あて宮
我が父君、左大将正頼様も、帰っていらっしゃいました。
嵯峨院の一の姫宮である母の大宮が、
「なぜこんなに遅くなられたのですか。」と聞くと、
「右大将兼雅殿の還饗が、際立って立派で素晴らしく、皆今まで帰らず居残っていたのだ。あて宮あってこその御徳で、格別な琴の音を聞くことができたのだ。」と答えられました。
(わたくしのおかげとは、先ほどの仲忠様のお話のことでしょうか。)
「どういうことですか。まあうらやましいこと。」と母宮が答えました。
「いつもの、楽器の名人たちが、たいそうおもしろく楽器を奏でていると、仲忠が出てくると思ったのに、なかなか出て来ず、日が暮れてしまったのだ。残念に思っていると、夕方になってから、被け物を取りに来るではないか。それをすぐとらえて、酒をすすめ、酔わせて『例の琴弾きたまえ。』というのに、弾かぬ。仲忠の父の右大将が奥に入って、自らとても立派な琴を持って来られ、『なおつこうまつれ。』とおっしゃるのに、弾かぬ。気がもめることに、やっとただの普通の曲を弾き始める。全く心が落ち着かず、
『やはり、弾きなさい。禄にかわいいと思っているあて宮を差し上げよう。』と言うと、走り下りて舞を舞い、音のかぎりに調子を整え、たくさんの曲を弾きましたよ。すべて言うまでもなく素晴らしく、仲忠の父の右大将は涙を落としていらっしゃいました。ほんとうに格段に素晴らしく、立派な人であることよ。琴を弾く姿もほかの人では到底及ばぬ様子です。どうやって、あなたにお聞かせいたしましょうか。」と言うと、母宮は、
「どうにかして聞きたいものです。」とおっしゃいます。
「なみなみの事では、弾かないでしょう。帝が琴を用意して目の前に置き、さあ弾きなさいと責められても、弾かない人です。今宵も、いい加減に勧めたら弾かずに逃げてしまうところを、わたしは年経たる翁であるから、許さずに強いたので、いやいやながら弾いたのだ。」と父君がおっしゃると、
「あて宮に、『なお弾きたまえ。さすれば、物聞こえん。(お付き合いしてもいいですよ)』などと言わせれば、弾くでしょう。」と母宮が答えられました。
「それならば、弾くであろう。今度、折りのある時に。」とおっしゃいました。母宮は、右大将からの被け物を、まあ、立派なものだこと、とご覧になりました。
でも、わたくしを禄になさるなんて。そうは参りませんわ。
続きは、次に。
ここまでが、第一巻です。




