俊蔭の娘(その43)三条堀川邸へ
兼雅殿は、それを聞き、
「そうは思われるかもしれませんが、この子はまだ十二歳でしょう。体は大きく気立てがよくても、この世の人生は、身分や家柄で決まるものです。私が連れて行き、世に出します。そのときのお世話を誰がするのですか。
母親がついていない人は、身をほろぼすものです。昔、右大臣橘の千蔭という方のたった一人の子が、継母に騙されて、今ではどこにいるかもわからなくなってしまいました。この子のために、今このようなところで住んでいるのでしょうが、このままむなしく時を過ごさないために、やはり山を出るべきです。」と切におっしゃいました。それでも、わたくしは、すっかり世をはかなみ、そのような気にならずにいました。すると。兼雅殿は、子に向かって、
「そなた一人だけ連れて出ても、母君がここに居ては、心が落ち着かず、たびたびここに通ってくるだろうから、皆、母君がこのように暮らしている事を知ってしまうだろう。また、そなたをこのまま見捨てたならば、わたしも心が落ち着かない。この数日でさえ、魂の鎮まることなく落ち着かずに過ごしている。そなたから、母君に山を下っていただくように言いなさい。
ここまでそなたたちの事を知らず、このように暮らさせてしまったのは、わたしの罪ではなく、親への孝行のためである。(孝行を優先するのは、仏の道にかなったことだ。)そなたも、今は、わたしへの孝行だと思って、母君を下山させなさい。」とおっしゃる。
子は、このようにおっしゃるのをかたじけなく思い、どちらも自分の親であるから、孝行の心で熊にこの洞窟を譲られた経緯なども思い出し、わたくしに、
「このような嘆かわしいところにさえ、幼いわたしの身一つを頼りに来てくださったのですから、今山から出ることも、わたしのためだと思ってください。」と言い、兼雅殿も、
「あなたが、わたしと一緒に居たくないとお思いなら、わたしはあなたの所に行きません。ただ、この子のことをお考え下さい。」と切に勧められました。
わたくしは、兼雅殿がわたくしに愛情を持っていらっしゃるとは思えなかったのですが、この子のことを思ってこのような山奥まで来られたのであろうと思い、心が揺れているのをご覧になりました。そして、
「今は、たとえいやだとおっしゃっても、御心に任せるわけにはいきません。」と、ただ急がせに急がして、衣を取り出して着せ、せきたてなさったので、何もわからぬままに、山から出ました。琴は、洞窟に隠しておいて、出ていきました。




