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仲忠(その3)
このようなことがあったあと、わたしの母君である三条の北の方は、俊蔭の娘であると世の人が知るようになりました。
「どんな方なのだろう。あの有名な色好みである兼雅殿の心を独り占めして、少しも他の女性に気を向かせないとは。」と不思議そうに話すものもあれば、
「身分の低い女を取りすえて、言いようもなく大切にしておられるそうだ。色好みなんていう者は、結局こうなるのだ。結局、他からは大切にされない身分の低い女に落ち着くのだ。」などと言われていると聞きました。
わたしは、帝も、春宮も、まったく退出を許されないほどかわいがっていただき、おそばに置かれました。琴の手は、世の中で一番だと評されているので軽々しく弾くことはゆるされないが、琴以外の楽器は、帝と春宮の笛の師である源の仲頼に習い、春宮の筝の師である良峯の行政に習っているので、得意です。ただ、演奏していると、師の手に似ず他の誰より優っていて、いったい誰の手を伝えているのか、と不思議がられていました。
容貌や宮仕えぶりも、誰にも非難されることはなく、『かどかどしく、目も及ばず優れたり(才気があって傑出している)』と、上達部や親王の皆様に、おほめいただきました。




