藤原兼雅(その3)
そうこうしていますと、かの右大将藤原兼雅殿から、兄君の中将祐澄様のもとに文が届きました。
「ちかごろ、そちらの御殿に参ろうと思うのですが、うち続き物忌で参れません。今日は、春日大社に詣でます。この前お願いしたことは、お伝えいただけたでしょうか。このごろは、とても『あやしき』(不思議な)気持ちです。
あやしくも 濡れまさるかな 春日野の みかさの山は さして行けども
(不思議なことに、春日野をみかさの山に向かって歩いていると、かさをさしているのに、わたしの袖はいっそう濡れていくのです。あて宮様を思って、涙にぬれているのでしょうか。)
そちらに行きたいのに、行くことができません。」と書いてあったそうです。
(さすが好きもので知られる兼雅殿です。掛詞に縁語、歌がとてもしゃれています。)
兄君は、わたくしに、
「前にお話しした右大将藤原兼雅殿から、このように文が来ました。ご覧ください。」とおっしゃるのですが、
「どうしてですか。兄君に来た文を、わたくしが見るわけにはまいりません。」と言って見ませんでした。兄君は、兼雅殿に、
「ひさしくお伺いもせず恐縮しておりました所に、文をいただきさらに恐縮しております。この前承ったことは、これこれと御返事をするべき人(あて宮)が、見ようとも聞こうともせず、困っております。あの春日野の歌は、
目に近く 折りて祈れど 春日野の 森の榊葉 色も変わらず
(目の前で枝を折り神に祈りましたのに、春日野の榊葉は、常緑樹ですので、色も変わりません。)
かいのないことです。(あて宮は、脈なしです。)」
と書いて奉られたということでした。




