仲忠(その1)
あて宮様、藤原の仲忠と申します。父は、故藤原太政大臣の四男兼雅、母は、故清原俊蔭の一人娘でございます。祖父と、母の話を聞いていただき、ありがとうございました。このような怪異を、受け入れていただき感謝申し上げます。この続きは、わたしから語らせてください。
このような経緯で、母とわたしを三条堀川の屋敷に住まわせた父兼雅は、一条殿には全く行かず、母のこと以外には関心を持ちませんでした。年配の女房を二十人ばかり、他にうない(7,8歳の童の召し使い)や、下仕えなどを大勢召し集められました。そして、夜昼、昔の仕打ちを悔い、行く先のことを約束し、ただただ思いの深さを語って尽くしておられました。
母は、御年三十歳に少し足らないくらいで、容姿は今が盛り、何の心配もいらなくなり、光を放つように美しく見えます。わたしも、琴はもちろんのこと、他の楽器も師匠を呼び笙や横笛も習わせていただきました。また、弾きものでは筝や和琴なども習いました。なかなか練習の時間がないのですが、父が出仕されている間に、師からほんの少し習うと、すぐに弾き取り演奏することができました。何事も、師に同じことを二度尋ねたことはありません。心を込めて笛を吹き、書を日に二、三巻読み、琴、笛を五、六曲吹いたり弾いたりして、それは楽しく暮らしていました。人々は、
「兼雅様は、いったいどこからこのようなお子を探し出してこられたのか。音楽の名手にそだてられるのだろうか。」と言い騒ぎ、評判が高くなっているということでした。京に連れて来られて三年もたつうちに、すべてできないことはなくなりました。父は、わたしを大切にかわいがってくれました。




