俊蔭の娘(その33)
兼雅殿は驚いて、
「わたしは、今日、北野への行幸で帝のお供をしています。その途中で、趣深い楽器の音が聞こえたので、それを尋ねて来たのです。」とおっしゃって、仮の防御用の行縢を解いて苔の上に敷き、
「ここへ。」と言って子を座らせ、自分も座られました。そして、
「そもそも、この山は、獣と言えば虎、狼でなければ住んでいない。鳥と言えば、鷲、山鳥でなければ住んでいない。どういうお気持ちで、あなたのような子供が住んでいるのですか。」と問われるので、
「この山に来て籠っているのは、五歳のときからです。そのあとは、全く里に出たことはありません。籠っていたのは、思う事があるからです。返す返すもお話するべきことではありません。」と答えました。
「このような険しい道を乗り越えて、このような山奥に、恐ろしい獣が満ちている中をここまでやってきたわが心をおろそかに思わないで下さい。わけをお話しなさい。」と、強くおっしゃるので、子は、
「わたしも、はっきりとは自分の身の上を知らないのです。母に無理に聞いた時に、『父と母に一度に死なれてしまい、一人残されて、わたくしを返りみる人がおらず、心細く住んでいた時に、頼りにならない人がもののついでにお立ち寄りになり、少しお返事などをしていたら、あなたが生まれたのです。』とだけおっしゃったのですが、どうにもはっきりいたしません。」と言ったのです。
兼雅殿は、昔、京極で荒れ果てた屋敷でそこに住む姫と明かした夜の事をふと思い出されたのです。
「やはり、もっと詳しくおっしゃってください。さて、そのははごは、いらっしゃいますか。それとも、亡くなられたのですか。幼いころからこのような質素なところに住んでいるのに、不思議にこのようなところにいらっしゃるべき人には見えません。ただ、ありのままをおっしゃってください。」と兼雅殿が尋ねられるので、子は、詳しくお話しすることにしました。




