俊蔭の娘(その34)
「ここに籠りましたことは、頼りにならない方(実は兼雅)との間に生まれてきてしまったわたしを、知る人もなく、母は、何年も苦労して育てて下さったのですが、わたしも三つになる年に、それが分かるようになりました。どうやって母を養おうかと思うのですが、どうにもできないでいると、母は、明け暮れ『どうにか鳥の声さえしない山に籠りたい。今に恐ろしい目に逢うに違いない。』というのです。また、余計なおせっかいを焼いたりして誰か住んでいるのかと人がのぞいたりするので、わたしも、母が恥をかいたり、自分がひどい目に逢ったりするのではと思い、長年、ここに籠っているのです。
木の実や葛の根がある所で母を養おうと山に分け入ったところ、この洞窟をみつけ、かくかくしかじかの事がありました。(熊に譲ってもらった次第)ここを掃き清めようとしたら、童(実は仏の使)が出てきて整えていただき、また、獣(猿の親子)が、木の実や葛の根などを持ってきてくれるので、人目につかぬところで母を養いたいという願いがかなったのです。」と、詳しく話したそうです。
兼雅殿は、
「その父親と言うのは、まだ会ったことがないのですか。」と聞くと、
「全く会ったことはありません。母も、どこの誰だか知りません。ただ、『父母に死に別れ、心細く住んでいた時に、その時の太政大臣が家の前から賀茂に参詣されたので、それを見に家の端に出たところ、思いもよらない方にお会いしお話をしたのですが、年が変わるまで子がいることを知らず、今思えば、今日明日にも生まれるときになって、使っていた老女に子が生まれることを聞いたのです。その後、その方は、影すら見えませんでした。とても情けないことですが、わたくしが亡くなってしまえば何もわからなくなるので、聞いておきなさい。』と申されました。ですので、全くかの方の事を知らないのです。」と言うのだが、万感やるかたなく思うのだが、今は話すべきではないと思い、そのようなそぶりは見せられなかったそうです。




