夫だよ。それよりきなの方こそ大丈夫?」

「え?」


 慌てふためくきなを落ち着かせるような声色で質問を投げかけた冬夜は、彼女の瞳の下に指を当て涙をすくう。

 そんな彼の行動の後、自らも瞳に指を当てたきなは初めて自分が泣いていたことに驚く。


「な、なんでだろう?」

「うなされていたし、怖い夢でもみてたの?」

「えっと……」


 先程まで背中を強打して気絶していた病人とは思えない程の優しい微笑で問いかける冬夜。

 きなは目を瞑り、先程まで見ていた夢を思い出そうと尻尾を小刻みに振りながら記憶をたどる。

 数秒程、思い出すために耳と尻尾を揺らしていたが、思い出せない疲れから体を冬夜のベッドにぐったりさせた後、笑顔を冬夜に向ける。


「にゅー、……ん、覚えてないや」

「そっか、それじゃあしょうがないね」


 涙が流れた跡を頬につけて笑うきなを、愛おしそうな笑顔で優しく撫でる冬夜。

 そんな彼の行動を否定するわけでもなくきなはなされるがまま嬉しそうに受け止める。

 そんな静かな時間を過ごす二人がいる保健室にカーテンが風で擦れる音が流れていく。

 学校中の教室に降り注ぐ光は橙。授業時間は当の昔に過ぎており、保健室に飾られている丸いアナログ時計の針は六時半を回ろうとしていた。

 その時、


「冬夜、起きたかのぉ!」


 がらがら、と保健室のドアを横に開く音と同時に女性の楽しそうな声が舞い込んできた。声の主はもちろん玉藻である。

 そんな玉藻は冬夜が寝ているベッドの前に立つと、自慢の狐耳をぴこぴこ震わせながら、整った顔で楽しそうに笑う。

 最初はそんな彼女の登場に少し驚く冬夜だったが、大会前の記憶が脳内でフラッシュバックしすぐに疑いの眼差しを向けた。


「あぁ……玉藻さん」

「そ、そんな嫌そうな顔しないで欲しいのじゃ!」

「でも、僕のこと騙したじゃないですか。特等席と言いつつ僕を大会に参加させるなんて」


 睨み付ける、とはいかなくても不満気な顔を玉藻に向ける。

 声色も、裏切られちゃったなぁ。と落ち込んでいるように聞こえる。

 そんな冬夜の気持ちを挽回しようと玉藻は慌てながら弁明を始める。


「その件は本当に悪いと思っとる。じゃが、生徒会長として神力の流れているお主が面白……いやいや、不安で仕方なかったのじゃ」

「今、」

「面白って言いましたね!?」


 しまったのじゃ、と口をふさぐ玉藻だったがもう遅い。


「そんな興味本い……」

「そんなことのためにとうやを戦わせたの!?」


 反論しようとした冬夜を押しのけ、冬夜の横で震えていたきなは玉藻に怒声を飛ばす。その表情は怒りに歪み、そして怒りのあまり彼女の尻尾ははちきれんばかりに膨らんでいる。

 小さな彼女からどうしたらそれ程の叫びが出るのかと疑いたくなるほどの怒声に、玉藻はおろか冬夜も少しばかりたじろぐ。

 なぜならきなが日常生活で怒ることは滅多にないからである。少しばかり理不尽なこともいつもは許してしまう彼女。けれど、


「当たるところが少し違ってたら、とうやは、とうやはぁ……!」


 冬夜の方から玉藻の方に詰め寄っていたきなは最初こそ怒っていたが、途中で泣きそうな顔と声色になり、最終的には肩を震わせながらうつむいてしまった。

 いつかの戦いのときのように彼が傷つく姿をきなはあまり見たくない。だから彼女は怒ったのだ。

 保健室の床にぽたり、ときなの涙がこぼれる。

 そんな時、ぽん、ときなの肩を起き上がっていた冬夜が優しく叩く。

 冬夜の行動に振り向いた彼女の顔は涙でぐしゃぐしゃになっている。


「とう、っく、やぁ……っく」

「きな、僕はこうやって無事なんだし、別にきなが怒ったり泣いたりすることないんだよ。確かに僕がきなに心配かけたのは謝るよ。だけど僕は怒っているきなよりも笑ってるきなの方が好きだから、泣き止んでくれると嬉しいなぁ」


 泣いて顔を歪ませながら見つめてくるきなの心情を察した冬夜は優しく語りながら、彼女の肩に置いた手を頭にのせて、もう片方の手でポケットからハンカチを取り出し彼女に差し出す。

 きなは少しばかり不満を言いたそうな顔をしていたが、冬夜の気持ちを汲んだ彼女は差し出されたハンカチで顔を拭いた。

 そんな時、申し訳なさそうに二人のやり取りを見ていた玉藻は遂に重い口を開いた。


「……その、悪かったのう。度が過ぎたのじゃ」

「そうですね。玉藻さんは反省してください。そうたら僕はこの件についてはもう怒りませんから」

「すまないのう、冬夜。――ありがとう」


 さっきまで申し訳なさそうにしていた玉藻の顔が安心したかのように少しだけほころぶ。彼女の綺麗な微笑に冬夜も笑顔で返す。


「さて、あとは仲直り。このままじゃ僕が嫌だし」


 二人の間に立った冬夜は、ある程度の問題を解消したおかげか爽やかに言葉を放つ。嘘でも偽りでもない他者への心を込めた言葉を。

 玉藻ときなはそんな冬夜の言葉に少し目を見開いて驚く。その後真っ先にきなが玉藻の前に右手を差し出す。

 きなの真っすぐで蒼く美しい双眸は、きょとんとしている玉藻の顔をしっかりと見ていた。

 そしてその後の言葉と共に軽く頭を下げる。


「……怒鳴っちゃってごめんなさい」

「こっちこそ、連れに心配かけさせたのう」


 きなの右手を玉藻は右手で優しく包む。

 二人は仲直りの握手をした後、笑顔を向けあうのだった。


 一連の事件が終わった後、冬夜が眠っている間に業務で席を外していた保健室の先生に診てもらい、大事はなかったことを確認した三人は荷物を取りに教室に向かうことにした。


「とうや、本当に大丈夫?」

「心配しすぎだってきな。僕はもう元気だよ、ほら」


 歩きながら冬夜は、中肉中背の名に恥じない普通の右腕を上げて軽いガッツポーズをきなに見せる。


「ふふっ、変なの」


 口に手を当てて笑うきなに冬夜も笑い返す。

 冬夜の体の直りが速いのは彼の頑丈さ故でもあるが、きなが近くにいたことによって白火の治癒が働いていたのを二人は知らない。


「ところでじゃが。二人はどうやって帰るのじゃ?」

「いつも通り二人で歩いて帰る予定ですけど」

「それで大丈夫かのう……」

「なんでですか?」


 玉藻の心配する言葉の意図が分からない冬夜は首を傾げる。

 すると、玉藻はいきなり立ち止まり廊下の窓から外を眺め始めた。

 窓の奥の外にはこの町の一部が夕陽に照らされているのが見える。同時に照らしている夕陽が徐々に暮れていくことも。

 窓を眺めていた玉藻は不意にゆっくりと振り向く。


「――――もうすぐ、日が暮れるのじゃ」


 振り向いた玉藻の真剣な表情と声色、そして夕陽が沈み暗くなっていく空を見ながら、冬夜は最近起こっている事件について思い出した。

 中高生の少女ばかりを狙う怪事件。冬夜の後ろにいる少女きなもまたそのカテゴリに分類されるのは明らかである。

 そして天野によって前日配られたプリントに書かれていた事件の大半は夕方以降に起きていた。

 

「最近の事件は知っておろう、と言ってもおぬしたちのクラスメイトがそれに遭遇したのだから知っておるか」

「大和さんがそうですね」


 言葉と共に今朝いつも通りに登校していた大和櫛那の姿が鮮明に蘇る。


「冬夜が少しばかり腕が立つのは認めよう。じゃがこの事件の犯人に会っては所詮おぬしら二人は人間と獣人じゃ。帰り道には十分に用心するのじゃぞ」

「――――まるで玉藻には犯人が分かってるみたいだね?」


 玉藻の忠告に冬夜の裾を掴んで気を紛らわせようとしていたきなであったが、玉藻の言葉に疑問を抱いた彼女は不思議そうな表情を浮かべながら口を開いた。

 そんなきなから目を逸らすように窓を再び眺め、背を向ける玉藻は言葉を続ける。


「確信はこれっぽっちもないのじゃ。じゃが……ここ最近この町に良くないモノが紛れている。そんな気がしてならんのじゃ」

「玉藻さんの能力ですか?」


 冬夜は玉藻の言葉を聞いて、対象の全てを見透かす玉藻の能力が本人にそう言わせているのではないかと考えた。

 しかしそんな冬夜の意見を跳ね飛ばすように玉藻は笑う。


「そんなんじゃないのじゃ。ただの勘じゃ」

「適当ですね……」


 先端の茶色い黄金の尻尾を振りながら楽しそうに笑う玉藻に冬夜も笑顔で返す。もちろん苦笑いである。


「さて、忠告もよいがそれは時間あってこそじゃ。そろそろ戻るとするかのう」


 先程よりも早歩きで玉藻は二人の先を歩く。勿論、二人も彼女について行くために歩を進めた。


 教室の前にたどり着いた三人。

 前に出た冬夜は何の躊躇いもなく教室のドアを開ける。がらがらと横開きドア独特の車輪音が教室と廊下に響く。


「おっ、冬夜じゃん」

「諦……って、なんでこんなに残っているの」


 ドアを開けて聞こえてきたのは、冬夜の親友諦の気軽な声。

 教室内に居るのは諦や佐野ぐらいだと思っていたが、冬夜の予想より少し多い人数がその教室に残っていた。


「あ、佐野と照」

「待ってたっすよ、きな姉ちゃん」

「冬夜君、怪我は大丈夫~?」


 教室に入ると天野姉弟が残っていた。

 佐野はいつもと同じように爽やかにきなの方に笑いかけ、照はゆっくりとした言動で冬夜に心配の言葉をかける。


「二人共残ってたんだね」

「……なんともないみたい」


 教室内に入ると冬夜の方に月菜が歩み寄る。

 冬夜の周りをくるくると歩きながら怪我をしていないことを確認した月菜は安堵のため息をつく。


「月菜も残ってたんだね。図書委員会の仕事の後?」

「ううん、今日は休み……冬夜を待ってた。……心配、だったから」

「そっか、ありがとう」


 冬夜の言葉に、表情は崩さず、それでいて嬉しそうにこくりと頷く月菜。

 何の変哲もないいつもの三人だが今回は少しばかり状況が違う。佐野の隣にはいつもこの時間帯には見かけない、長い黒髪少女がまるでこの場の雰囲気に溶け込むかのように凛々しく立っていた。


「こんにちは、柴咲君」

「こんにちは――――大和さん」


 冬夜は佐野の隣に立っていた大和に丁寧に挨拶をされたのでそのまま丁寧に挨拶を返す。挨拶のしぐさの際に彼女の切りそろえられた前髪が揺れた。

 それだけにも関わらず彼女のお淑やかさを冬夜は鮮明に感じ取る。おそらく彼女の才能なのかもしれない。

 しかし疑問が一つ。今の冬夜にはなぜ彼女がこんな遅くまで教室に残っているのかが不思議でしょうがなかった。

 そんな冬夜の気持ちを察したように佐野は口を開く。


「分かってるっす。……分かってるっすよ冬夜君」

「何があったの?」

「話せば長くなるんすけどね――」


 佐野は夜のランニング途中に大和の窮地を救ったことから話を切り出した。

 そして今日、拳闘祭が終わった後に廊下で歩いていると彼女に呼ばれ、


「大声を出して(わたくし)を助けてくれたのは、佐野君ですよね?」


 彼女の言葉に嘘をつく理由のなかった佐野は、どうして彼女から立ち去ったのかの理由を話した。

 理由は単純明快。野次馬によって犯人扱いされたくなくて逃げたのだ。

 と言うのも佐野からすれば半分本当で半分嘘の言い訳だが、それはまた別の話である。

 大和はそんな佐野の理由にとりあえず納得し、一つの頼みごとをしてきた。


「本当は前日のことがあったから早く帰りたいらしかったんすけど、俺と話してたらちょうどこんな時間になっちゃったから送ってって欲しいらしいっす」

「理由は分かったよ。だけど、襲われたばかりだから親御さんに迎えに来てもらえば」

「……今日は、誰もいないんです。お母様もお父様もとても忙しくて」


 冬夜の意見に、大和は申し訳なさそうに瞳を伏せた。

 そうできるなら、そうしたかった。と心の叫びが聞こえてきそうな位に不安そうな表情を浮かべる大和。

 そんな彼女を見た冬夜は右手の人差し指で頬を撫でた後、


「だったらしょうがないね。一緒に帰ろう、大和さん」


 こくん、と冬夜の言葉に頷く大和。先程の不安そうな表情から一転して優しく微笑む彼女を見た冬夜も安心する。

 そんな時、冬夜の後ろから彼の肩をたたく指が一つ。


「どうしたの、諦」


 冬夜の肩を叩いた指の正体は諦だった。

 冬夜が諦の方へ振り向くと、いつもと同じ様な飄々とした明るい顔ではなく、彼はどこか気まずそうな顔をしながら視線を宙に浮かせている。

 何かあったの、と冬夜は諦にアイキャッチで語る。


「それが、もう一人一緒に帰るやつがいてだな」

「え、それって」


 言葉の途中でその人物の方に向いている諦と同じように、冬夜もその方向に視点を変えた。

 教室の右側、ちょうど佐野の席の隣の少女――――城ヶ崎彩芽が座って本を読んでいる。


「なんで城ヶ崎さんも?」

「それはよぉ、城ヶ崎がとう――――」

「新城君?」


 や。と諦は言いかけたのだろう。がその言葉を強く閉じた本の音と城ヶ崎の言葉が止めた。今まで冬夜達に背を向けていた彼女は、機械人形のようにゆっくりと振り向く。その顔には笑顔が浮かんでいる。勿論目は笑っていない。


「そ、そうだ。城ヶ崎が拳闘祭見終わって勉強してたらこんな時間になっちまったんだってよ」

「諦……」


 先程とは打って変わって明るい表情を浮かべ、高い声で話す諦。

 嘘だと一発で見抜いた冬夜は、可哀想なものを見るような目で諦を見つめる。


「やめろ! そんな、懐柔された奴を見るような憐れんだ目でおれを見るな!!」

「それはさておき」

「いいのかよ!?」


 憤慨している諦の言葉をわざと無視しながら城ヶ崎を見て冬夜は口を開く。


「――――城ヶ崎さんって諦の家の方じゃなかったっけ」

「え」

「あ?」


 冬夜の思いがけない言葉に諦と城ヶ崎は間の抜けた言葉を吐いた。


「城ヶ崎さん、前に自分の家の話題になったとき教えてくれたの覚えてない?」

「そ、そんな話をしましたっけ?」


 冬夜はぼんやりと去年辺りに城ヶ崎と話したことを思い出しているが、城ヶ崎の方は本当に記憶がないようで困ったように首を傾げている。


「そっか、覚えてないか。だけどこれなら二つのルートで帰れるね」


 少し残念そうにつぶやいた後、冬夜は一つの提案を教室内に居る一同に向けて放つ。


「だってそうじゃない。城ヶ崎さんは諦と。大和さんは僕達で送ればいい」

「な、おれが城ヶ崎送ってくのか!?」

「家近いんだから普通はそうなるよね」


 頷く冬夜に、城ヶ崎と諦を除いた一同も同じように頷く。

 一方、その言葉を聞いた城ヶ崎と諦は互いに顔を見合わせ軽くため息をついた。


「それじゃあ帰ろう。もう日も暮れてるし」

「夜ご飯までには間に合うね」


 お腹が空いているきなは笑顔で冬夜の腕にしがみつきながら話しかける。

 

「今日は夜ご飯何かなー」


 と今晩の夕食を想像しながら楽しそうに呟くきなを笑いながら冬夜はすぐに帰り支度を始める。


「そういえば玉藻さんはどうやって……あれ?」


 帰るんですか、と。尋ねようとしたその時にはすでに扉の前に玉藻の姿はなかった。


「あぁ、生徒会長か。あの人ならお前が教室に入るのと同時に廊下の奥に歩いて行ったぞ」

「そうなんだ」


 こんな時間に帰るのは自殺行為と言っていた玉藻。どんな経路で家に帰るのかは冬夜には分からなかったが、彼女のことは不思議と心配にはならなかった。

 彼女なら帰れるだろうという信頼が冬夜の心のどこかにあったから。

 そんなこんな会話をしているうちに教室に飾られている時計はもう午後七時を回ろうとしていた。



「じゃあ僕たちはこっちだから。がんばれ諦!」

「気を付けてね!」

「あぁ。そっちもな」


 校門を出た一同は互いに手を振りながらそれぞれの方向へと歩く。

 外は春風が吹き心地よい温度。けれども辺りは暗く、明かりとなるのは神具として生成された町の街灯のみ。

 別れた二つのグループは各々の目的の方向へと歩き始める。



「大和さん、お家って後どのくらいなの~」

「今で半分くらいですわ」


 一行は大和の家に向かうために月明かりしかない夜の畑道を歩いていた。聞こえる音は畑の中で鳴いている虫、流れる風、冬夜が持ってきている自転車のベルトの空回りする音のみ。

 周りには家が数件、明かりはかなり長い区間に街灯がぽつぽつと。ほかは見渡す限りの田んぼである。それらの田んぼにはちょうど稲穂が植えられていた。

 田んぼに植えられている緑の苗を興味津々で見ていたきなは冬夜の制服の裾を引っ張り彼の顔を見つめる。


「とうや、お米ってこの小さい苗から稲穂になるんだよね?」

「そうだよ。毎年植えて収穫するサイクルでお米は作られているんだ」


 冬夜は昔に本で読んだ覚えのある米の知識をきなに語る。


「にしても、最近近代化が進みつつあるこの町にしては何にもない場所っすね」

「……元々この町は田舎だから。……そういう場所が残ってるの」


 呑気に周りを見渡しながら呟く佐野に答えを導く月菜。彼女は暗い夜道でも、歩きながら本を読んでいる。


「月菜、それ目を悪くしない?」

「大丈夫。……私は夜も目がいいから」

「目がいいって問題じゃないよねそれ」


 冬夜の心配の声に月菜は今までもそうであったかのように自信満々に答える。

 そんな彼女の対応に冬夜も思わず苦笑を禁じ得ない。


「――――ミツケタ」


 突如聞こえた謎の声。

 直後、衝撃と轟音により舞った砂塵により近辺一帯が包まれる。

 衝撃に吹き飛ばされそうになるのを堪えるために冬夜は自転車をわざと倒し、腰を低くしてそれを和らげる。


「ごほっ、ごほっ、……何が」


 衝撃が止んだ後、未だに舞っている砂埃が目に入らないよう目を細めながら冬夜は状況を確認するために辺りを見渡す。


「みんな、無事みたいだね」

「なんとかね~」


 かろうじて帰ってきた照の言葉に冬夜は安堵する。そして、きな、照、月菜、大和の姿を確認し、残る佐野の姿を探す。


「佐野! どこ!?」

「――――大丈夫っすよ。きな姉ちゃん」


 衝撃でしりもちをしているきなは心配そうに佐野を呼ぶ。そんな彼女の言葉にどこかにいる佐野は優しく言葉を返す。

 しかしその言葉とは裏腹に佐野に起こっている事態は予想を超えていた。

 砂埃が地に着き、今まで目の前にいた佐野の姿を捉えた一同は驚愕する。

 今自分たちが見ているこの暗さは決して夜のせいではないこと、そして。


 佐野は一人で一同に覆いかぶさる巨大な物体を木刀一本で支えていたのだ――――冬夜達を守るために。


「さ、佐野?」

「――――やっと見つけったすよ」


 静かに呟く言葉の後に佐野は刀を振り上げ巨大な物体を木刀に絡めるようにして奥に吹っ飛ばす。

 影にしてもおおよそ車以上の大きさを持つ物体が吹っ飛ばされた手前には男が立っていた。形は人のように見えるが闇夜によって細かい姿は捉えられない。

 だが、


「あ、あの人は!」

「大和さん、見覚えが?」

「私を襲ったのは――――あの人です!」


 一度刻まれた恐怖から彼女には雰囲気で分かる。細かい姿が見えずともその男が先日自分を襲った男だということが。

 男の方はそんな彼女に何の反応もせずただただ見つめるのみ。


「――あるところに大蛇あり」

「え!?」


 最初佐野が何を言っていたかわかなかったが。その後の言葉を冬夜は耳でしっかりと聞く。

 その直後、


神域(ゴド・フィールド)――――!」


 佐野がそう叫んだ瞬間辺りが強く光り輝く。


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