推理 〜姫騎士は考察する〜
会話が途切れると、馬上で繰り返しため息をつくリュエマを気遣って、トリステラは苦笑しながら話しかける。
本当は、たぶんリュエマのため息の訳は、今回の“誘拐未遂”を防げなかったことだけでないことを、この次兄は気付いていた。今はその“悩み”を考え込まずに済むようにしてやりたくて、トリステラは話を振る。リュエマを元気にするには仕事の話にかぎる。
「まず、犯罪とは必ず“目的”や“理由”があるから発生する」
「はぁ、まぁそうでしょうね・・・」
「今回、攫われそうになったのは、エルン皇家の姫君。そしてその姫君は妾腹の姫だ」
「ええ・・・」
「その姫君を攫って、“誰が”“どんな得をする”?」
「ええっと・・・」
リュエマは考え込んだ。
まず、この国で王家に続く家柄であるハンクルイエ公爵家の庭先で、そんな愚かな真似をすればバレたとしたら失脚は免れない。しかし、バレずに事を成し遂げられたら、国賓を守りきれなかったとして罪に問われるのはハンクルイエ公爵。
「まさか・・・スラビアーヌ様やハンクルイエ様を失脚させるための・・・」
「まあ、それも一理ありだ。だが、それで得をするのは?」
「ハンクルイエ様の失脚を望んでいる対抗貴族は?」
「まあ、居ないことは無いよ。それもアリだね。他には?」
笑顔でにこやかに聞き返すトリステラは、とりあえずリュエマを別の物思いから解放できたことを確認してホッと息をつく。そして、こっそりとリュエマの表情を盗み見る。いつのまにか、本当に綺麗になったなと。悩ましげに物思う今の表情なんか、妹でなかったら本当にヤバイと思う。この劇的な少女から女への変化が“恋”のなせるワザなのだとしたら、なんとも兄として切ないねぇ〜などとひとりごちる。
「えっと・・・」
攫われた姫、姫を失って得をする者は?
「ティアーヌ様とフリューレ様はあまり折り合いが良くないとの話ですが・・・それだけで相手を害そうと思うかどうか・・・」
「他にもこんな可能性があるね。フリューレ様に懸想した誰かが、フリューレ様を攫って自分のモノにしようとしたとか」
「兄上・・・」
まあ、あの愛らしい控えめな姫君に惹かれる者が居たとしても不思議ではないけれど・・・。
「あの姫君の味方は、姫君付きの侍女だけみたいだったしね」
「そうですね」
「側妃腹の姫でも、姫は姫だ。国賓の一人だ。この側面で考えてみるとどう?」
国賓の姫を攫われたら、夏の舞踏会の主催者である国王が非難される。非難されるだけでは済まないだろう。国同士の争い事にも発展しかねない!
「っ!!あ、兄上・・・まさか、国同士の争いを望むようなそんなことが・・・」
慌てるリュエマ。だが、トリステラは飄々とした様子でのんびり馬を進めながら、世間話でも楽しんでいるように微笑んでいる。
「ん〜〜、まぁ、そこまではどうかな?まぁ、可能性はあるけど、それなら正妃の姫を狙うかな?」
「ティアーヌ様の警備は厚いから、手薄なフリューレ様を狙ったとは?」
「うん。それもありだ。だがねリュエマ、かの国の内情を知っていれは、そうは思えないんだ」
「エルン皇国の内情?」
「エルンの正妃様はとても権力をお持ちで、侍女と王の間に出来てしまったフリューレ様は自国の王宮でも目の敵にされているみたいだね」
「そんな・・・」
リュエマの脳裏にいつも遠慮がちで、儚げに微笑むフリューレ姫の笑顔が浮かぶ。
「王も正妃様が怖くて、側妃はフリューレ様の母君お一人だったみたいだけど、その母君もどうやら心労でフリューレ様がお小さい頃に亡くなられたみたいだね」
「そうなんですか・・・」
「だからね、フリューレ様に何かあったとしても、エルン皇国が表向きは抗議しても、正妃様はきっと、厄介払いが出来てよかった。これでリアルシャルンにも大きな顔が出来るようになるわ〜。あの子も少しは役に立ったわね!くらいのもんじゃないかなと」
「そ、そんなっ!!」
リュエマが思わず声を上げると、愛馬のディアラが驚いて小さく嘶く。
「ドウドウ・・・ディアラ、大丈夫。ごめんね、驚かせたね」
手綱をさばいて、ディアラの首を撫でて落ち着くように促しながら、リュエマは考える。
「トリス兄上、そうすると手引きしたのはこの国の者だけに限られなくなってしまいますね」
「まぁ、それもアリだし。それに・・・」
そろそろ屋敷に付くという時になって、トリステラは切り出す。
「狂言かもしれないという可能性も無くはないし・・・」
「狂言?」
「だって、姫は眠らされただけで、傷一つ負ってないしね」
リュエマは相変わらず微笑を浮かべたまま、表情を変えないトリステラを見つめる。
「何のために?」
「今日の警備の責任を問われるのは?」
そう聞かれて、リュエマはハッとする。
「・・・私ですか?」
「そう。リュエマの失脚を願う者の仕業というのもアリだねえ」
そういって、にっこり微笑むトリステラに、リュエマは困惑する。
可能性は山のように出てきたが、結論には至らないうちに屋敷に着いてしまった。
「とりあえず、捜査はウチ(諜報部)に任せておけば大丈夫だけど、そんな訳だから、リュエマも身辺には気をつけて、何かあったら一人で考えずに僕たちの内の誰かに相談するんだよ〜」
と、厩番に愛馬の手綱を預けると、トリステラはひらひらと手を振って去っていく。
「あ、それから」
トリステラは思い出したというように振り返ると、にっこり笑ってこう告げる。
「あんまり余計なことで悩まないこと。今は仕事のことだけ考えていなさいね」
「・・・トリス兄上・・・」
トリス兄上には、きっと何もかもお見通しだなとリュエマは情けなくなって、ぐしゃりと前髪を掴んでかき上げる。
そのまま、リュエマは自室に戻る。晩餐の前にお召し替えをと訪れた侍女に、
「食欲が無いから晩餐は欠席する。あとで軽食を持ってきて欲しい」
それだけを伝えて、部屋着に着替えてベッドに腰掛ける。
目を閉じれば、浮かんでしまうある光景。それは、城に着いた姫達を出迎えたノルディアスの姿。
跪き、警備の不備を詫びたトリステラと、その傍らに控えたリュエマ。ノルディアスは一言だけ告げる。
「姫達が無事で良かった」
それはリュエマ達、警護の者への許しの言葉だった。だからこそ、責められぬからこそ、心に溜まる澱がある。
そうしてそんなリュエマの目の前で、ノルディアスは、まだ足下の確かでは無いフリューレ姫をふわりと抱き上げた。
「そのようなことは私が!」
と、申し出る騎士達を拒み、ノルディアスは言う。
「大切な国賓の姫君が、害されそうになったのだ。王太子として、出来る限りのことはしたいのだ。フリューレ様、ご不快でなければ私がこのままお部屋までお連れしても?」
そう問いかけるノルディアスにフリューレ姫は、
「そ、そんな・・・もったいないお申し出ですけど、ゆっくりなら一人で大丈夫ですし・・・」
と、抱き上げられたまま、羞恥からか顔を真っ赤にして告げるフリューレ姫。ノルディアスはにっこりと微笑んで遠慮は無用と、そのままフリューレ姫を腕に抱いたまま去っていく。
その後ろ姿を見たとき、リュエマの心が震えたのだ。見たくないと・・・そう思ってしまった。ハッキリと自分の気持ちを自覚した瞬間だった。
「私は・・・あの方を・・・。でもっ、好きになる資格なんてないのに・・・」
こんなことを考えている場合じゃなくて、仕事のことを、事件のことを考えなくてはいけないのにと、リュエマは自分を責めた。
リュエマは何故そこまでかたくなに王子の求愛を拒まなければならないのか。
それは彼女の抱える「大きな悩み」に関することだった。
ラスティアルは小さくため息を付いた。
「侍女達への聞き込みである程度予想はしていたとはいえ、まさかな・・・。そのような事だったとは・・・」
久しぶりの母との謁見は、しかしながらその話題ゆえに楽しいとは言いがたい物になってしまった。
「・・・母上には・・・いずれお詫びをしなければな・・・」
自宅の屋敷に向かうべく、馬を歩かせながらラスティアルはため息をつく。
話しにくいことを話してくれた母に感謝しながら、今後のことを考える。
「リュエマ・・・僕に出来ることがあるなら、何だってしてあげるからね!」
そう呟いて拳を握りしめて誓う五男ラスティアルも、もちろん兄馬鹿の一人なのだった。
随分と久々の更新となりました〜。
お待たせして申し訳ありません。(って、誰も待ってなかったらどうしよう・・・)
職場環境の変化についていくのがやっとで、ヒイコラしている時に風邪をひいてしまい・・・。と、グダグダな3月〜4月をおくってしまった雨生です(泣)
このぶんではGWもお仕事かなぁ・・・。
次回、物語はリュエマの抱える「悩み」について触れたいと思います。
何故、リュエマが「正妃になる資格が無い」と思っているのか。
なるべくお待たせしないように頑張ります!
雨生




