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僕と尻尾の冬休み  作者: 柴健
僕と尻尾の恋戦編
27/30

因縁の対決

 どうして拳闘祭(けんとうさい)に冬夜が参加することになったのか。時間は大会第一回戦の第一試合が始まった辺りまでさかのぼる。

 きな達が試合の観戦をしようとしていた同時刻、冬夜は玉藻に連れてこられた建物の部屋の中で二人っきりの時間を過ごそうとしていた。ちなみに場所はスタジアムの横にあたる。

 部屋に入る前に、


「この部屋なんなんですか」

「この部屋は試合観戦者の休憩部屋じゃ。そこに自販機があるじゃろ、試合も始まっておらぬしジュースでも奢ってやろうかのう」

「いやいいですよ」

「まあ、お礼ついでだと思うのじゃ」

「はぁ」


 冬夜は間の抜けた相槌を打った後、自動販売機の前に立った玉藻に、何が飲みたいのじゃ、と聞かれたのでとっさに、この地域以外では稀に見る程度ぐらいには有名らしい黄色いラベルの激甘コーヒーを答えた。

 その後、買った飲み物片手に案内された部屋に入る。

 しかしこの部屋、本来の使用用途は試合観戦者の休憩場所ではなく、試合の選手の控室として使われる場所である。もちろんそんな事実を今の冬夜が知る由もない。

 さらに言うなら、玉藻の計らいにより部屋の前に本来飾られている控室と書かれたネームプレートも術により消されている。

 部屋の中はいたってシンプル。中央に机とパイプ椅子二個が置いてあるだけである。

 二人は配置されているパイプ椅子に適当に座った。置いてあったままの場所に座ったので、二人は互いの顔を正面で見るように座っている。

 男女一組が同じ部屋にいることに戸惑い緊張する冬夜。静かな空気に耐えかねた彼は、とりあえず流れを変えよう頭を最初に口を開いた。


「そういえば、拳闘祭のプログラムみたいなのは配られていなかったですよね」

「あぁ、そのことか。対戦する組み合わせが分からないのも、それはそれで楽しみであろう?」

「そうですね、どの選手同士が戦うのか分からない方が楽しみも増えるかもしれないですね」


 と、先程買った飲み物を飲みながら二人は会話をしていた。ちなみに玉藻のほうにはフルーツミックスの入ったペットボトルが置いてある。


「って、僕が言いたいのはそうじゃなくて」

「どうしたのじゃ」

「拳闘祭っていつから始まるんですか?」


 プログラムを知らされていない冬夜でも考えることぐらいはできる。

 拳闘祭が始まるアナウンスが先程あったということは、そろそろ試合が始まっていても遅くはない。そう考えるのは普通であろう。


「なんじゃ、そのことか」

「なんじゃ、って、楽しみにしてたの玉藻さんじゃないですか」

「だって――――初戦なんて見てもつまらぬじゃろ」

「……え」


 間抜けな声を出して驚く冬夜。――――先程まで楽しそうに語りながら歩いていた彼女の姿は何処へ。

 彼女はつまらなさそうにため息をつく。


「だってそうじゃろ。初戦は所詮強者と弱者の差を見せつけるだけにしかならんじゃろ。……駄洒落になってしまったの」


 コホン、と咳き込んで再び玉藻は口を開く。


「本気になってくるのは二戦目くらいからじゃの」

「確かに言ってることは正しいですけど」


 冬夜は苦笑いしながら玉藻の言葉に肯定する。

 名前の売れている選手同士ならまだしも、名も知られていない同士の戦いなんて見る人の方が少ない、そう思ったからだ。


「じゃろ、分かるな冬夜は。ということで……」

「何かするんですか?」


 冬夜の言葉を他所に玉藻は、ふふん、と鼻を鳴らしながらブレザーの裏側に右手を忍ばせる。この時、彼女の豊満な胸が少しばかり歪んでいることは当然であり、冬夜が目を逸らしているのもまた至極当然のことである。

 すると、玉藻は取り出したそれを高々と天に掲げた。


「じゃじゃーん! トランプなのじゃ」

「喋り方古風なのに遊ぶものはちゃんと洋風なんですね」

「失礼じゃなそなた」


 高く上げたトランプの箱からカードを取り出し、器用に右から左の手へとカードを空中間で移動させる。

 そんな彼女の隠された技術に軽く拍手をしながら冬夜は言葉を紡ぐ。


「でもいいんですか?」

「ん、何がじゃ」

「玉藻さん生徒会長じゃないですか。それなのに一戦目から会場に居ないなんて威厳もへったくれもないじゃないですか」


 心配そうに言葉を投げる冬夜。

 昨日今日会ったばかりの彼女だが、放っておけなさそうなのである程度本気で心配している。


「まぁ大丈夫じゃろ。後半辺りまでにぱぱーっと出れば」


 (なんて適当な人なんだ!?)

 先程の心配とは一転、冬夜は玉藻の役柄とのギャップに戸惑う。

 もっとも、適当、というよりは彼女の場合は楽しさを優先しているだけである。


「ということでトランプじゃ冬夜。何やるかのう?」

「えぇー、決めておいてくださいよそれぐらい」

「そうじゃな、なら――――」


 彼らがトランプの競技について話している間に、初戦の半分は終わろうとしていた。


 数分後。


「ラスト一枚、勝たせてもらいますよ!」

「ぐぬぬ……」


 会議の結果、トランプの内容はババヌキに決定。二人だけであるがそれなりに熱い展開となっている。

 冬夜が持つカードは残り一枚、一方玉藻が持つカードは残り二枚。このターンで冬夜がジョーカーを引かなければ冬夜の勝利は確信している。

 そして――――冬夜は一枚を手に取った!

 カード確認を確認する。そこには――――。


「――ジョーカー、じゃあないですねこれはっ!」


 ばんっ、と。冬夜がテーブルに強くたたきつけた二枚のカードは、模様は違えど同じ数字のカード。

 冬夜の勝利がここに決まった。


「な、なぬ!」


 玉藻はすぐに己の手元に残っているカードを確認する。非常な現実を突きつけるように、その一枚はジョーカーであった。

 叩き付けられた現実から逃れるように頭を抱える玉藻。


「これで玉藻さんがババですね!」

「だ、誰がババアじゃ!!」


 冬夜の心無い言葉? に泣きそうな顔で怒っている玉藻が尻尾をパンパンに張り詰めながら叫ぶ。

 そんな玉藻の様子に、


「えっと、そこまで言ってないですけど、そう聞こえたなら謝ります。ごめんなさい」

「なっ……」


 心底申し訳なさそうに謝る冬夜に戸惑う玉藻。

 一瞬、本気で怒った玉藻であったが、さすがにここまで懇切丁寧に謝られてしまうと何も言えなくなってしまう。

 と思われた。


「そんな風に謝られたところで、怯むわらわではないのじゃ!」


 わらわの力を思い知らせてやるのじゃ! と。赤面しながらそう叫んだ玉藻は、椅子を蹴って飛び上がり、テーブルを超える跳躍力で向こう側の冬夜の方へと降下した。

 あまりにも予想できなかった玉藻の行動に、あっけにとられた冬夜はそのまま彼女が自分のもとへ降下してくるのを見ることしかできない。

 それに今避けてしまったら玉藻さんが地面に叩き付けられる。自業自得の行為ではあるが、やはりここで避けてはいけないと冬夜は思った。

 そして冬夜に着地した玉藻と、それを受け止めた冬夜は、バランスを崩して二人同時に床に倒れた。その姿は傍から見れば玉藻が冬夜に馬乗りしているようにしか見えないが、生憎人はいない。


「いてて……って、いきなり危ないじゃないですか!」


玉藻の胸やら太腿やらの柔らかく温かい体の感触に思わず赤面しながらも、冬夜はそれらを振り払うように叫ぶ。


「そなたがわらわを侮辱するからじゃ! 喰らうのじゃ!」

「えっ……あははー!?」


 玉藻をどかそうとする冬夜に抵抗するように、彼女は冬夜の脇に手を滑り込ませてくすぐり始めた。冬夜は最初驚いたような声をあげた後、上擦った声を放つ。


「どうじゃ、参ったか!?」

「ちょ、くすぐったいですって」


 悪戯そうな笑顔を浮かべながら勝利を確信した玉藻であったが、反応の割には冬夜は全然くすぐったそうにしておらず余裕そうである。


「の割には余裕そう……じゃのう!」


 そういって玉藻はくすぐる場所をほんの少し下げるが、冬夜の反応はまったく変わらない。

 そうこうしているうちに、時間は一回戦の最終戦まで迫っていた。 


 くすぐり飽きた玉藻が部屋を出ようと提案してきたので、二人は会場に繋がっているといわれた一本の通路を歩いている。

 通路は締めきっているため薄暗く、足元がとりあえず見える程度の明るさ。奥からは観客たちの熱い歓声が微かながら聞こえてくる。

 冬夜は先程のように玉藻の後ろを歩くのではなく隣を歩いていた。


「一回戦終わったんですかね」

「あれだけ遊べば終わっとるじゃろ?」


 優しく微笑みながら答える玉藻。先程、嫌というほど冬夜をくすぐって汗をかいたせいか、その顔は晴れやかである。

 なんて会話をしている間に、行き止まりが未だ見えない通路の右側から光が微かに差しているのが見える。おそらく会場に行く道から光が漏れているのだろう。


「どうやら着いたようじゃな」

「あの奥なんですね」


 光差す道を眩しそうに目を細めて見つめる冬夜。だんだん大きくなる光の方へ歩を進め、特等席があると思われる光が入ってきている道の前に立つ。


「それじゃ行くかの」

「そうですね――――」


 と言って前に進もうとする冬夜の背中を玉藻が片手で押し出した。

 予想していなかった力に驚きながらも、逆らうことはできず冬夜は光の先へと進む。

 その間に、通路の奥の暗闇へと歩き始める玉藻。


「すまないのう冬夜。これもこの高校の為じゃ」


 言葉ではそう言っているけれども、それに反して通路を歩く彼女は妖しくも楽しげな笑みをこぼしている。そしてその言葉の半分は本心だが、もう半分は偽り。

 彼女を動かしているのは、知りたいという好奇心。楽し気に笑顔を浮かべる今の彼女からはその感情が溢れんばかりににじみ出ている。

 そうして玉藻は通路の闇に消えていった。


 このようにしてスタジアムの中心に登場することになった冬夜は、観客達全員の視線、そして目の前でこちらを見つめている獣人の視線のすべてを一斉に受けている。

 考えをまとめようとする冬夜に追い打ちをかけるように司会者はことを進めていく。


『さてそれでは第一回戦の第一試合と同じように大河選手の対戦者である柴咲選手には武器の――――』

「ちょっと待って!」


 司会者の言葉を遮るように冬夜は声を荒げる。


『どうかしましたか?』

「僕、この拳闘祭に参加した覚えがないんだけど」


 困ったような声色で訴える冬夜の突然の異論に会場はざわめく。しかし司会者は不思議そうな顔をしながら何かを取り出す。


『ですが……ここに拳闘祭参加証明書はありますよ?』


 司会者の片手には言葉の通り参加証明書が持たれている。そして証明書の名前欄には――――冬夜自身が執筆したように名前が記されていた。

 それを見た冬夜は乾いた声で、


「え、なんで」

『大会の参加で気が動転しているのだと思います。しかし、ここに証明するものがあるので柴咲選手にはこのまま大河選手と戦ってもらいます』

「なら……」


 司会者の言っていることは、参加証明書があることからこの場では正しい。

 ならばどうやってこの場を切り抜けるか。

 答えは一つ。そう思った冬夜は、


「僕は――――この戦いを棄権します」


 司会者に何の迷いもなく言葉を放つ。

 その言葉に司会者や観客が目を丸くしざわめく、が戦うことに興味も意味も持たない冬夜にとって試合は無駄な行為だ。

 冬夜はそのまま会場を出るために後ろを向いて入り口に戻ろうと片足を上げた――――。


「――――待て」


 唖然とした会場内で、とても低い男の声が冬夜を呼び止めた。その声が耳に入った冬夜はその人物に背中を向けたまま歩みを止める。

 冬夜を呼び止めたのは大河であった。彼がなぜ冬夜を呼び止めたのか、会場の誰も理由など分からない。

 大河は背中を向け続ける冬夜に言葉を続ける。


「お主、そのままわしに背を向けたまま戦いを放棄する気か」

「大河君、悪いけど僕には戦うが理由ないから。この大会も本当は見る側の予定だったんだ」


 大河の問いに冬夜は振り向き、自分よりも遥かに高い相手を見上げながら返答する。

 実際、大会に参加すること自体は冬夜の意向ではない。だから冬夜はそのまま彼に背を向けて会場を去り勝利を譲る、ただそれだけ。

 だが冬夜は少し気になっていた。なぜ彼が自分を呼び止めたのか。

 けれど知らなくていい。彼にはこのまま勝利を明け渡し通常の試合に戻せばいい。それだけでいいと冬夜は本気で思っていた。


「――――ならばあの白い女子(おなご)はわしが(めと)ってもよいな?」


 その言葉を聞くまでは。


「……は」

「もう一度言おう。わしがあの女子を娶ってよいんだな」


 驚きのあまり、背を向けていた冬夜は大河の方に体ごと向ける。

 大河が嬉しそうに指さした場所は観客席。そしてその方向には白い少女――――きながいた。


「わたし?」


 ぽかんと口をあけるきなに。

 一方の大河は、まるで王子が姫の手を取るかのように丁寧に片手を上げる。

 そして、会場の中心で告白紛いの言葉を投げかける。


「そうだ。獣人のなかでもお(ぬし)程可憐で花のような女子はおらぬだろう。だからわしはこの男から勝利を奪い、そなたのことも勝ち取ろう。勿論、妃としてな」


 そんな大河の言葉に会場内が喜怒哀楽様々な色の声で沸き立つ。


「あの、一度も女子の告白を受け入れなかった鋼鉄の漢、大河が告白だと!?」

「私、あのふわふわな柔毛の腕に抱かれたいと思っていたのに!!」


 そんな会場の声を無視するように冬夜は静かな怒りを胸に秘めたまま口を開く。


「そっか。このまま僕が逃げたらきなを連れていくんだ」

「そうだな。そのままお主が試合を放棄するならば」


 大河の言葉を聞いた冬夜は、まるでスイッチが変わったかのように目つきが変わった。きなや友人に向けるいつもの優しい表情から、きなを守るときのみ垣間見ることのできる、相手を倒すことに真剣になる彼の顔に。

 その様子を見ていた佐野や照は冬夜の現状に頭を抱える。なにせこのまま冬夜が本気を出せばよくない意味で有名になってしまうのだから。だがもう遅い。


「やっと戦う気になったか」

「司会者―――」

『な、なんでしょう!?』

「――――長さの違う木刀二本」


 冬夜は司会者に向かって静かにそう告げる。

 すると、上空から二本の木刀が回転しながら飛来してきた。その二本を冬夜は目で捉えた後、取りこぼすことなく二本同時に手中に収める。

 (……これ、ただの木刀だ)

 飛来してきた木刀を冬夜は持ち前の神受性で読み取る。しかし二本の木刀からは神力を感じ取ることはできない。

 実は冬夜が司会者の言葉を止めてしまったせいで本人や観客は気づいていないが、冬夜の参加証明書の武器欄には『その時に応じて』と書かれていた。だから、本人がその時に望んだ物を即席で出すしかないので、神力が込められていない木刀が冬夜の手に渡ったのである。

 (朝の練習の成果を試すのにちょうどいいかな)

 と、木刀二本を構えた冬夜はさっそく二本の木刀にきなから供給されている神力を流し込み強化を行う。強化が完了したことを確認するように両手に持っている木刀を横に薙ぎ構える冬夜。大河も同じように徒手空拳の構えをとる。

 睨み合う二人。戦う前から既に戦闘は始まっていた。あとは司会者の掛け声を待つだけ。


『それでは――――試合はじめ!!』


 得るもの、守るもの、それらがある二人は距離を詰めんばかりに同時に駆け出した。

 大河は己の腕の攻撃範囲内に冬夜が入る場所まで距離が詰まるとその場で足を固定し、構えていた丸太のような腕を冬夜の方向にまっすぐに振りぬく。

 スピードも威力も併せ持つ獣人の拳は巨大な岩をも砕きかねない程のパワーを持つ。

 一瞬の間に豪速で迫りくる強烈な拳を冬夜は見切っていた。

 歩みは止めず、両目を見開き捉えた拳を両手それぞれに持つ木刀を彼の腕の横に当てて軌道を反らさせたまま彼の後ろに回り込み、後ろに大きく飛んで距離をとる。

 その間数秒。

 放った拳で勝利を確信していたのか大河もこの事態に目を見開いている。獣人の拳が人の手により受け流されたことに言葉も出ない。


「ほう、やりおるのう冬夜」


 それを見ていた玉藻も驚くように笑顔を浮かべる。

 ちなみに、先程の冬夜の棄権の言葉が放たれたとき、彼女が予想だにしておらず慌てふためいていたのは秘密である。


「ふむ……わしの拳を避けるか。どうやら少しばかり手加減していたようだな」


 先程放った拳を見ながらつぶやくように冬夜に語り掛ける。一方の冬夜も話を聞くようにいつもの表情を解かずに、両腕は構えないままだらんとおろしている。

 否、――腕を受け止める際にかなりの筋力を使用したおかげで痺れて腕が上がらない、と言った方が正しい。


「それで、この後は本気を出してくれるの?」

「無論、そのつもりだ。人だからと油断していたわしの甘さが招いた結果なのだからな。本当だったらあれで勝利を収めるつもりだった」


 体のせいであまりにも細く見えるトラ色の尻尾を揺らしながら、大河は冷静に言い放った。そしてピースをするように指を立てた手を冬夜の前に突き出す。


「二分。それで勝負が決まらなかったらお主の勝ちでよい」

「極めて了解」


 頷いた冬夜は会話の間に少し回復した重い腕を上げて再び木刀二本を構える。

 お互いの眼は相手しか見えていない。

 そんな時、冬夜が何かを思い出したかのように少し笑いながら口を開く。


「ところで大河君、四月ぐらいに購買でパンを大量に買ったの覚えてる?」

「あぁ、あの時は入りたての部員に差し入れてやろうと思ってな」

「じゃあ、その時後ろでお腹を空かせて並んでいた人がいたのは知っている?」

「……」


 冬夜の問いかけに大河は黙る。なぜなら問われた件に対してまったく覚えていないから。

 しかし被害者である彼は忘れもしない。

 

「それは――――僕だあああ!!」


 食べ物の恨みは恐ろしい。それはいつの時代だってそう。

 冬夜のどうでもいい叫びに会場どころか、戦闘経験豊富な大河ですら固まる。

 しかしその間にも距離を詰めるために冬夜は駆け出していた。

 先程の言葉が陽動になると判断したのか、はたまた単に恨みを晴らしたかったのだろうか。

 その思いを乗せて冬夜は距離の詰まった大河の前で飛ぶと、飛ぶ際に振り上げた木刀を体重と重力を乗せて力強く振り下ろす。

 理解に乏しい叫びに混乱していた大河であったが、突撃してきた冬夜に気づき咄嗟に左腕を前に出して、まるで盾にするかのように二本の木刀による攻撃を防御する。

 大河の腕に多少の激痛が走るが、獣人は体が人間の何倍も頑丈にできているため苦にならない。

 そんな二人の攻防を観客が固唾を飲んで戦いの行方を見守る。

 (どうか、とうやがケガしませんように……!)

 冬夜の攻撃を見ていたきなは天に祈るように両手を合わせながら冬夜を見守る。

 そんな時、低く構えていた腰の後ろ、空いていた大河の右腕が拳を握り始める。

 そして、


「うおおおおらああああ!!」


 けたたましい叫びと共にその右腕を冬夜めがけて振り上げた。

 先程の一合よりもさらに速く向かってくる拳を目視した冬夜は動かない。

 それどころかその顔は、先程まで相手を倒すことしか思考にない目つきから、勝利を確信した笑顔に変わっていた。

 そしてそのまま剛腕は冬夜の横腹に突き刺さる。

 体中に響き渡る激しい鈍痛。骨が折れたかと錯覚しそうな痛みに顔が歪む。同時に冬夜は自分が横に吹っ飛ばされていることを理解した。

 その直後に観客席の真下にある壁にたたきつけられた時には既に意識を失っていた。

 ずるり、と壁に体をくっつけながら冬夜はスタジアムの床に落下した。


「――――そこまでじゃ! ちょっとやりすぎじゃのう。大河」


 司会者、ではなく一人の少女が叫ぶと会場の空気が一変する。

 その後、大河に呟くように言葉を放った彼女の腕の中に冬夜は落下していた。そんな彼を見ながら彼女―――久遠玉藻はほほ笑む。


「……はぁっ――――とうやぁ!!」


 がしゃん、と音を立てて観客の柵をつかみながら真下を見てきなは不安そうに彼の名を呼ぶ。冬夜の様子を見ていた彼女は観客席の階段を全速力で駆け下りてきたせいか軽く息が上がっている。


「大丈夫じゃよ四季上(しきがみ)。冬夜は別に死んでおるわけじゃないしの」

「にゅぅ……よかったぁ」


 玉藻の言葉に安心したのかきなはぺたりと会場の床に腰を下ろす。


「四季上! 大丈夫か」

「きな姉ちゃん!」


 いきなり飛び出していった彼女に遅れて佐野と諦が追いつく。

 (ほぅ……天野の息子に新城家の息子か)

 玉藻は追いついてきた男子二人組をその深紅の瞳に映す。

 そして、

 (あの二人と関係があるとは、面白い男じゃのう)

 あくまで偶然的かもしれんがのう、と言葉に出さないまま腕の中で気を失っている冬夜を床に優しく下す。


「誰か、担架を持ってくるのじゃ」


 玉藻がそう叫ぶと、会場スタッフが担架を持ってきてその上に冬夜を乗せる。

 そのまま冬夜はどこかへと運ばれていった。

 その様子を見送った玉藻は、観客席に腰を下ろしているきなを見上げながら口に手を添える。その形はまさに声を届かせるメガホンのように。


「四季上、冬夜は保健室に向かわせたのじゃ」

「あ、ありがとうございます!」


 玉藻の言葉に、きなはぺこり、と一礼すると一目散に駆け出して行った。

 それに追いつくように佐野と諦も走り始める。

 それを確認した玉藻は、今の状況を呑み込めず混乱している司会者の方に向かうと小声でささやいた。


「混乱させてすまんの。そのまま続けてくれてよいぞ」


 それだけ言うと彼女は自分の特等席へと戻っていった。

 玉藻の言葉に我に返った司会者担当の生徒は、


『い、一時期はどうなるかと思いましたが、ただ今の試合は大河選手の勝利です! それではこれから第二試合へ移行したいと思います! 次の対戦者は――――』


 司会者の言葉により試合は何事もなかったかのように進められていく。


 自分の席にたどり着いた玉藻は椅子に腰かける。

 その後ろでは、真面目そうな顔を不機嫌そうにしかめながら黒髪で短髪の女子生徒が彼女を眼鏡越しに見ていた。


「なんじゃ、不満か?」

「不満じゃない。……と言ったら嘘になります」


 己の感情を隠そうとするように彼女は真面目に、それでいて正直な感想を玉藻に伝える。


「というと?」

「生徒会長が勝手に試合に割り込むのはいかがなものかと」

「まぁ、そこは許してほしいのう」

「なんて言われても、こっちは後始末が大変なんですよ。ほかの教師に何と言われるか。ただでさえ生徒会は権力があまりないのに」


 ため息交じりに女子生徒は嘆く。


「今回は大丈夫なはずじゃ。なんせ特別案件なのじゃからな」

「最終戦になったら連絡を寄越すのじゃ、と言ったのも彼のためだったんですね」

「そうじゃ。でなければ先程のように大きくは動かないじゃろ?」

「そうですね。ところで――彼はどうでしたか?」


 そう言って女子生徒は手元に持っていた書類を玉藻に丁寧に渡す。

 書類の一番前には、冬夜の顔写真が貼ってある経歴用紙がほかの用紙と同様に重なっていた。


「あぁ、あやつはのぅ……」


 用紙の空白の部分に玉藻はペンで『伍』と書き入れる。


「神気等級、伍ですか」

「通常、人間なら(ろく)とつけるのがなりわいじゃが、あやつの場合は例外じゃ。――――あやつ外部から神力の供給がされておる」


 ペンの蓋を閉めながら玉藻は楽しそうに女子生徒に語る。


「珍しいですね」

「それに、気づいておらぬか?」

「何にですか」


 答えの分からない女子生徒は疑問を投げかける。


「気づかなかったか。あやつ木刀も強化しておったぞ」

「強化もできるとは、相当な経験を積んでいると見ていいでしょうね」 


 言葉の途中に玉藻は書類を女子生徒に手渡す。


「しかし戦闘力はまぁまぁじゃから、危険視するほどでもないじゃろ。――――特に学校に危害を加える生徒でもないしの」

「会長がそうおっしゃるのなら」

「さて、試合の続きでも観戦するかのう。といっても今回も大河が優勝じゃろうけどな」


 なんて語りながら玉藻は再びスタジアムの中止に視線を合わせる。

 (冬夜、なかなか楽しそうな奴じゃの)

 むふふ、と笑いながら彼女は尻尾を揺らした。


※7/10 誤字修正をしました。

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