藤原の君(その2)
妻となった女一宮の母は、帝の后の宮でありますが、三条大宮に、四町(約62,500㎡)をしめる大邸宅をお持ちでした。朝廷では、修理職という役所に命じて左大弁に監督させ新しい屋敷を造らせました。
まず、四町の所を、四つに分け、町一つごとに檜皮葺の御殿、廊、渡殿、蔵、板谷などをたくさん建てさせました。四つの中で、もっとも趣のあるところを本家の御料にします。太政大臣の娘のおおい殿よりも、女一宮の方が身分が高いので、北の方である女一宮が住みます。この町は、板屋はなく、すべて檜皮葺です。
お子様は、おおい殿のところに、男子五人、女子五人、女一宮のところに、男子八人、女子九人です。
順番は、宮の大君(長女)、2番目の太郎(長男)、3番目の二郎、4番目の三郎、5番目の四郎と続き、おおい殿に6番目の五郎、7番目の六郎。宮に8番目の七郎、9番目の八郎。おおい殿に10番目の九郎。宮に11番目の十郎。おおい殿に12番目の十一郎、13番目の中の君(次女)、14番目の三の君、15番目の四の君、宮に、16番目の五の君、17番目の六の君、18番目の七の君、19番目の八の君、20番目の九の君(これが、わたくしあて宮です)21番目の十の君。おおい殿に22番目の十一の君、23番目の十二の君、宮に、24番目の十三の君、25番目の十四の君、最後に同じ年に男子が両方に生まれました。(まとめて26番目の十二郎)
互いにこのようにたくさんのお子をお産みになられましたが、お二人の仲は睦まじく、清らかでありました。
計算が合わず、書くだけで大変です。こんなにお子を産むのは、とっても大変。おおい君、男子四人と書かれていますが、最後の男の子が数え忘れられているようで、何度数えても、男子五人です。




