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仲忠(その4)
わたしは、十六歳の時、侍従になりました。
その年の五節の舞の試楽の夜に、后の宮をはじめ、多くの女御や更衣が内裏に上られ、父兼雅が出した舞姫は、容貌も、用意された衣装も、ちょっとした振る舞いも格別に素晴らしく、帝は心をとめてご覧になっておられました。
舞が終わり、あかつきのころに、在原の時蔭や、春宮の楽の師である仲頼、行政を召され、わたしも召されて唱歌をさせられました。わたしの歌声がよく響いていましたので、帝がわたしを召し出され、
「この暁は、いつもより楽の音がさえわたっている。祖父俊蔭より三代にわたって伝わる手を、今宵仕れ。」とおっしゃった。わたしが恐縮して弾かないでいると、父兼雅が、
「やはり最上の手を尽くして弾きなさい。たびたびおっしゃっているのに承わぬのは、恐れ多いことです。」としきりに勧められました。それでも迷っていたのですが、せた風で『胡笳』の音に調べを整えて弾きました。この曲は、おもしろくめでたいこと、たとえようもありません。聞いていた人は皆、涙を流し、感動して、称賛されました。
帝は、俊蔭の朝臣が唐土から帰朝し、嵯峨帝の前で琴を弾いたのを思い出され、このようなことは二度とあるまいと思っていらっしゃったのが、それより優っていたとおっしゃいました。




