秘められた理由 〜姫騎士の秘密〜
晩餐の時間が過ぎた頃、リュエマの部屋の扉を叩く音がした。
「どうぞ」
扉の方を見もしないで、そう声をかける。さっき頼んだ侍女が、軽食でも運んできたのだろうかと思ったのだ。食欲は無かったが、全く食べないと兄たちがうるさいので、とりあえず形だけでも食事を取ったように装わなければならないからだ。
リュエマは部屋着のままで、ガウンを羽織り、机の前に座り書き物をしていた。今日の仕事の報告書を作らなければならなかったし、今回の事件についてトリステラと話したことも、頭の中を整理するために文章にまとめようとしていたのだ。
「食事はそこに置いて・・・」
侍女に声を掛けようと振り向くと、そこにいたのは軽食を乗せたトレーを手にした五人目の兄ラスティアルだった。
「ラスティ兄上?」
「今、そこで侍女と会ったら、リュエマに食事を持って行くというから、代わりに僕が運んできたんだ」
そうにっこり微笑むラスティアルは、外出先から戻ってきたばかりなのか黒い外套を羽織り、「大学院で学ぶ者」の証である黒いベレー帽を被ったままである。その姿は長身で整ったキリリとした容姿の彼にとても似合っていた。黒ずくめの中に、肩に少しかかるくらいの長さで揃えられた、美しい金の髪が彩りを添えている。
「おかえりなさい、ですよね?どこかにお出かけでしたか?」
「ああ、リダー兄上に頼まれて、ファル兄上とちょっと父上の所までね。ついでに母上にもご機嫌伺いしてきたよ」
幾つになっても仲睦まじい、両親の姿が目に浮かぶ。
「お二人ともお元気でしたか?」
「ああ。お変わりなかったよ。ただ、母上は・・・リュエマのことを心配しておられたよ」
そう、ラスティアルに告げられると、リュエマはため息をつく。もちろん、王太子の求婚騒動は、離宮にいる父や母の耳にも入っているだろう。
「そうですか・・・」
「ところで、それは仕事?」
ラスティアルがリュエマの手元の書きかけの書類に目をやる。
「いえ。報告書は書き上がったんですけど、今日あった事件のことを私なりに整理して考えてみようかと思って書き付けていただけです」
「ああ、下で聞いてきた。今日は大変だったんだってね」
ラスティアルは他の兄たちが集っていた食堂の様子を思い浮かべた。それは・・・思い出したくもないくらい殺伐としていた。
リュエマが食事に降りてこないことを、みんなが心配しているのだ。それに、リュエマがノルディアスの行動に少なからずショックを受けたようだということもトリステラが報告していたので、長兄のリダルートは怒り心頭のようだったし、皆、それぞれの思惑を内に秘めたまま、黙々と食事をしている様は一種異様だった。
本当は、ラスティアルも調べたことや、母から聞いた話を兄たちに報告しなければならなかったのだが、まず、リュエマ本人に確認をして、それからでないと兄上達には話せないと、外套を脱ぐ間もおかずにリュエマの部屋を訪れたのだった。
「ちょっと、話をしたいんだけど、いいかな?」
そう、ラスティアルが言うと、リュエマはペンを置いてテーブルの所へやってきた。
「話ってなんですか?」
「まぁ、座って。少しでもいいから食べなさい。話はそれからだよ」
スマートに椅子を引いて、リュエマの手を取って座らせた後、ラスティアルもリュエマの正面の椅子に腰掛けた。そして、ポットのお茶を二つあるカップに注ぐ。
「このお茶は?」
「ああ、良い香りだろう?ギアフの葉にマコモルの花をブレンドしてある」
香りを確かめるように、カップを口元に運びながら、リュエマは兄に目を向ける。
「ギアフは・・・鎮静作用があるんでしたか?」
「ああ。気分を落ち着かせる作用があるな」
リュエマは気が進まなかったが、侍女の用意してくれた、丸いパンにハムとチーズを挟んだ物を口に運ぶ。騎士として身体を維持するために、たとえ食欲が無くても食べるように訓練されているから食べられるが、そういう時の食事は味気なく感じてしまうのは仕方がないことだろう。食べながら、無意識のうちにため息がこぼれていく。
「ごちそうさまでした」
「もう、いいのか?」
ラスティアルが皿の上に残ったモノを見て、眉をひそめる。侍女が用意してくれたモノの半分も食べられずに、リュエマは再びお茶に手を伸ばす。
「それで、話とは?」
「リュエマ・・・お前が王子の求婚を拒むのは・・・身体のせいなのか?」
「えっ!」
リュエマは思わずカップをガチャリと音をさせて皿の上に落としてしまう。
「ラスティ兄上?・・・一体何を?」
「実は、前々から気になっていた事があって、それで侍女達に確認して、確信が持てたから、最後に母上に会って確認してきたんだ」
「・・・・」
リュエマはじっとラスティアルの話を聞いている。
「リュエマ、このバッジを見て」
「?」
ラスティアルのかぶっているベレーには幾つかのバッジが付いている。それは大学で学ぶ者のかぶる物だったが、その収めた学問の種別によって種類の違うバッジが付けられている。ラスティアルのベレーには今まで収めた政治学の青いペンの形をしたバッジ、法律学の天秤の形をした黄色いバッジ、兵法学の赤い剣の形をしたバッジが付けられていた。普通は一つ、優秀でも二つのバッジなのに、三つのバッジを付けているだけでもラスティアルがまれに見る優秀な学生であるのかわかる。そして、新たに銀色に輝く羽根の形をしたバッジが四つ目のバッジとして輝いていた。
「ラスティ兄上、これは?」
「ああ、新しく学位を取ったんだ。これは医術学のバッジだよ」
「医術学?!」
「そう、そして来年には薬草学の緑の葉のバッジも手に入れるつもりだよ」
リュエマは驚きと賞賛の目でラスティアルを見つめた。
「すごいです!ラスティ兄上!!」
「ああ。この医術学は一番厄介で、時間がかかったけどね」
この兄上の学問に対する才能を見抜いて、大学に行き学問をしてはどうかと勧めたのは、王太子ノルディアスだったはずだ。ふと脳裏にノルディアスの笑顔が掠めたが、振り払うように首を振って、無理矢理意識を切り替える。
「何かお祝いをしなければなりませんね」
そう喜びはしゃぐリュエマに笑顔を向けながら、ラスティアルはリュエマを静かに呼んだ。
「リュエマ」
「はい?」
「医術学を学ぶと言うことは、人の身体やその仕組みを学ぶことなんだ」
「はい・・・」
「何も知らなければ、そんなものかと流していたかもしれないが・・・知ってしまうと見過ごせなくなる問題も見えてくる」
「ラスティ兄上・・・」
「この間、お前が「月の穢れ」で寝込んだのは、確か二ヶ月ほど前だったはずだ」
「ええ・・・」
「ハッキリ聞くよ。お前を悩ませているのは「月の穢れ」の乱れなのだね?」
「・・・・」
リュエマは兄の目から目を反らすと、そっとため息を付いた。
「私は・・・女としては出来損ないなんです」
「リュエマ!」
眉をひそめたラスティアルがリュエマの言うことを遮るように声を上げた。しかし、リュエマはその兄の目をしっかりと見つめ、己に言い聞かせるようにきっぱりと言い切る。
「だから・・・王太子妃になる資格なんて、私には無いんです」
「リュエマ・・・」
テーブルの上に置かれたリュエマの握りしめた拳が小さく震えていた。ラスティアルはその小さな拳をそっとその大きな手で包み込むように握りしめた。
リュエマの瞳から、静かに涙の滴が零れて、その白い頬の上を滑り落ちていった。
お待たせしました。
いよいよ、リュエマの「悩み」が何なのか、明らかになりました。
いわゆる「生理不順」というものなんですが、「不妊」に悩む方々の多くがこの理由であるらしいです。
「正妃の偽り」で立派に王子を産んでいるリュエマなので、この悩みは杞憂なのですが、まぁそんな未来の事は分からないので、彼女の不安は当たり前ってことでしょうか。
GWもあと少しですね。
皆様、ゆっくりと休日を楽しんでいらっしゃいますか?
雨生は今日だけお仕事お休み頂いて、やっとUPできました。
さて、明日も仕事だ!がんばります!!
雨生




