皇女の想い 〜夢か幻か〜
久しぶりの投函です〜。
お待ち頂いた皆様、申し訳ありません!
「あら、今日はあなたが?」
朝、一番に警護の挨拶に訪れたトリステラを出迎えたのは、第一皇女ティアーヌの侍女頭カレンナだった。
おかっぱ頭の栗毛と、猫のようなつり目の鳶色の瞳が印象的な娘だと、トリステラは記憶していた。
「ええ、リュエマは少し体調が悪いらしく」
そう言うと、カレンナは眉をひそめた。
「お風邪でも召されまして?」
そう聞いてくる。
明らかに「うちの皇女様に移っていたら大変だわ!!」といった様子の眉根を寄せた表情に、トリステラはそうきたかと苦笑しつつ答える。
「女性特有の・・・、月に一度の病と申し上げればおわかりいただけますか?」
「まっ!・・・」
カレンナは頬を赤く染めてそっぽを向きながら答える。
「そういうことならっ!仕方ありませんわねっ!」
そう言い残すと、背中を見せて付いてこいと促すようにトリステラを振り返る。
「まずは、ティアーヌ様にご挨拶させて頂いて、次にフリューレ様ですね」
確認の意味も兼ねて、トリステラが聞くと、カレンナは面倒な事をといった風情で答える。
「あちらは・・・昨日のことがございましたから、寝込んでおいでのようですわ」
やはり、この第一皇女の侍女頭カレンナは、第二皇女を良く思ってはいないのだろうな
と感じながら、トリステラも次のカードを切り出す。
「そうですか・・・王太子殿下がお二人の皇女様方に、昨日のお見舞いをと申し出ておられるのですが・・・」
「えっ!ノルディアス王太子殿下がこちらにいらっしゃるのですか?」
途端にそわそわしだしたカレンナを伺いつつ、トリステラは「事件の真相」を探る事を諦めないでいた。リュエマの為にも、少しでも真実に近づくのが己の義務だと、そう思ったからだった。
「いらっしゃるとしても、朝議を終えてからだから、たぶん午後からになると思いますが・・・」
そうトリステラが微笑むと。カレンナはそんなトリステラをキッと睨み付けた。
「あら、姫君のお支度にどれくらい時間がかかるかも、あなたはご存じないのですね」
そう言うと、カレンナはトリステラを急かせ、
「姫様へのご挨拶は手短にお願いしますわ!」
と、小走りで先を急ぐのだった。
ティアーヌへの挨拶を済ませたトリステラは、次に第二皇女であるフリューレの元を訪れた。
寝込んでいるとカレンナから聞いていたので、侍女のクレリレアに声をかけるだけのつもりが、部屋に通されてしまった。
「姫様は怯えていらっしゃいます!騎士様が守って下さっていると、そう、安心させて下さいませ!」
そう言って、強引に通された部屋では、フリューレは起きており、窓際のテーブルでお茶を飲んでいた。
「おはようございます、フリューレ様。もう起きていらして大丈夫なのですか?」
そうトリステラが声をかけると、ぼんやりした様子でトリステラを仰ぎ見る。
「まぁ、リュエマ様のお兄様の・・・トリステラ様でしたかしら?おはようございます」
そう言ってにっこり微笑む。
おや、こちらは随分と落ち着いているのだなと、トリステラは思ったよりも落ち着いた様子のフリューレ皇女ににっこりと微笑んで見せる。
そこにすかさず、侍女のクレリレアが小声でトリステラに語りかけてくる。
「フリューレ様には昨日のショックが大きかったご様子でしたので、気散じの薬湯を差し上げておりますれば、いささか反応がぼんやりでもご容赦下さいませ」
「気散じというと・・・フルツッカあたりですか?」
トリステラが、興奮した気分を押さえるために使われる薬湯の名前を口にすると、クレリレアは頷いた。
「はい。こちらの薬湯医にお願い致しました」
「そうですか。適切なご処置だと思いますよ」
そう、トリステラが微笑みを向けると、クレリレアはカッと頬を真っ赤に染めて、モジモジと俯いた。
まったく、罪作りな美貌の持ち主である。
さて、と、トリステラは、窓の外をぼんやり眺めているフリューレ皇女に声をかける。
「フリューレ様、今のご気分はいかがですか?」
「そうね・・・今は・・・何だか少し眠いわ」
フルツッカの効能は、鋭く尖ってしまった神経を、ゆるめる効果があるので、眠気を感じる者も多いと聞いている。
「午後からですが、王太子殿下がお見舞いに来たいとおっしゃっていましたが、いかがでしょう?お会いになれますか?」
「まぁっ!王太子殿下がっ!」
侍女クレリレアが小さく叫ぶ。
皇女は沈黙していたが、その瞳が小さく揺らいだのはトリステラの鋭い観察眼にかかればたやすく見て取れた。
「そう・・・王太子殿下が・・・。ところで、リュエマ様は今日は?」
「具合が悪くて伏せっておりますので、代わりに私が参上しました」
「そうでしたか・・・。リュエマ様のお加減は?」
「いや、えっと・・・月の障りです」
「まぁ・・・。お腹が酷く痛むといったところですか?」
赤面もせず、すんなりと皇女がリュエマの症状を聞いてきたのに、トリステラは一瞬戸惑った。
「はぁ、まぁ、私にはわかりませんが、腰が痛むようですね」
そう、トリステラが答えると、皇女は少し考えたあと、首を傾げながら侍女に問いかける。
「我が国では、そのような時には温石をお腹と腰の二カ所に添えて暖めることで、痛みを散らすことができると言われていますわね」
相対する侍女は、「と、殿方の前でっ・・・・」と小さく呟きながらも、真っ赤な顔で答える。
「はい。痛み止めの薬湯を飲んだ後に、身体を冷やさぬように温めることが必要とされておりますね」
「そうですか。良いことを聞かせて頂きました。早速帰りましたら試すように、リュエマに伝えましょう」
「無理をせず、お大事にとお伝え下さいませ」
第二皇女の元を辞した後、トリステラは違和感に苛まれていた。
「薬のせいなのか・・・?フリューレ様は・・・」
攫われかけた身としては、いささかぼんやりというか、投げやりというか、そんな印象を拭いきれなかったのだった。
風が吹いていた。
彼女のまとめた髪から零れた後れ毛を揺らして、耳元を吹き抜けて行く。
見下ろす平原には、一面の緑。そして、小さな白い花を付けたリリス草が、海面に波立つ泡のように、風に吹かれて一斉に波打ち揺れている。
「ここに居たのですね・・・」
そっと背後に立つ人が、甘さを含んだ低く響く声で話しかける。
「今日は一段と風が強い。これを・・・」
そう言うと、自分が羽織っていたであろう青いマントを、彼女の肩に優しく着せかける。
「海原のようよね・・・」
彼女は振り返らず、平原を見下ろしたままそう呟く。
「リアルシャルンに行くのですか・・・」
「ええ・・・、フリューレも一緒よ」
「あなたは・・・リアルシャルンの正妃になるおつもりなのですか?」
一瞬、咎めるような響きを含んだ声がティアーヌの耳元でささやくように言う。
「分からないわ・・・。でも、安心して。選ばれるのは、きっと第一皇女である私だわ。フリューレは帰ってくるから・・・」
「ティアーヌ様っ、私は・・・」
大きな手が、振り返りもしないティアーヌの右肩を掴む。
「安心してっ。フリューレとキミリアード侯爵との婚約話ならぶちこわして差し上げるから大丈夫よっ!」
その時、背後から力強い腕が、彼女の身体を掻き抱いた。そして、彼女の耳元に口づけられるように寄せられた唇がささやく。
「ティアーヌ、私はあなたを、あなたのことを・・・」
「・・・」
痛いくらい抱きしめられて、ティアーヌは俯いたまま唇を噛みしめる。
「今の私では、第一皇女であるあなたに相応しくないのは分かっています」
「エド、待って!」
聞きたい、でも聞きたくない。聞いたってどうしようもないのだから・・・。相反する思いの狭間で、ティアーヌの心も揺れ動く。
「でも、待っていてくれませんか?きっとあなたに相応しいと、周りにも認めさせてみせるから」
「エド・・・」
泣いてはいけない。こんなことで第一皇女である、誇り高い私が涙を流すなんて・・・。
そう思っても、涙は勝手に溢れて頬を伝い落ち、顎先から風に舞う。
どうしようもないことなのに・・・。
隣国の大国、リアルシャルンとの縁談が進めば、私は正妃として嫁ぐだろう。それは誰にも止められない。
リアルシャルンの王になる王太子には、溺愛し、求婚し続けている貴族の姫がいるらしいが、彼女はそれを拒んでいると聞く。
想う人から想われない哀れな王太子に宛がわれる自分。
でも、仕方がないのだ。それが、政略結婚という駒に使われる第一皇女であるという自分なのだから。
なのに、今、このとき、彼の言葉を嬉しいと、心の底から感じている自分も嘘ではないのだ。
「離してっ!エド、私は・・・」
「愛している、ティアーヌ。この命よりも・・・」
「エド・・・」
瞳を閉じれば、腹違いの妹である愛らしいフリューレと、守り役の騎士バルトラド・モリスン。そしてその息子のエドワルド。一緒に過ごした幼い日々のことが蘇る。
あの、何も悩まずにただしあわせだった日々は、どこに行ってしまったのだろう。
「エド・・・、エドワルド・・・」
彼の人を呼ぶ自分の声に目覚める。
涙に濡れた頬が冷たい。
「私・・・また夢を・・・」
待っていると、彼は言った。
でも、私を待っていることで、彼は幸せになれるのだろうか?
私は、彼を、しあわせにできるのだろうか?
穏やかで優しい、妹のフリューレと一緒になったほうが、彼はしあわせになれるのではないのかしら?
ティアーヌと供にあるためには、彼はとても大変な努力を強いられるだろう。
「血筋の良い第一皇女」は「政略結婚のポイントの高い駒」なのだ。他国との繋がりを持つためなら、ティアーヌ本人の意志など関係しないのだ。
もし、相手が「血筋の良い第一皇女」よりも「血筋の劣る第二皇女」を気に入れば話は別なのだが、国と国の為の政略結婚なら、当然「血筋」は大きな問題になるのだ。
このリアルシャルンの次代の王となるノルディアス王太子の思い人は、女騎士であるリュエマだということは周知の事実だった。
美しく、凛々しく、そして心優しいリュエマをティアーヌも気に入っていた。彼女が側妃となっても、自分ならうまくつきあえるだろう。そう、ティアーヌは思った。
もし、このリアルシャルンの正妃に選ばれなくても、また、どこかの国から縁談はやってくる。
「エド・・・」
小さな声で名前を呟くと、胸の奥がギュッと苦しくなる。
瞼を閉じれば、優しく微笑む灰褐色の瞳と絹糸のような金の髪を持つ青年の姿が瞼の奥に浮かぶ。
「しあわせになって・・・」
誰よりも大切だから、自分の為に苦しんで欲しくないと、ティアーヌは抜け出す先の見えない迷路のような物思いにため息をついたのだった。
一年ほど休養させていただきました。
雨生です。
まだ覚えて頂いたならうれしいです。
一年の時を経て、復活致しました。
頑張って更新いたしますので、よろしくお願い致します。




