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僕と尻尾の冬休み  作者: 柴健
僕と尻尾の恋戦編
24/30

影から這い寄るモノ

「はぁ、はぁ……! 誰か!」


 深夜の時間帯。足元が確認できないほど暗い夜道を一人の少女が全速力で駆け抜ける。制服を見る限りどうやら神岡高校の生徒のようだ。

 その少女は息を切らしながら、何かから逃げるように走り続ける。

 彼女の後方――――一人の人影が見て取れる。追いかける、という速度には遠く、歩みは遅い。はたから見れば、少女が命がけで逃げる相手には到底思えない。

 

「――――ハラヘッタ」


 言葉を覚えたてのような舌足らずで無機質な言葉。だが人影が追い求めているものは決して食べ物なんかではない。一人のうら若き少女。その人影が食べようと狙いを定めているのは、目の前から逃げようとしている少女であった。

 そして人影は距離の離れた獲物に追いかけようと再び行動を開始する。



「……そろそろ、撒けたかしら」


 幾分程逃げただろうか。反れた小道に逃げ込んだ少女は呼吸を整えながら後方を確認した。後ろには誰もいないし、気配も感じない。

 安堵に胸を下ろした少女は、その荒い呼吸を整えようと座ろうとして、


 しゅるしゅる、と何かが擦れる音が後方から響く。


 追手との距離は十分に離れていた。さっきまで足音すら聞こえなかったのに。少女は困惑する。

 なぜなら、彼女が再び後方を見た先には――――。


「ミツケタ」


 ニタァ、と獲物(しょうじょ)を見つけた人影(ハンター)が少女を見つめながら表情を歪めた。それはまるで無邪気な子供が目の前に好物を置かれた時の表情に他ならない。

 言葉にできない恐怖が少女の胸を支配する。逃げなきゃ、そう思い後ろを見ると、そこには無慈悲にも壁があり逃げることができない。恐怖から避けようと命からがら逃げ込んだ場所は行き止まりだったのだ。

 これから逃げることも出来ずに襲われるんという恐怖。だがそれ以上に少女を恐怖させる要因があった。

 人影の後ろにある、人影の何倍も大きな何か。しゅるしゅると音を響かせていた元凶。それが彼女の恐怖の大半を占めていた。

 人影はその歩を進め少女との距離を縮めていく。加速する動悸、止まない脳からの警告音、恐怖からの止まらない震え、そして脳裏に浮かぶのは自分の悲惨な結末。

 人影が少女に触れようとしたとき、少女は人影の姿を捉えた――――。


「大変です! ここに不審者が!」


 少女の肌に触れるまで数ミリ程度近づいたその時、どこから青年の叫び声が夜道に響いた。

 びくり、と人影の指が止まる。人影は青年の叫び声に驚いたようだ。

 人影の表情が一気に青ざめる。だが判断力は鈍ってなかったのかすぐさま後方に飛んで行ってしまった。――――人間業では不可能な跳躍力、まるで大砲みたいに飛んで行ったように少女には見えた。

 わずか数秒の出来事。はっ、と正気に戻った少女は目の前に視線を向ける。そこには少女の安否を確認しに来た青年が立っていた。姿は暗くてよく見えない。


「大丈夫ですか!?」

「あ、あのっ……」


 青年の安否を確認する声と、少女の声が交互に響いたその時、


「何事だ」

「……不審者?」


 先ほどの少年の声を聞いたであろう人々の声が聞こえてくる。

 次の瞬間、野次馬に驚いたかのようにびくり、と体を振るわせた後、少女の目の前に立っていた少年は野次馬の声の方向とは逆方向に向かって走り去っていった。


「ま、待ってください!!」


 少女の声は少年に届くことなく暗闇に溶けていく。

 その後、先の体力の消費と恐怖によりすり減った精神から来た眩暈により、少女は気を失った。


 先程の騒動から逃げてきた青年。

 彼の通る夜道の周りには誰もいない。彼を見てるのは真夜中の暗闇と夜空に浮かぶ月のみ。

 彼にはどうしても騒動に巻き込まれてはいけない理由があったが、それはまた別の話。

 でも、人を助けたかった。青年のその思いだけは紛れもない真実。野次馬が助けてくれるだろう、と思い込み逃げてきたが、青年はここにきて少女を置いて逃げたことを後悔していた。


「それでも、やっぱり人に見られるのは……面倒っす」


 呼吸を整えた青年は、誰にも気づかれぬまま暗闇の中へと消えていく。


 ――――少し生意気なアネキと可愛く優しい姉ちゃんが待つあの家に。


 けれどこれはまだ今回の事件の序章に過ぎない。

 青年は知っている。近いうちにアレと決着を付けなければいけないことを。

 深い因縁を何度も断ち切ってきた過去がその体に――――魂に焼き付けられているから。


 因縁の八頭狩り(ブレイクストリーム)・プロローグ


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