仲忠(その10)
ここで、わたしは被物をいただいて、宴席に出ていきました。すると、左大将の正頼殿が、わたしを引き止め、酒を勧められました。
「恐縮でございます。」と言って、受けはしたものの、飲めずに困って、
「ひどく恐ろしい目に遭うものですね。」と言うと、正頼殿は、
「あなとを酔わせようとしているのは、心づもりがあるのですよ。酔って、本当のお姿を現していただこうと思っているのです。」と、冗談を言われてから、
「本当のことを言いますと、あの秘伝の琴の音を聞かせてほしいのです。今日の還饗でこの琴の音を聞かねば、『春の山に鶯泣かぬ朝』、『秋の池に月浮かばぬ夕べ』ですよ。」と責められました。
父兼雅が家の内側に入って行き、りゅうかく風を取り出してきました。正頼殿は、
「この琴で、ただ一曲でよいからお弾きなさい。去年の五節の夜、わずかにあなたの琴の音を聞き、とても中途半端でもっと聞きたいものだと思っていたのです。」とおっしゃるのですが、
「長年琴の事は忘れていましたのに、帝がどうしてもとおっしゃるので、恐れ多くて、何とか一曲演奏しましたが、そもそも、ちゃんと弾けていたかどうか。今では、すっかり忘れてしまいました。そういうわけで、今日の還饗でこの仲忠が弾こうものなら『蓬の野辺に蛙の声』の心地がいたします。」と答えました。父は、
「風流な者だ。やはり琴を弾き、たくさんの禄を頂戴すればよいではないか。」と言いました。




